6章-2.新情報 2023.11.5
「間違いありませんね。」
「まさか8年前の未解決事件に繋がるなんて、驚いたさー。マドカちゃんは元気?」
「はい。マドカは元気にしてます。ふふっ。元気すぎるくらいです。」
「それはよかったさー。」
ナツキはそれを聞いて安心した。マドカの姉である橋口零が事件を起こした当時も、ナツキは検査依頼を受けて協力を行った。その時の事はナツキは今も鮮明に覚えている。
「本当にマドカちゃんは不思議な子だったさね。何で7歳の子が自分の体を調べて欲しいなんて言ったのか未だに理解できないさー。確かに言動に少し歪さはあったけど、それは両親を同時に失ったショックによるものと当時は流してさね。基本的には普通の少女だったからあまり気にしてなかったけど、今思うと何か引っかかる気も……。」
「……。」
シラウメは何も答えずに思考をしているようだ。このように思考に入ってしまうと、シラウメはしばらくは戻ってこない。ナツキはそんなシラウメを静かに待つ。
ナツキは7歳のマドカを検査した時の事を思い返す。両親を姉に殺され、さらにその姉が失踪したという境遇を持つ少女を検査して欲しいという依頼だった。とんでもない境遇の少女に対して、どう接すればいいのか分からず緊張した記憶がある。しかし、実際に自分の研究施設に連れてこられた少女は泣いてこそいたが、取り乱すということは無かった。泣きわめくこともなく、じっと静かに涙を流していた。そして、自分の血液を調べて欲しいと真っすぐにナツキを見て伝えてきたのだ。全く意味が分からなかったが、その真剣な眼差しに圧倒され言われた通りに調べた。すると、血液に異常が見つかり精密な検査を行った。そして、検査の結果マドカは普通の人間とは言えない特性を持った人間だと判断された。それが先天的な物なのか後天的な物なのか、はたまた人工的な物なのかは分かっていない。当時の検査では遺伝子操作の可能性は一切考えられていないためその線での精密検査は行っていなかった。
本人は自分の体が普通では無いという事を知っていたのだろうとは思う。だが、7歳の子供が自覚できる話とは思えない。当時の自分は色々と仕事に追われて深く考えていなかったが、今回の調査結果で改めて考え直したことで、当時の異常な現象が浮き彫りになった。
また、その検査の結果から、警察、それも裏の方の警察の管理下に彼女を置く必要があるという判断になった。そのため、マドカは親戚の家に引き取られるでも、孤児院に連れていかれるでもなく、そのまま一人で生活するという方針になったはずだ。7歳の子供が一人で生活を行うというのも無理があると思ったが、何とかなったのだろう。そのあたりはシラウメが上手くやったに違いない。今は元気にしているとシラウメが言っているのだから、結果的には良かったなと感じる。
しばらく昔の事を思い出し考えていると、シラウメの思考が終わったようだ。深く息を吐いて資料をテーブルに置いた。
「シラウメちゃん。橋口零についてはどうさね?何か進展は?」
ナツキが声をかけるとシラウメは首を横に振った。
「レイ本人については、全然……。」
そう言うシラウメの声は、とても悔しそうな声だった。
「レイに関する情報という情報全てが意図的に消されています。何の証拠もありません。恐らくは、両親を殺害後に両親が行っていた研究の資料などを手土産に大規模組織へ逃げ込んだのでしょう。こんなにきれいに情報を消せるのは大規模組織等高度な技術力や権力を持つ組織くらいですので。一般的な研究職に就いていた両親を殺した理由は不明。そしてマドカを殺さなかった理由も不明。人間的な感情によるものなのか、そこに明確な意図があるのかすら分かっていません。当時のレイがどのようにして大規模組織と繋がったのかも分かっていません。現在のレイの状況としては、大規模組織ではそれなりに力を持っていると推測しています。大規模組織内で研究員として彼女は存在しているというのも私の推測でしかないのですが、これに関してはほぼ間違いはなさそうです。何にせよ、現状で彼女の研究の目的が全く分からないのが1番のネックです。本当に、どれもこれも推測でしかない。彼女に関する重要な部分は本当に情報が洩れてきません。彼女の周囲にいる人間など、別角度から切り込むしかなさそうです。」
