8章-8.それぞれの戦い 2023.11.19
*** side シラウメ
「ククク。実に楽しくなってきましたね。白梅君」
「……」
シラウメは何も答えない代わりに、冷めた視線を知能犯に向けた。シラウメは淡々とアイルに言われた通り、牽制のための発砲をする。アイルが大半の獣化人間の相手をし、そこから漏れた個体を対象にレンヤが相手をする。そして、さらにレンヤの隙を突いてこちらへと向かってこようとする獣化人間に対して、シラウメは的確に銃弾を浴びせていく。
流石知能犯が言うだけあるようで、獣化人間達は非常に優秀な個体のようだ。シラウメが放った銃弾は全て躱されてしまっていた。正確に狙っているにも関わらず、全く当てる事が出来なかった。明らかに格が違うのだと痛感する。この戦闘においては、一般的な身体能力しか持たない人間に、出る幕など無いのだと嫌でも分からされる。
だが、自分にできる事が何もないとは思わない。冷静に銃を撃ちながらもシラウメは思考を止めなかった。知能犯は最終的に何をしたいのか。この部分が妙に引っかかっていた。知能犯の人間性を考えると、この武力同士のぶつかり合いの結果をもって勝敗を決めるとは考えにくい。知能犯はまだ何かを隠しているのではないかと考えている。
知能犯が言っていた通りの単純な勝ち負けを決めて終わりではないのだろうと思われる。一体何を隠しているのか。可能性はいくらでもある。シラウメは新たに得た情報をも盛り込んで思考を続け、確率が高い物を絞り込んでいく。
「ワタクシの戦力は以上です。ここにあるものが全てなのですよ」
「……」
妙に含みのある言い方だ。言葉の内容や言い回しからも考慮すべき情報が加算されていく。
「どうやら白梅君はまだ疑っているんですね?」
「……」
「何度でも言いましょう。ワタクシは絶対に嘘を付きません」
ドサッという重量感のある音が響く。アイルが戦っていた場所で獣化人間が1体死んだようだ。
「絶対に嘘をつかないんですか。ふふっ。随分な縛りですね。なら聞きますけれど、貴方、まだ何か隠しているでしょう? こんな勝敗の付け方、貴方が望んでいるはずないですもんね」
シラウメが問いかけると、知能犯は口元に手を当て、本当に楽しそうに顔を歪ませて笑っていた。その様子は寒気がするほど不気味だった。
タイムリミットは近い。この場で唯一戦況に動きがあるのはアイルの戦闘だ。アイルが獣化人間を倒す度に戦況が進んでいく。このまま順調にアイルが10体全ての獣化人間を倒しきったらお終いになるなんて、絶対にありえない。その前に何か知能犯は仕掛けてくるはずだ。それを正確に予測できるかが勝負かもしれない。ある程度は絞れたものの、どうしたって確定は出来ない。
あまりにも不確定要素が多い。そしてまた、その候補の中には絶望的なものが多々ある。知能犯が考える最も絶望的な結末をどこまで読み切れるのか、同時にそれに対する最善の対応は何なのか。それを正確に割り出さなければならない。
どう考えても、この場に来た時点で負けているのだ。最重要項目である街の人間の危機を回避したのだから十分とするべきかもしれない。この後の負け戦は、いかに被害を最小限にするか。それに尽きるのだ。
「これはこれは……。何と言うことでしょう。ククク……。ククククク……。ハハハハハハハッ!」
知能犯はついに堪えきれなくなったのか、声を出して笑い始めた。
「そう! その通り。ワタクシにはまだ披露していない事があるのです! お察しの通り、ワタクシがやりたい事は武力のぶつかり合いなんかではありません。他でもないアナタと、頭を使ったゲームがしたいのですよ! そして、白梅君。アナタの瞳を絶望に染める事こそが至高!! その為に、どれ程の準備をしたことか!」
「気持ち悪い……」
心の底から軽蔑する。
「ただ、今はまだその時ではありませんから。ククク……。もうすぐです。楽しみに待っていて下さい」
高みの見物をする知能犯は、とても楽しそうだ。シラウメは淡々と発砲を繰り返しながら、思考を続けた。
