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第70話 元銀証冒険者十段の実力

「おお……これはこれは」


 肩にクレイモアを担ぎながら、ザンクが口元を歪める。


「今をときめく、バックスのペテン師コンビじゃねぇか。ギルドじゃ、飛ぶ鳥も騙されるって評判らしいな」


 その声には、舌を巻くような挑発の響きが混じる。

 だが、こっちにも返す言葉はある。

 こいつは、かつて俺を陥れようとした男。容赦など必要ない。


「おや、街の掃除屋さんじゃないですか? ならず者を引き連れて出て行ってくれたおかげで、バックスも随分と空気がきれいになりましてね。なにせ街一番の粗大ゴミ――クレイモア使いが消えてくれたんですから」


 わざとらしく感謝してみせると、背後の三下どもが息巻く。

 だが、ザンクが手で制し、不敵に笑う。


「女の後ろに隠れてるガキが、口だけは達者だな。だがな、ここはお前らが遊ぶには危険すぎる。帰るなら今のうちだ。これは親切心で言ってやってんだぜ?」


「それはどうも。じゃあ、僕からも一つ親切を。力もないのにそんなクソ重たい剣を担いでたら、腰を壊しますよ? 見掛け倒しの体なんですから。ギルドもそれに気づいて十段から八段にと、しっかり評価してくれたじゃないですか? ちゃんと養生してください」


 皮肉をたっぷり込めて笑えば、隣のリンが肩を震わせて小さく吹き出す。


 ザンクの眉がピクリと跳ね上がった。


「ガキが……言わせておけば――ッ!」


 ザンクが一粒の豆を口の中に放り込み、怒声と共に地を蹴る。

 その瞬間、俺は即座に詠唱へ――


「**【雷撃ライトニング】**!」


 雷光が一直線に奔り、ザンクの体を貫いた。

 痙攣し、動きが止まる――はずだった。


「**【火弾ファイアバレット】**!」


 間髪入れずに放った第二撃。俺の十八番の必殺連携。

 命中は確実、そう思った矢先だった。


 ザンクがクレイモアを振り抜き、【火弾ファイアバレット】を――叩き斬った。


 信じられない光景に、呼吸が詰まる。

 雷に撃たれた直後とは思えない動き。

 それは、まるで――リン相手にしているような動き。


(こいつ……本当にあのザンクか!?)


「**【風纏衣シルフィード】**!」


 リンに使用後、新たに【ストック】していた【風纏衣シルフィード】が展開され、軽やかな風が脚へ、腕へ、背へ――

 同時に【収納ストレージ】から長剣を引き抜き、迫る剣閃を迎え撃つ。


 だが――重い。


 ザンクの振るうクレイモアは、質量も圧力も桁違いだった。

 受け流すつもりが、腕ごと押し潰されるかのような衝撃。

 長剣が鈍い音を立て、ひしゃげて折れた。


 クレイモアの刃が、目前へ迫る――!


「**【水弾ウォーターバレット】**!」


 即座に左腕を突き出し、腹部に押し当てて魔力を放つ。

 解放された【水弾ウォーターバレット】が、爆圧とともに炸裂。


 ザンクは、まるで大砲に撃たれたように、後方へ吹き飛ばされ、大木に衝突。

 幹が呻くように軋み、やがて、大木は真っ二つに折れた。


 ――会心の一撃!


 骨も、内臓も、無事で済むはずがない。

 慢心ではない。確信だ。戦闘経験が、そう告げている。


 だが……違った。


「気持ちいい水浴びだったぜ!」


 闇の中から、しゃがれた声が響いた。

 砕けた大木の影から、ザンクが姿を現す。

 衝撃で吐血している――が、笑っている。


「今度はこっちの番だ!」

 

 そのまま、俺へと跳びかかってきた。


 ……ありえない。


 【水弾ウォーターバレット】の直撃を、至近距離で耐えた?


(な、何が起きてる……!? 俺の魔法が……弱くなったのか?)


 脳裏に走る疑問と恐怖。

 ザンクの眼には、痛みも、怯えも、ない。

 ただひたすら、獲物を狩る猛獣のそれだった。


 その瞬間――


「レオ、下がれ!」


 凛とした声が闇を裂く。

 そして、疾風のように、華奢な影が俺とザンクの間に飛び込んだ。


「【花舞剣流・花守】!」


 咆哮と共に振り下ろされるクレイモア。

 それを、翼竜剣の白刃が真っ向から受け止めた。


 刃がぶつかり合う重い音が、夜の森に響き渡る。

 同時に、翼竜剣の刀身が桜色に染まり、溢れ出す魔力が花びらの残滓となって舞う。

 その花びらが、ひとひら、またひとひらとザンクの腕へ突き刺さる!


 しかし――止まらない。


 ザンクは眉一つ動かさず、血に濡れた巨体を揺らしながら、ひたすらにクレイモアを振り下ろす。

 斬撃のたびに桜色の花びらが突き刺さり、全身から血飛沫が散る。

 それでも彼は、まるで痛覚を失ったかのように、狂った機械のような剣撃を止めようとしなかった。


(効いていない……!?)

 

 リンの目が細められる。

 常に冷静なその表情に、わずかな警戒と迷いが宿る。

 ザンクは【剣姫】と互角の太刀を交えているのだ。


 どういうことだ?

