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少女の覚醒

――ドゴォォォォンッ!!


詩を朗読している場合ではなかった。

ルミナス湾の夕暮れに、何かが空から落ちてきた。頭上の枝が悲鳴を上げ、光の粒子と葉が舞い散り、その「何か」が泥の地面へと叩きつけられた。

「ひゃあああっ!?」

リラ・マーレンは本を放り投げて頭を抱えた。恐る恐る目を開く。

倒れていたのは、見たことのない素材の服を着た、一人の少年だった。革とも金属ともつかない奇妙な装甲。煤と泥にまみれ、裂けた衣服は、彼がつい先ほどまで凄惨な戦場にいたことを雄弁に物語っていた。

その表情を見て、ほんの一瞬だけ、リラの中で何かが静止した。


(事情がある——この人には)

しかし言葉より先に、胸の奥の別の部分が火を噴いた。

(この顔を、知っている。会ったことはない。でも本の中で、何度も読んできた。これは――これはつまり——!)

次の瞬間には、もう遅かった。


リラ・マーレンという少女には、二つの特技がある。

一つは、人の目を読む力。笑っている顔が本物かどうか。険しさの中の憂いと優しさ。鋭さの中の——誠実。それを、言葉より先に、体が知る。

もう一つは、現実のあらゆる出来事を「おとぎ話」として解釈する、圧倒的な妄想力だ。

そして今この瞬間、後者が完全に前者を制圧した。

「ああ、神様……! ついに来たのね……! これは絶対、異界からの落下者……! 時空の裂け目に呑まれ、孤独な使命を背負ってこの地に現れた戦士……!」


「……う、頭が……」

地面の少年は、激痛に耐えながら意識を浮上させた。意識が戻る。順番に確認する——これは訓練で叩き込まれた手順だった。

重力。少し軽い。エルド・ラインの標準より、ほんの少しだけ浮いている感覚がある。

(エルド・ライン——鋼鉄と戦火の連邦。機械と魔力が融合した戦場の国。俺が生まれ、戦い、今日まで生き残ってきた場所)

空気。煤でも排気でもない。湿った草と泥の匂い。金属の匂いが、どこにもない。そして——静かすぎる。エンジン音が、まったくない。

(ここは、エルド・ラインではない)

光の渦に呑まれ、機体から投げ出された。そこまでは覚えている。その先は——空白だ。

(……どこの、世界だ?)

視界が焦点を結ぶ。最初に見えたのは、赤茶の髪を二つ編みにした少女の顔だった。なぜか、信じられないほど恍惚とした表情でこちらを見下ろしている。


「目が覚めたのね……哀しき『境界の旅人』よ!」

カイは瞬時に状況を判断した。

異世界に飛ばされた。機体はない。武器はナイフ一本。体は満身創痍。目の前に、なぜか涙を浮かべている少女がいる。

「……ここはいったい、どこだ」

「エルド・ライン……! なんて美しく、恐ろしい響きなの……!」

(この女は何を——)

「分かるわ。あなたは祖国を追われ、巨大な陰謀に抗い、たった一人で戦って……そしてここに落ちてきたのね!」

カイの背中に、冷汗が流れた。 

(……なぜ、ほぼ正確に当てている?)


「立てる? 私の家に行きましょう。今夜は——」

「……待て」

カイは片手を地面につき、ゆっくりと上体を起こした。全身が軋む。肋骨が二本はいっている気がした。それより先に、状況を整理しなければならなかった。

ここはエルド・ラインではない。機体はない。帰る手がかりも、今はない。

そして目の前に、なぜか涙目で自分に手を差し伸べている少女がいる。

(……巻き込むわけにはいかない)

「俺のことは放っておいてくれ。世話になるつもりはない」

「そんなこと言って、立てるの?」

立てた。ぎりぎり。足が震えているのを、悟られないように体重を片足に逃がした。

リラは一歩も引かなかった。ただ、まっすぐにこちらを見ていた。

その目に、妄想の色はなかった。ただの、心配だった。

(……厄介だな)

カイは短く息を吐いた。

「……村まで、何分だ」

「十五分くらい。でも、あなたの足なら二十分かしら」

「分かった。途中まで、話だけ聞く」

リラの顔が、一瞬でぱっと輝いた。

「やった——!」

「輝くな」

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