*** side キャロル
「ほぉ~お。流石に以前よりは少しばかり強くなったか。とはいえ、ポンコツはポンコツのままだ。こんなに弱くてどうする。結局何もできないガキのままじゃないか。警察にお情けで拾ってもらえて良かったな」
「くっ……」
サムライと戦うキャロルは懸命に大鎌を振るう。いくら鋭く切り込んでも、掠る事すらしなかった。日本刀を持つサムライは圧倒的に強かった。完全に手を抜かれているのだと本能的に理解できてしまう。どう足掻いても勝てないのだと分かってしまう。
それでも向かい続ける事を止める理由にはならない。キャロルは休むこともなく全力でサムライへと切り込んでいく。
「ポンコツ。お前は一生俺には勝てない」
「我はポンコツではない! キャロルじゃ! 一生勝てない等と絶対に認めぬっ!」
「へぇ~え。キャロルか……。名を貰ったとは驚きだ。誰に貰った?」
「シラウメじゃ! 我の主じゃ!」
「そうか」
サムライはキャロルの回答を聞いてニヤリと笑っていた。その笑いの意味は、キャロルには分からない。
「キャロル。お前が主を迎えた事はめでたい事だ。だが、いいのか? 今、お前の主はどうなっている?」
「ぬ?」
キャロルはサムライの言葉の意図が理解できず困惑する。切り込む事を中断しサムライとの距離を取った。
「戦闘に夢中になると周りが全く見えなくなるのは良くないな」
「……」
キャロルはハッとして周囲を確認した。すると遥か遠く、直ぐに駆け付ける事なんてできない程遠くにシラウメ達がいた。状況は遠すぎてよく分からない。しかしながら、非常に良くない状況ではあるのだという事は分かってしまった。
行かなければ。シラウメを助けに行かなければならない。こんな所で個人的な戦闘をしている場合ではない。
キャロルがシラウメ達の方へと足を踏み出そうとしたその瞬間。
キンッと鋭い金属音が響き渡った。それはキャロルが持つ大鎌とサムライが持つ日本刀が激しくぶつかり合った音だった。
「行かせるわけがないだろう。お前はここで俺に足止めされるんだよ」
「ぬぅ……」
咄嗟にサムライの攻撃を弾いたものの、キャロルの左肩には血が滲んでいた。シラウメ達の方に気を取られたという油断によって、サムライの攻撃を受けてしまったのだった。
「直ぐに集中を切らすようでどうするんだ。これは殺し合いだろう。殺し合いの最中に別の事を考える余裕なんて、弱いお前にあるわけがないだろう。こんなポンコツの部下を持ってしまった主が気の毒で仕方ないな」
「……」
「現実を見ろ。今俺は、明確にお前の敵だ。お前はこの俺を殺さない限り、主を助けに行くことはできない。主を助けたいのであれば本気で来い。相手してやる」
真っ直ぐに日本刀の先を向けられる。サムライの目つきは鋭い。自身の主の元へ行くためには、この目の前の脅威を倒さなければならない。キャロルは覚悟を決めた。
「分かったのじゃ」
キャロルは小さく呟いて、再び一気にサムライへと鋭く切り込んでいった。
*** side ビンゴ
「君知ってる? ワイヤーを扱う狂操家の中で、正当な後継者を示す身体的な特徴を持って生まれたにも関わらず、全く才能を開花できない残念な存在の事を何て呼ぶのか」
「……」
「『ピエロ』って呼ばれるんだってね。そう、君みたいな存在の事だよ。ピエロ君」
「っ!」
ビンゴは必至でユミの攻撃を避けていた。いくらワイヤーで防ごうとも、チェーンソーで次々に切断されてしまい、展開し直す隙も与えてもらえない。目に捉える事も難しい細いワイヤーでさえ、的確に重要な部分を切断されてしまい、全く思うように戦う事が出来なかった。
「3種類、7本かぁ。少なすぎるよ。この程度でワイヤー使いを名乗っているのも恥ずかしいくらい弱いね」
「うっせぇー!」
ユミは一体何を知っているのか。戦いの中でユミが話す内容は、ビンゴには全く分からない。自分の実家は狂操家というワイヤーを操る事を得意とした殺し屋の一族であったという話は聞かされていた。そして、その一族は滅びて今は存在しないという事も。だが、それ以上の事は知らなかった。
