旗艦へ
ペレグリンの格納庫に降りた時、シオンが待っていた。
いつものボサボサの髪に、軍服を少し崩した格好だった。でも目が違った。計算している目だった。艦隊戦の前のシオンの目だ、とリラは思った。会ったことのない顔のはずなのに、そうだと分かった。
「来てもらいました」とシオンは言った。「急いでいることは通信で話した通りです」
「アメーバと隕石群、同時ですか」とカイが言った。
「ええ。隕石群は今のところ、この惑星の外縁に向かっています。水晶空間の中は隔離されているから振動だけですが、外のエリアがダメージを受け始めています」
「アメーバは」
「まだ距離があります。でも速い。二時間以内に接触します」
リラは窓の外を見た。
宇宙空間に、黒い影が見えた。形が定まっていない。境界が曖昧だった。動いていた。ゆっくりと、でも確実に、こちらへ向かっていた。
「あれが」
「そうです」
リラは目を離せなかった。
形がない、ということが怖かった。剣で切れる敵ではない。砲撃で壊せる機体でもない。あれは物理的な意味での「もの」ではない気がした。
「リラ」
シオンが言った。
「あなたに頼みたいことがあります。来てください」
ペレグリンの主砲室は、艦の中央にあった。
天井が高く、砲身が一本、艦首の方向に伸びていた。連邦の技術で作られた砲だった。この世界に来てから改良を重ねてきた砲だった。
「これに術式を込めてほしい」とシオンは言った。「通常の砲撃ではアメーバに効かない。でも思念や想像の振動を乗せた砲撃なら、中核を破壊できると考えています」
「どこからその発想が」とカイが聞いた。
「ナイラ女王からの通信です。バトラーが有効だと分かった時点で、同じ原理を主砲に応用できないかと」
リラは砲身を見た。大きかった。自分の背丈の何倍もあった。
「触媒は本ですか」
「そうなります。お持ちの本を使わせてもらうことになります」
リラはカバンを見た。本が三冊入っていた。それと、不思議な本。
「何冊必要ですか」
「一発につき一冊です。主砲は大型のアメーバの中核だけに使います。数は——今のところ三体、中核級がいます」
三冊、と三体が一致していた。
リラはシオンを見た。
「最初から、私が来ることを想定していましたか」
シオンは少し間を置いた。
「水晶内外の往来ができると分かった時点で、可能性を考えました」
「計算していたんですね」
「習慣です」
リラは砲身に手を当てた。冷たかった。金属の冷たさだった。
でも——触れると、何かが来た。
本ではない。でも来た。この砲を作った人間たちの、何百時間分かの仕事の温度が来た。改良を重ねてきた技術者たちの、諦めない振動が来た。
リラは手を離した。
「やります」
シオンは頷いた。
「ありがとうございます」
「一つだけ確認させてください」
「何ですか」
「本を使うたびに、物語が一つ消えます。それでもいいですか」
シオンは少し間を置いた。
「あなたが決めることです。私が許可するものではない」
リラはカバンを胸に抱えた。
「分かりました」




