第59話 配置転換
「第二波、接敵まで五分! 次に備えろ!」
騎乗した斥候の声が戦場に響き渡る。
束の間の休息。
リンは後退するとすぐに剣の手入れを始めていた。
と、そのとき――
一騎の伝令が、俺たちがいる最右翼へ駆けてきた。
胸には銀の徽章。銀証冒険者だ。
「お前ら、配置転換だ! 中央に来い!」
は? このタイミングで!?
あまりに急な指示に動けずにいると、伝令が苛立ちをあらわにする。
「急げ! 時間がない! 事情は移動しながら話す!」
幸い荷物は【収納】の中。俺たちはすぐに後を追う。
ただし、リンだけは、相変わらずゆったりとした歩調のままだ。
俺もそれに合わせると、自然と同じ速度に。
それに焦れた伝令が、騎乗しながら説明を始める。
「これから鶴翼の陣を取る。お前らには、その中心を任せたい」
――鶴翼の陣。
鶴が翼を広げたように左右に展開し、敵を包囲殲滅する陣形。
その中心……そこが俺たちの位置。
敵の突破力が一点集中する、最も危険な場所じゃないか……!
「どうして僕たちが、中央なんですか?」
思わず問いかけると、伝令が鼻で笑った。
「はぁ? お前ら、自分たちが成したことに、何も思わんのか?」
彼が顎で指した先……そこれには、リンが倒したアーマーウルフ、スカルレイブンの骸の山。
明らかに、俺たちがいた場所だけが異常な戦果を挙げている。
他の陣地は魔法師の支援を受けながらも、そこまでの成果は見えない。
なるほど……つまり、認められたということか。
「最右翼と最左翼には銀証冒険者を五名ずつ配置。さらに鶴翼の底――つまり突破を狙われやすい部分にも銀証を重点的に置く。それ以外の部隊には、後方から【氷壁】や【石壁】を展開できるよう、魔法師を控えさせる。中央には、戦力の厚いお前らを配置し、魔物をそこに呼び込むんだ」
中央に戦力を集中させ、そこを喰わせてから両翼で包囲する……鶴翼の陣の真髄か。
俺は一つの疑念を口にする。
「……じゃあ、最初のあの陣形は、冒険者の実力を見るために?」
伝令はニヤリと笑った。
「フェイルがそう言ってた。魔法師の実力よりも、冒険者の実力は未知数だとな。アーマーウルフ程度に手こずるような奴は戦力外。それに最初から俺たち銀証が全力で出てたら、ブルホーンと戦うまで出番がない。これは銀証の体力温存も兼ねた選別だったってわけだ。ま、それでもフェイルの魔法師優遇ってのは変わりないがな」
なるほど。
すべては見越されていた。
さすがは、冒険者ギルドから指揮を任されるだけの男……というわけか。
「今、金証のほとんどがバックス辺境伯の後継者争いに駆り出されてるからな。まだフェイルが銀証でいてくれて助かったぜ」
――後継者争い?
こんな状況でも、そんなことが行われているのか?
思わず聞き返そうとしたときには、もう中央陣地に到着していた。
鶴翼の中心、その底と呼ばれる最も要所となる一画。
そこにフェイルがいた。
魔力の消耗が激しいのか、それとも精神力、集中力なのか分からないが、携行してきた椅子に腰掛け、額の汗をぬぐっている。
俺の姿を認めたフェイルは、薄く笑って声をかけてきた。
「まさか、あの死体の山を築いていたのが、お前たちの隊だとはな。やはり魔法師が三人もいると、地力が違うな」
満足げな表情。だが、俺はすぐに否定する。
「いえ、僕が倒したのは二体か三体。ほとんどは、別の仲間がやりました」
俺が横に立つリンに視線を送る。
すると彼女は静かにフードを下ろし、姿をさらす。
「初めまして、フェイル殿。銅証冒険者初段、リンと申す。以後、お見知りおきを」
一礼と共に、凛とした声が響く。
一瞬、フェイルの目が見開かれた。
「……そうか。彼女が、レオの言っていた冒険者か」
その問いに、俺はうなずく。
フェイルはすぐさま表情を引き締め、俺たちに新たな指示を出す。
「聞いての通り、ここからが本番だ。鶴翼の底――この陣形の最要所を、交代制で守ってもらう。五名ずつ、五分交代。リン、お前は第二陣に入れ」
指し示された先には、銀の徽章を胸に掲げた熟練の冒険者たち。
その中にはゲルドの姿もある。
……つまり、リンは、銀証冒険者と同格と判断されたということか。