シラウメはそう言って深くため息をついてしまった。レイという人間の人物像が全く描けないのだろう。レイが行ったと考えられる研究の結果自体の情報はあっても、やはり目的が見えてこない。彼女は一体何がしたいのか。研究の目的が見えてこないと、対策が難しいだろう。ただ、今回の検査結果で、レイの妹であるマドカと同じ状態になるように、遺伝子が操作されていたという結果は非常に大きな進展ではないだろうか。何の関わりもないという事はあり得ない。先ほどの長考タイムは、それ故だったのだろうなと推測する。
「シラウメちゃんさ。実は、橋口零の新情報あったりするんさねー。」
「え?」
シラウメはパッと顔を上げる。目が輝いている。ナツキはそんなシラウメを、ちょっと可愛いなと感じてしまった。これが美味しいお菓子でも与えた時に見る事が出来たなら平和でいいのだが。残念ながら至極真面目な仕事の情報に対してなので、勿体なさを感じずにはいられない。
「本当ですか!?何なんです?新しい情報とは!」
異常な食いつきだ。渇望しているのだろう。それほどまでにシラウメは、レイの情報を欲しているようだ。
「実は、先日の爆弾を操作していた男の検査中、彼と何気なく会話したさー。そこで聞いたんさね。お姉さんの爆弾を喰らったときに記憶が戻ったんだと。戻った記憶には橋口零の存在もあったらしいんさー……。けど、その日は彼自身も混乱していて記憶については言語化できてなかったさね。少し日数も経ったし、今なら彼も他にも何か思い出したかもしれないさー。聞いてみたらいいんじゃないかなと。」
「本当ですか!?記憶が戻ったっていうのも興味深いですね。すぐに確認します。電話が繋がると良いのですが……。」
「電話くらいすぐ繋がるんじゃ……?」
「いえ。それが、彼は今この国にいませんので……。昨日、彼の姉であるアズサに連れられて、海外へと行ってしまいました。アズサの仕事を手伝うようです。紛争地域に行ってしまったので環境的にすぐには連絡が付かないかもしれませんね。」
「そっかー。それは残念さね。」
それでもシラウメは少し元気になったように見える。手がかりが得られる希望が見えたので、やる気に満ちているのだろうと思われる。
「ところで、シラウメちゃん。今一度確認したいんだけど、橋口零は現在、何でマドカちゃんを狙っているさー?」
「一般論で言えばマドカへの恨みとされています。当時の状況証拠や周辺住民の証言からはそう断定されました。日頃から両親はマドカだけを可愛がりレイを無視していたという目撃情報が多数あります。また、事件時の両親の殺害方法は非常に惨く恨みがあったのではと思わせるような方法でしたので。」
「へぇ。でもシラウメちゃんはそうは考えてなさそうな口ぶりさね。」
「はい。そうですね。恨みだったとして、8年越しで恨みを晴らす等考えにくいですし。そもそも恨んでいたのかすら疑っています。もっと別の要因である可能性は十分にあると考えています。例えば研究に絡む事等が濃厚でしょう。マドカは異常な体質です。それが貴重なサンプルだったために当時殺されなかったとか。そして、現在になって研究が進み再現性が確保できたためにサンプルが不要になったので、機密情報を守るためにも事件を装って処分しにかかっているとか。そんなところが考えられます。」
確かにその話であれば納得できそうだ。それにしても今シラウメがたとえで挙げた話が本当だとしたら、非常に身勝手な動機であると感じる。他人の命を何だと思っているのか。自分の都合で他人の人生に干渉しやりたい放題するなど迷惑極まりない。
「あ。そもそもの事聞いていい?」