特に興味もなく、ビンゴにとってどうでもいい事だった。自分が何の苦も無く、本能的にワイヤーを操る事ができるのは、遺伝によるものである事も教えられていたため、それに関しては感謝の気持ちがあったが、その程度の認識だったのだ。
現状ワイヤーを使っていて、日頃シラウメ達の仕事を十分に手伝えていたし、それで良いと感じていた。アイルには日常的に意地悪をされるため、それに対処できるようにはなりたいという気持ちは少しあったが、正直アイルとの実力差は圧倒的で勝ちたいとも思えなかった。
今回のように本物の殺し屋達と戦うまで、自分がこれほど弱く何もできない存在だなんて、知りもしなかった。その現実を今目の当たりにして、後悔や焦りがこみ上げてくる。普通の人間に比べて自分は優秀で凄い存在なのだと思っていた。そのプライドがズタズタに切り裂かれていくようだった。
また、ユミから向けられる視線の冷たさに何とも言えない心のざわつきを感じていた。ユミから向けられる視線は、紛れもなく憐れみと失望を含んだ物だった。残念な存在として見られているのだと本能的に分かる。それに、自分はこの視線を良く知っていた。日頃アイルから向けられる視線とそっくりだった。
「ユミちゃんの目的はね。狂操家の生き残りを、1人残らず殺す事なの! だから君も殺すよ?」
「は? 何で!?」
「あははっ! 弱い君には教えてあげない。だって何にも興味ないんでしょ? 知らないまま死んじゃえ」
ユミは笑いながら切りかかってくる。戦闘を心の底から楽しんでいるかのように笑みを浮かべている。ふざけているのかとすら思える様子だ。しかしながらその攻撃には一切の隙も乱れもない。ビンゴは防御をすることに全ての神経を注ぐ。しかしながら、それでも、何とか躱すのが精いっぱいで、攻撃を行うなんて夢のまた夢のような状況だった。
それに恐らくユミは手加減している。彼女の実力は、本当はこんなものではないのだと分かってしまう。彼女が本気を出せば、自分の首は直ぐにでも宙を舞う事なんて明らかだった。
手加減されているという事は、自分は何だかんだで殺されはしないのかとも考えた。しかし、ユミの攻撃の鋭さを考えるとそんな考えは一瞬で吹き飛んだ。絶妙にビンゴの実力に合わせられている。自分が全力を出し続けているからこそ、拮抗しているかのような状態を維持できているだけだ。
少しでも手を抜いたり油断をすれば死ぬと分かる。油断が許されるような攻撃ではないのだと本能的に理解していた。
「ねぇ。ピエロ君知ってる? 君のお母さん。9種類30本以上のワイヤーを同時に展開して操る天才だったんだよ」
「……」
「そんな天才の息子だっていうから期待してたのにな。ユミちゃんはガッカリだよ」
顔も知らない産みの母親の事を言われたって困る。その母親の影を自分に重ねて勝手に期待して裏切られたとでも言っているのだろうか。それであればいい迷惑だ。それに、自分の母親を殺したのはユミだと先ほどユミ自身が言っていた。一体何なのだろうか。全く状況が分からない。また、狂操家の人間を一人残らず殺すことが目的とも言っていた。それらを聞いていると、このユミという人間は、単純に強い人間を殺して回りたいだけの殺人鬼なのではないだろうか。
「ねぇ。ユミちゃんを目の前にして考え事するって、いい度胸じゃん」
「うっ。」
ユミの酷く冷たいソプラノの声が間近で聞こえたかと思えば、ビンゴは腹部に強烈な痛みを感じ宙を舞っていた。そして、直後床を派手に転がった。腹部の痛みが酷すぎて呼吸することもできない。どうやらユミに腹部を蹴り飛ばされたようだ。その攻撃は一切見えなかった。訳も分からないうちに蹴り飛ばされていたのだった。
「いつまで寝てるの? 立ってよピエロ君。ユミちゃん暇」
苦痛に顔を歪めながらも、何とか顔を上げると、チェーンソーを唸らせながらゆっくりと近づいてくるユミがいた。




