夜の書庫
夜、リラはまた書庫に来ていた。
灯りを一つだけつけた。オレンジ色の光が、本棚を照らした。
また触れてみた。
やはり何も来なかった。
リラは棚の前に座り込んだ。背中を棚につけた。膝を抱えた。
怖い、と思った。
感じられなくなった、ということが怖かった。でもそれだけではなかった。
もし感じられないまま、ここを出ることになったら——
リラはこの閉じ込められた空間で、何かをしなければならないはずだ。前の戦いでも、リラにしかできないことがあった。今回もそうなるはずだ。でも今のリラには、何もない。
本がある。でも感じられない。
知識はある。でも言葉が来ない。
自分は今、地図ではない、とリラは思った。ただの、本を持っているだけの女の子だ。
扉が開いた。
カイだった。
リラが床に座っているのを見た。一秒だけ見た。
それから書庫に入ってきた。リラの向かいの壁に背をつけて、座った。
床に二人が向かい合って座っていた。
カイは何も言わなかった。リラも何も言わなかった。
灯りがオレンジ色に揺れていた。
しばらくして、カイがポケットに手を入れた。紙を出した。書きかけの紙だった。見せるつもりで出したのではなかった、という出し方だった。でも出した。
リラは見た。
文字があった。カイの字だった。几帳面ではなかった。でも丁寧だった。何度も書き直した跡があった。
一行だけ読めた。
『——お前が感じるなら』
その先が、書きかけだった。
カイは紙をポケットに戻した。
「見せるつもりじゃなかった」
「分かってる」
「まだ書けていない」
「分かってる」
リラは膝の上で手を重ねた。
「カイ」
「なんだ」
「書いているんですね」
カイは少し間を置いた。
「……うるさい」
リラは少し笑った。
その笑いは小さかった。でも本物だった。
カイは壁に頭をつけて、天井を見た。
「感じられなくなったのは、お前が壊れたからじゃない」
「分かってる。でも」
「向こうが閉じているんだろ。アルヴィが言っていた言い方で言えば」
「そう思いたい」
「思いたいなら、そう思え」
リラはカイを見た。カイは天井を見たままだった。
「根拠もないのに?」
「お前が感じるなら、そうなんだろ。それと同じだ。俺がそう思うなら、そうなんだろ」
リラはその言葉を、ゆっくりと受け取った。
論理ではなかった。でも間違っていない気がした。
「ありがとう」
「礼はいらない」
二人はしばらく、書庫の床に座ったままだった。灯りが揺れていた。本棚が暗い中に並んでいた。
感じられない本たちが、そこにあった。
でもリラには、その背表紙の形が見えていた。どれがどの本か、分かっていた。読んできた時間が、そこにあることは分かっていた。
消えていない。
カイが言った通り、消えていなかった。




