境界
遺跡の奥に、小さな部屋があった。
装置があった場所だった。今は何もなかった。石の床と、石の壁と、天井から差す細い光だけがあった。
アルヴィはそこに入った。一人だった。
カイもリラもブラートもシオンも、入ってこなかった。入らない方がいい、という空気があった。誰も言わなかったが、全員が分かった。
部屋の中に、気配があった。
形はなかった。でもそこにあった。かつて確かにあったものが、今は輪郭だけになっていた。輪郭も、ゆっくり薄くなっていた。
アルヴィは立ったまま、それを見ていた。
「長かったな」
アルヴィが言った。
返事はなかった。返せる状態ではなかった。でも聞こえたかどうかは、分からなかった。
気配が薄くなった。薄くなった。
ある時点で、アルヴィには境目が分からなくなった。まだあるのか、もうないのか。部屋の空気と、どこで分かれているのか。
アルヴィはしばらくそこに立っていた。
扉の外で、足音がした。ブラートだった。入ってこなかった。ただ、扉の外にいた。
「行ったか」
ブラートの声がした。扉越しだった。
アルヴィは少し間を置いた。
「分からない」
「そうか」
それだけだった。
しばらくして、別の足音が来た。軽い足音だった。
「アルヴィさん」
リラだった。扉の外から声だけが来た。入ってこなかった。
「なんですか」
「外に出たら、ハーブの茶があります。シオン提督が、城から持ってこさせたそうです」
アルヴィは少し間を置いた。
「そうですか」
「カイさんが、早く出てこいと言っています」
「カイが」
「言っていません。でも、そういう顔をしています」
アルヴィは、その言葉を聞いてから、もう一度だけ部屋の中を見た。
細い光が、床の一点を白く照らしていた。その光の中に、何かがあった。あったのかもしれなかった。もうないのかもしれなかった。どちらでも、よかった。
アルヴィは出口の方を向いた。
扉を開けると、ブラートが壁に背を預けて立っていた。リラが隣にいた。少し離れた場所に、カイがいた。こちらを見ていなかった。壁の文様を見ているふりをしていた。
アルヴィはカイを見た。
カイは壁の文様から目を離さなかった。
「行くか」
ブラートが言った。
アルヴィが頷いた。
五人の足音が、遺跡の石畳の上で重なって、出口へ向かって続いていった。




