第63話 決着
翼をたたみ、鋭い刃と化して、隕石のように滑空してくるワイバーン!
「狙いはリンとレオだ! 壁を張れっ!」
フェイルの叫びに反応し、フリードとカタリナが即座に詠唱。
「【氷壁】!」
「【石壁】!」
重ねられた壁が行く手を阻むが――
衝撃と轟音を撒き散らしながら、ワイバーンは壁ごと突き破る!
ほんのわずかに軌道は逸れたが……止まりはしない!
「くっ――!」
俺は即座にリンを抱き寄せ、地面に押し倒す!
頭を守るように覆いかぶさった、その刹那――
ビュンッッッ!!!
俺たちがいた空間を、死の風が貫く。
ほんの一瞬遅れていれば……二人まとめて体に穴が空いていた。
ワイバーンはそのまま反転し、再び天空へと舞い戻っていく。
――次の殺戮のために。
息を呑み、視線を下げると――
すぐ目の前に、リンの顔――
吐息が触れ合う距離。心臓が、苦しいほど高鳴る。
「だ、大丈夫か!?」
問いかける俺に、桜色の唇がわずかに動いた。
「……レオに助けられるのは、三度目だな」
体を起こそうとした俺に、リンの腕が絡む。
彼女は逆に俺を引き寄せたのだ。
「――っ!?」
思わず声が漏れそうになる。
けれど、リンは微かに微笑み、耳元でささやいた。
「今は……声を出す力すら惜しい。聞け、レオ。私に――考えがある」
疲労から息も絶え絶えに懸命に言葉を紡ぐリン。
彼女の口から語られたのは、命懸けの作戦だった。
「だけど、それって……」
「ザンク殿に賭ける手もあるが……」
俺たちの視線は、まだマッドベアと斬り結んでいるザンクに向く。
あれだけ温存していたというのに、息は上がり、足取りも重い。
何よりクレイモアを振るうスピードがガタ落ちだ。
むしろ、ゲルドの方がまだ余力がありそうだった。
「……クレイモアは重い。あれを振るうには、体への負担が大きい」
リンはザンクをかばうように言った。
そして、もう一度、俺の目をまっすぐ見つめる。
「だから、それまでの間、私を頼む。こんなことを頼めるのはレオしかいない」
その言葉に、胸が熱くなる。
俺は頷き、言い切った。
「分かった。命に代えてでも、リンを守るよ」
すると、リンはふっと笑って首を横に振る。
「何を言っている。これは――レオがいなければ成り立たない作戦なのだぞ?」
確かに。
俺が死ねば、リンも死ぬな。
空に視線を向ければ、ワイバーンが再び空を裂く――!
風を切り裂く摩擦音とともに降下。
風圧だけで地を抉るほどの滑空速度。
その殺意は、俺とリンに向けられている。
「来るぞ――ッ!!」
俺は瞬時にリンの体を抱きかかえる。
次の瞬間、風が唸り、耳を劈く轟音が背後を貫いた。
【氷壁】と【石壁】は、あっけなく砕け散る。
巻き上がる土煙の中、俺はリンを庇いながら地面を転がる。
――助かった。だが、急がなければ!
三度目――
ワイバーンが旋回し、今度はさらに低く、さらに速く滑空してくる!
「ッ、次は正面か――!」
だが、構えを整える間もない。
その巨体が空を裂き、距離を詰めてくる。
「やばっ――**【閃光】**!」
瞬間、放たれた眩い光。
眩しさに目を焼かれたワイバーンが照準を逸らす。
ギリギリ――
鋭い爪が一メートル先の地面をえぐり、土煙が激しく舞い上がる。
視界を失ったワイバーンはそのまま天へと舞い上がっていった。
いい時間稼ぎだ!
周囲を見渡すと、ザンクがようやく一体のマッドベアを仕留めていた。
だが――彼はもう、クレイモアを握ることすらできていない。
やはり、ザンクは頼れない……で、あれば――!
「フェイルさん! お願いです! もし魔力が残っていたら、僕に【風纏衣】を!」
返事の代わりに、俺の全身を風が包む。
体が軽くなる。
与えられた風の加護――これなら、戦える!
すると、ずっと俺の腕に抱かれていたリンの顔色が、わずかに持ち直す。
「レオ、私への強化……もう切れる頃か?」
「……おそらく。そろそろ五分が経つ」
「分かった。なら――次の一撃に、賭けよう」
リンがそっと俺の腕から離れる。
その瞳には、もはや迷いはなかった。
立ち上がり、静かに剣を構える。
【風纏衣】、【石纏衣】、【水纏衣】を纏った【剣姫】が、再び戦場に舞い戻ってくる――!
四度目――!
ワイバーンの滑空が始まった。
その眼は鋭く、完全にリンを標的に定めている。
【氷壁】、【石壁】。
二重の障壁が再び張られるも、構わず突っ込んでくる。もはや定石だ。
――来る!
【氷壁】を貫いた、その瞬間。
「**【魔力増強】**!」
魔力回復薬で【ストック】していた魔法を一気に解放。
続けて――
「**【鈍化】**!」
「**【拘束】**!」
【石壁】を突き破った瞬間、狙い澄ました魔法がワイバーンを穿つ!
速度を削ぐ【鈍化】、翼をたたんだ隙に食い込む【拘束】の光輪!
ワイバーンにとっては、不意打ち同然。
これまでの滑空軌道から突破位置は読めていた――必中だ。
【拘束】のせいで羽ばたけない。さらに【鈍化】のせいで、若干鈍っている!