 これはただの人間の動きじゃない。


 魔法による強化か? それとも……。


 答えを探ろうとしたその時だった。

 森の奥から、耳をつんざくような叫び声が飛び込んでくる。


「頭ぁ! 制限時間ですッ!!」


 だが、ザンクは止まらなかった。

 まるで理性を失った獣のように、ただ眼前のリンへと剣を振るい続ける。

 血に濡れた眼、口元は歪み、完全にトランス状態。


 そのザンクを正面から受け止めていたリンが、小さく呟く。


「なるほど……そういうことか。お主、堕ちるところまで堕ちたのだな……」


 その声音に、怒りが滲む。

 同時に、それまで防御に徹していたリンの気配が、明確に変わった。


 まさにそのときだった。

 野営地の方角から、悲鳴ともとれる叫び声が響いたのは。


「ぐぁぁぁあああ!!」


 男の声だ。

 サグマたちがいるはずの場所から――!


 リンの眼がわずかに揺らぎ、即座に状況を読み取る。

 俺も同時に反応し、背筋に冷たいものが走った。


 まずい……時間をかけすぎた。


「リン! 退くぞ! サグマ様たちのところへ戻る!」


 このまま戦って倒したとしても、依頼人を守れなければ意味がない。

 絶対に護ると誓った命が、今まさに危機に晒されている。


 もちろん、簡単には帰してくれるはずもない。

 俺は一瞬だけ後方を見やり、そして詠唱に入る。


「**【闇霧ダークミスト】**!」


 濃密な闇が周囲を包み込む。

 視界は術者の俺にしかない。

 すぐに、リンの腕を取り、サグマたちの下へ駆けた。


 追撃は……なかった。

 ザンクも、追ってこない。


 なぜだ……?

 こちらからすれば好都合――しかし、違和感が拭えない。


 追撃が来ないのは、俺たちにとっては僥倖にほかならない。

 その理由が何であれ、いまは戻ることが最優先!


 俺とリンは野営地へと駆けた。


 野営地に戻ると、隊商護衛の一人が地面に座り込み、肩を押さえて治療を受けていた。


「どうしました!?」


 駆け寄った俺に、エイガーが険しい表情で応える。

 視線は、俺たちが戦っていた場所とは別の方向を向いていた。


「あっちだ。あの方角から突然、【石弾ストーンバレット】が飛んできた! 直撃は避けたが……この通り、かすっただけでこの有様だ。回復、頼めるか!」


「任せてください! **【治癒ヒール】**!」


 すぐに護衛の傷をふさぐ。

 魔力が肉を繋ぎ直し、徐々に痛みが引いていくのが見て取れた。


 その間にリンは無言のまま、矢が飛んできた方向へと駆けていく。

 だが、そこにいたはずの者たちの気配は、すでに風と闇に消えていた。


 ♢


 夜中――。


 再び皆で焚火を囲み、静寂と焦燥が入り混じる中で、俺はぽつりと呟いた。


「ザンクって……あんなに強かったっけ?」


 返答したのは、隣のリンだった。


「そんなわけなかろう。レオの魔法をあれほど軽々と斬り、岩竜製のクレイモアを振り回せるような男なら、とっくに金証冒険者だ」


「……じゃあ、あれは何だったんだ?」


「……おそらく、クスリの類だろうな」


 その言葉にうつむいていた冒険者の一人が、はっと顔を上げる。


「そうだ! 半年か一年前くらいに、妙なクスリが出回ってた! 一時的に身体能力が爆発的に上がって、痛覚が遮断される代わりに、感情と理性がすっ飛ぶって噂のヤツ……」


 さらに、別の者が名を口にする。


含魔薬がんまやくって呼ばれていたな!」


 途端、周囲がざわつく。冒険者たちの間で、記憶が連鎖するように次々と声が上がった。


「含魔薬って、あれか!? 街の南東で刀傷沙汰が相次いだときの……」

「廃人製造薬って呼ばれてたやつだ!」

「確か、銀証冒険者たちが緊急クエストで動いて、事態は沈静化したって話だったが……」


 皆の視線が俺とリンに集中するが、正直、そんな話はまったく知らない。


「え……俺、そのころ銀証じゃなかったし……」

 

 知らなかったのは、どうやら俺とリンだけのようだ。

 今までずっと、必死に魔法の習得に時間を費やしていたからな。ほかのクエストなんて見向きもしていなかった。


 だが、ザンクが含魔薬を使っていたのだとしたら……あいつ、本当に堕ちるところまで堕ちたんだな。


「皆さん、今日はもう休んでください。今夜は僕とリンで見張ります」


「いいのか?」

「レオとリンが見てくれてるなら、安心して眠れるぜ」


 そんな声が上がる中、サグマが俺たちに言葉をかける。


「レオ、リン。すまないな。どうしても二人に頼る場面が増えると思うが、今は頼らせてもらう。チグリ村に着いたら、しっかり休んでくれ……ほかの者は、今のうちに体を休めておけ!」


 皆が次々と眠りにつく中、俺とリンは焚火のそばに腰を下ろし、肩を並べる。

 夜の森は静かで、虫の声すら遠慮がちに聞こえるほどだった。


 森の静寂の中、二人きりの寝ずの番。

 ただ静かに、夜を見つめていた。



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