「はい。もちろんです。何でしょう?」
「今回の事件とかさ、何で橋口零によるものって断定したさね?彼女の研究内容も分からなかったはずさー。」
「あれ……。私そこ言ってませんでしたか。すみません。情報共有しますね。」
シラウメにしては珍しいミスだ。もしかするとシラウメもいっぱいいっぱいなのではないだろうかと思う。シラウメにとってマドカは大切な友人と聞いている。身近な人間の命に係わる事なのだから、気持ちが揺れ動くこともあるだろう。シラウメは幼い頃から有能ではあるが、人間だ。ミスぐらい当然する。いつも話しているうちにそんな当たり前の概念が消え失せてしまう。それほどまでにシラウメは異質で大人びている。本能的に格上の人間であると認識し、同じ人間であると思えていないのだろうなとナツキは感じた。
「つい最近の話です。各地にある一般人の刑務所から30人の人間が一度に脱獄を成功させました。彼らは終身刑を受けた者や死刑囚です。外部からの手引きが有ったものとみています。そのうち、13人は直ぐに死体で発見されました。その後しばらくは特に音沙汰無しだったのですが、数か月後に脱獄した残りの人間達は各地で一斉に問題を起こしはじめました。それらはどれも不可解で不自然な物ばかりでした。その問題行動の1つに橋口零に関する情報があったんです。」
この話自体はナツキも知っている。脱獄が各地で同時に起こったという事件は表沙汰にはされていないが、自分のような職に就く人間には情報として入ってくる。すぐに見つかったという13人の死体についても、調査結果は共有されている。腐敗が進み原型をとどめていない物も多かったために、詳細なデータは一切なかったはずだ。そしてのちに問題を起こした脱獄犯達は、奇怪な行動をしていたと記憶している。同じ犯罪を繰り返す者や、気がふれてしまった者、自殺した者など様々だったという事を思い出す。ただ、シラウメが言う橋口零に関する情報についてはナツキの耳には入っていない。意図的に警察側に隠されているのかもしれないなと感じる。
「レイに関する手掛かりを残した脱獄犯は、強盗事件を起こして投獄されていた男性です。この男性は脱獄後一定期間行方不明でしたが、その後に家族と再会しています。彼には家庭があり、妻と子供、祖父母がいましたので。しかしながら再会から数日後、彼は突然家族を皆殺しにし、彼自身も首を吊って自害していました。その際に殴り書きのメモが発見されています。その遺書というかダイイングメッセージのような物に、橋口零の名前がありました。記載されていた内容は、『騙したな。橋口零。許さない。』というものでした。罠なのか本当に彼自身の言葉なのか分かりませんが、完全に無視する事はできないでしょう。唐突に8年も消えていた犯罪者の名前が出てきた訳ですが、同姓同名の線もありますし、その時は注視する程度でした。」
確かに同姓同名の線はあるだろう。これだけでは、マドカの姉である橋口零本人の事かどうかは判断できない。それにしても脱獄犯の行動は奇妙だと改めて感じる。ナツキはこの事件のことも情報として知っている。シラウメが言ったメッセージ以外の内容はナツキにも情報共有されていた。
この脱獄犯は家族との再開後数日間は家族を殺さずに一体何をしていたのだろうか。殺すつもりで再会したのであれば、奇襲を仕掛けて初手で殺すのが一番だろう。だが、実際は直ぐには殺していないようだ。数日間仲良く過ごしたとでもいうのだろうか。本当に家族に会いたくて、会いに行っただけだったとして、皆殺しにする意図も自殺する意図も分からない。全く理解ができないため、ナツキは気持ち悪さを感じる。確か殺害現場には争った跡は一切なかったと記憶している。再会した家族に裏切られて罪を重ねたとしたら争う跡など何かしら残っていてもおかしくはない。脱獄犯が家族と何をしていたのか、状況が見えてこないため何も想像できない。そんな奇妙な事件だったと記憶している。