だが、それでもなお、奴の勢いは止まらない!
――ワイバーンが、立ち尽くすリンを目掛け、腹を地面に擦りつけながら土煙をあげ、突っ込む!
「リン、避けろ――!」
叫ぶ間もなく、彼女の身体が風に乗って跳んだ。
軌道を読んでいたかのような完璧な跳躍。
そして、刃を振り下ろす!
「【花舞剣流・花風斬】!」
すべての力を乗せた、魂の一閃が、ワイバーンの首筋を穿つ。
花びらのような魔力の残滓も、ワイバーン首元に舞う。
だが……止まってしまった。
疲労か、それとも鱗の硬さなのか分からない。
刃は首の三分の一までしか届かず、止まり、斬り落とすことはできなかった。
「――ギィイイィィィアアア!!!」
絶叫とともに、ワイバーンのくちばしがリンの太腿を貫いた。
【石纏衣】の効果が切れたのか――!?
土埃色のロングパンツが血に染まり、宙に紅の霧が舞う!
「ッ、あ……ッああああッ!」
悶絶し、声を殺すリン。
だが、彼女の手は剣を、離さない。
その瞳にはまだ、闘志が宿っている。
「リンッ!!」
無我夢中だった――
一刻も早くリンの怪我を治さなければならないという使命感のせいだったのかもしれない。
瞬時に、【水撃】に魔力を【ストック】し、即座に水球を目の前に浮かべる。
【ストック】した魔法を描くことで展開スピードは段違い。
そして――
「**【治癒】**!」
水球に、まだ、【魔力増強】の力が乗った【治癒】を唱え、癒しの力を持った水の塊――【治癒球】をリンの傷口をめがけて飛ばす。
【治癒球】を操りながらも、俺は風を纏った体で走り出す。
目指すは、放り投げられている、ザンクのクレイモア!
地を滑るように駆け、柄を掴む。
「おい! 貴様! 俺のクレイモアに触れるな!」
当然、ザンクの言葉は無視してワイバーンへと駆ける!
重い……しかし、今はそんなことを言っていられない!
クレイモアを引きずりながら、左手を前に掲げ、ワイバーンに狙いを定める!
「**【光矢】**!」
閃光が走り、ワイバーンの顔に突き刺さる!
いくら【魔力増強】で強化されているとはいえ、所詮は第一位階魔法。致命傷にはならない……だが、注意を確かに引いた。
「こっちだ! 相手は俺だッ!!!」
ワイバーンの瞳が、リンから、俺に移る。
自然と、太腿を貫いていたくちばしも俺を向く。
同時に、リンの太腿に白く淡い光を放ちながら【治癒球】がゆっくりと着弾。
途端、蒸気のように血が溶け、肉や皮膚が再生していく。
「――くっ……!!!」
痛みが走ったのか、リンが苦悶の表情を浮かべる。
だがその間にも、傷はみるみる塞がっていく。
応急処置、完了!
あとはワイバーンの首を刎ねるだけ!
【風纏衣】を纏い、重すぎるクレイモアを引きずりながら、地を蹴る!
「うおおおおおおおおお――ッ!!!」
跳んだ。まっすぐに、ワイバーンの頭上へ!
浮遊感。風の流れ。すべてが背中を押してくる。
狙うはただ一つ――
リンの剣を上から叩き、ワイバーンの首を斬り落とすこと!
しかし、ワイバーンも、黙って首を斬らせはしなかった。
すでに、リンの刃が首筋を抉り、俺のクレイモアがそれをなぞるように振り下ろされている。
だが奴の瞳は、戦意を失ってなどいない!
怒りと憎しみに燃えたまま、まっすぐ俺を睨み返す!
が、躊躇わない!
リンの剣の背を、俺のクレイモアが叩きつけた!
「ギャァァァアアアアアア――!!」
咆哮。断末魔。耳を裂くような絶叫が天に響く!
だが――
まだ、斬り落とせない!
あと少し、五分の一……それだけが、どうしても斬れない!
クレイモアの刃が、軋む。
血を吹き上げながらも、ワイバーンの首はなお繋がったまま。
普通なら、この時点で死んでいるはずだ。
だが、ワイバーンは異常にしぶとい。
最後の悪あがき。
瀕死のそれが、執念で首をもたげ――俺めがけて、くちばしを突き出してきた!
ズブッ――!
腹に風穴が空いた感触。
だが、なぜか痛みはない。感覚だけが、冷たくなっていく。
「ご、ふっ……!」
口から、熱い血が吹き出す。
焼けるような味が喉を満たし、意識がグラリと揺れる。
「レオ――ッ!!!」
リンの手が、一瞬だけ震える。
剣を握る指がわずかに緩む――が、
「大丈夫だ……! 早く、こいつの首を……うぉぉぉぉりゃああああッ!!」
血飛沫と共に、俺が怒声をあげる。
その咆哮に、リンの瞳が燃え上がる!
「【剛力】――ッ!!!」
重なる俺たちの気合。
クレイモアに宿った力が――全重量を以て、振り下ろされた!
刹那――抵抗が、消えた。
ワイバーンの首が、落ちた。
あっけないほどに。
まるで、糸が切れた人形のように、巨体が崩れ落ちる。
やった――のか……?
そんな言葉が浮かぶより先に……
視界が、霞む。
光が、遠ざかっていく――
「……あれ……?」
けれど、意識は――すでに、白濁の彼方へ沈んでいた。
「――レオぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!!!」
リンの絶叫が、戦場に響き渡る。
それだけが、俺の耳に残っていた――