「注意しておくことが一つある。二列目に入ったとて、休めるというわけではない。一列目を抜けてくる個体がいるだろうから、二列目で必ずとどめを刺すこと。後ろには銀証魔法師も控えるが、魔力を無駄にはしたくない」
持久力の低いリンにはかなり厳しい条件。
全力でサポートすることを決意し、フェイルに問う。
「僕たちは……どうすればいいですか?」
リンの役割は明示されたが、俺、カタリナ、ミザリーの三人にはまだ指示がなかった。
「お前たち三人は魔法師として、戦線の支援に回ってもらう。特に、中央以外の部位が崩れそうな気配を見せたら、すぐに【氷壁】や【石壁】を構築して、魔物の流れを中央へ寄せるように誘導してくれ」
「分かりました。僕は壁を張る魔法は使えないので……リンのサポートに回ります」
そう告げて、【収納】から水筒を出し、リンに手渡す。
一方、カタリナとミザリーは素早く周囲の冒険者たちに声をかけ、【石壁】の配備が薄そうな地点を確認しはじめる。
「私たちはこっちへ行くね。あの辺、ちょっと壁が足りなさそうだったから」
「たぶん、あそこが崩れたら一気に突破される。少しでも時間を稼ぐよ!」
彼女たちは、俺たちと最右翼の中間あたりへと向かい、待機を決めた。
それぞれが、自分の役割を理解し、動き始める。
俺たちもそろそろ動こう……そう思った矢先、聞き覚えのある声が俺たちの名を呼んだ。
「レオ、リン。大活躍だったな」
振り返れば、そこに立っていたのはフリード。そして、少し遅れてゲルドもこちらへ歩み寄ってくる。
「まぁ、俺たちに勝った奴らだからな。活躍するのは当たり前とは思っていたぜ」
ゲルドの視線がちらちらとリンをうかがっている。だが、それにやましさはない。
純粋な警戒……いや、恐れか。
その視線を感じ取ったのか、リンが静かに声をかける。
「ゲルド殿も中央配置か?」
「まぁな……俺は第一陣だ」
「そうか、至らぬ点もあると思うが、よろしく頼む」
ごく簡単な言葉のやり取りだったが、それだけでゲルドの顔から強ばりが少しだけ消えた。
戦の前に、余計なわだかまりが消えるのは、良い兆候だ。
だがそのまま、話はすぐ戦局に戻る。
「鶴翼の翼部分、つまり中間あたりの戦力がどうしても薄いんだ。そこに壁系の魔法使いを集中させてる。中央に魔物をどんどん滑らせる算段だ」
「滑らせる……?」
「ああ。危なくなったら地面を【氷結】で凍らせて、魔物を流すんだ。鶴翼の底――つまり、お前らのところに向かってな」
なるほど。
魔物たちの突進を完全には止められない。ならば誘導し、迎え撃てる場所へ誘い込んで叩く――極めて合理的だ。
だが、やはり中央にかかる負荷は尋常ではない。
「ブルホーンって……どのくらいの強さなんですか?」
俺の問いに、フリードが少し考えてから答える。
「そうだな……第二位階魔法が刻まれたボスモンスターより少し弱いくらいか。で、マッドベアはそれよりもう一段強い」
……ってことは、俺からすれば未知の領域か?
「ただ、厄介なのはその先。ワイバーンはそのどちらよりも圧倒的に手強い。しかも、ここにいる最高戦力のフェイルが、ワイバーンとは相性最悪なんだ」
「え……?」
「フェイルの主力魔法は通らない。それともう一人、第四位階魔法を使える魔法師がいるが……こちらもワイバーンとは相性が悪いって話だ。だから最終的には、銀証冒険者十段のザンクが止めを刺す算段らしい」
そう言って、フリードがフェイルの隣に立つ男に視線を向ける。
あれが……ザンクか。
長身でかなり筋肉質。そのくせ神経質そうな顔。
眉間の皴の深さからだいたい四十歳前後かと思われる。
何より腰に下げた、身の丈ほどもあるクレイモアが目を引いた。
あんなのに叩き斬られたら、ワイバーンですらひとたまりもないだろう……。
ザンクを見ていると、フリードが一言。
「どうやら、魔物たちがお出ましのようだぞ?」
南の地平に視線を向ければ、黒い影が砂塵を巻き上げて突進してくる。
視線を上げれば、空にはスカルレイブンの群れが黒雲のように押し寄せ、空を覆い尽くしていた。
すぐさまゲルドが配置につき、俺たちもその背後で陣を整える。
地響きが徐々に近づき、鼓動のように全身に伝わってくる。
そして……はっきりと確認できる距離まで近づいた。
黒く巨大な、まるで闘牛を思わせるブルホーンたち。
目を血のように赤く輝かせ、怒涛の勢いで鶴翼の底へと突撃してくるのが。