「しかしながら、その後、他の脱獄犯達の行動で私は橋口零本人であると断定しました。その頃には脱獄犯達の潜伏場所は警察の方で大まかに把握していたため、注意深く周囲の警戒を行っていました。彼らは大変奇妙なことに、何故か特定の地域に密集し、犯罪を起こしていきました。ちなみに、彼らとこの特定の地域には何の関わりも共通点もありません。脱獄犯達とは縁もゆかりもない土地です。ですから、明らかにその地域に何かあると考えられます。先に橋口零の名前が出ていたため、その特定の地域に住むマドカを狙っているのではないのだろうかという当たりを付けさらに注意深くこの地域全体を警戒しました。とはいえそれは、何となくその線もあるかもしれない程度の推測だったのですが、10月1日の脱獄犯による放火事件でその推測が確信に変わりました。明らかにマドカを狙っていると。そこから逆算でメモに有った橋口零はマドカの姉で間違いがないだろうと判断しています。また、マドカの両親は研究者であり遺伝子に関する研究を行っていたそうです。流石に偶然ではないでしょう。事件当時のレイは13歳ですので、到底研究内容を理解していたとは思えないのですが、どこにでもイレギュラーは存在します。今までの状況証拠からレイはその研究成果等機密情報を両親からどうにかして盗み、大規模組織に持ち込み逃げ込んだ、そして現在は関連する研究に携わったという可能性が高いでしょう。」
シラウメの説明によって、やっと橋口零と脱獄犯達が繋がった。そして、マドカを狙っているという構図も理解した。また、改めて考えると、最近の脱獄犯達の犯罪は更にエスカレートしてきているように思う。的確にマドカを狙っているように見える。
最初こそ単純にマドカの近くの地域で犯罪が起きる程度だったが、放火犯はマドカの家を燃やそうとしていたし、街中で無差別殺人を行った男はマドカの生活圏内で犯行を行っている。斧で女性を狙う男もターゲットにした地域はマドカの家の近くなのだから、一歩間違えればマドカが標的されていてもおかしくない状況だ。そして先日の学校爆破事件もマドカが通う学校だ。段々と狙いの精度が上がっているのではと感じる。
橋口零は遺伝子操作を行った脱獄犯たちの行動を、何らかの方法である程度操るなどできるのかもしれないなと想像する。奇妙な行動をとっていた脱獄犯達はどこまで行動を操作可能かを実験されていたという事も考えられる。
「あれ。シラウメちゃん。残りの脱獄犯ってあと何人さね?」
「残りは3人です。一定期間を生き残った17人の内訳で言うと、変死が3名、例の自殺が1名、小規模な事件で逮捕されたのが4名、こちらで処理したのが6名です。」
「3人も……。」
残りの3人の脱獄犯達も、確実にマドカの命を狙ってくるのだろうと考えられる。遺伝子操作をされて何か特異なスキルを身に着けている可能性もある。非常に脅威であると感じる。シラウメが述べた内訳の変死した3名については、おそらく遺伝子操作の副作用だろうなとナツキは推測した。というのも、遺伝子操作はとても不安定な処置だ。すぐに死体で見つかった13人は即死だったのだろう。かろうじて生き残ったとしてもやはり長生きはできないだろうと思われる。既に出来上がった人間の構造を後から弄るのだ、無理が生じるに決まっている。
「残りの脱獄犯達は確実にマドカを狙うのでしょう。私は全力でマドカを守るつもりです。イレギュラーだらけで先は読めませんが、できる限りの対策をして臨みます。」
シラウメの目は力強い。今後訪れるであろう危機に備えて既に動いているのだろうなと思う。ナツキは心配な気持ちを持ちつつも、頼もしいシラウメの姿に安堵する。そして、自分にできる事はしっかりやって少しでもシラウメの役に立とうと改めて感じた。
「さてさて。じゃぁそろそろ、本日のビッグニュースの方にいくさね。たぶんその残りの脱獄犯のうちの1人絡みかなって思うさー。部屋は向こうだから移動するさね。」
ナツキとシラウメは立ち上がり、ナツキの研究室を後にした。




