第55話 戦果
「……さすがだったぞ」
戦いを終え、皆の下に歩くと、最初に声をかけてくれたのはリンだった。
その瞳の奥はどこか誇らしげで、安堵の表情を浮かべていた。
「ありがとう、リン」
自然に笑みがこぼれる。
「れ、レオって……あんなに強かったんだ……」
「どれだけ魔法を覚えてるのよ……」
カタリナとミザリーが、ぽかんと口を開けてこちらを見ている。
驚愕というよりは、もはや呆然。
「ありがとうございます。でも、今やったら……もう誰にも勝てませんよ」
そう言って、苦笑する。
「【ストック】を……ほとんど使い切っちゃったので」
攻撃魔法はほぼ使いつくしたからな。
ただ、使い切った甲斐はあった。
水魔法はもちろん、【水纏衣】の弱点も知ることができた。
雷に弱いと思っていたが、毒も回るのか……。
もしかしたら【毒矢】の威力次第かもしれないが、俺が【水纏衣】を使用する上での注意点も見つかった。
先ほどの戦いの余韻に浸りながら、【火鞭】の魔法書に手を伸ばそうとしたとき、カタリナとミザリーが二人で、魔石の回収のためにボス部屋を後にする。
足音が遠ざかっていく中、代わりに、別の足音がゆっくりと、近づいてきた。
顔を上げると、そこには、肩を落とし、背中を丸めたフリードの姿。
今の彼を銀証魔法師と言って誰が信じるであろうか。
「完敗だ……一つ訊かせてくれ。レオ、お前のギフトは【怠惰】じゃないのか?」
そういえば、リンにもまったく同じことを聞かれたっけ。
「いえ、違います。僕のギフトは【ストック】です」
「【ストック】……? 聞いたことのないギフトだな……しかし……それにしても、お前の年齢で、あの魔法の数……」
腕を組み、困惑と驚きが入り混じった表情で考え込むフリード。
そんな彼に、俺の隣に座っていたリンが迷いのない声で口を開いた。
「フリード殿、私も【怠惰】だと思っていた。しかし、今のレオを見てみろ。【怠惰】を使った者が、こんなにも真剣に魔法書を読もうとしているなんて、あり得ぬだろ?」
「む……確かに……」
リンの言葉に納得するフリード。
「その【怠惰】というのは、どのようなギフトなのですか?」
フリードに訊ねたつもりだったが、答えたのはリンだった。
「最低のギフト……一番のハズレだ」
吐き捨てるような声色。
……何かあったんだ。リン自身が【怠惰】に関わる過去を持っているのかもしれない。
沈黙が数秒続いたあと、今度はリンがフリードに問いかけた。
「フリード殿、カタリナ殿とミザリー殿の二人と何があった?」
口をつぐむような質問だったが、リンは踏み込む。
「……俺とゲルドが二人を襲ってしまった」
「それだけか? 二人は自分たちにも非があるというようなニュアンスだったぞ?」
「……魔が差した。それに変わりはない。何がどうあれ、俺たちが悪かった……そういうことだ」
それ以上、何も訊くな――
そう言わんばかりの、硬く閉ざされた口調だった。
けれど、それが逆に俺には好印象だった。
言い訳をせず、責任から逃げないその姿勢に、どこか誠実さを感じたのだ。
自分の非を受け止めている。
だからかもしれない。さっきまではこの人からは教わりたくない。技術を盗むだけでいいという反発心が、霧散していたのは。
もちろん、やったことは最低のことという認識は変わらないが。
「……では、僕からも一つ。フリードさん、魔法陣を弄っているって……聞いたんです。もしよければ、それを見せてもらえませんか?」
勝ったら常識の範囲内で言うことを聞くというのも条件だったしな。
「……ああ、カタリナたちが話したのか。そうだな、確かに魔法陣の加筆や削除くらいは……」
言いながら、彼はそっと杖を持ち上げた。
「【水撃】」
水の塊は、飛翔することなく、フリードの目の前で空中にふわりと留まっていた。
杖を動かすたびに、水の塊――水球は意思を宿したかのように宙を泳ぐ。
「これは、魔法陣の一部を削除して、発射の工程を封じてある。同時に加筆もしていて……こうして、操れるようにしてあるんだ」
説明しながら、水の球を自在に操るフリード。
「それって動かすのに追加で魔力を使ったりするのですか?」
「いや、一度発現させてしまえば、魔力の流れは持続する。問題は集中力だな。保持し続けるには、かなり神経を使う……それと、魔法陣の精度。最初に描いた陣が真円に近ければ近いほど、制御はぐっと楽になる。注意点としては、自分が出した位階魔法の水でないと、操れない。たとえば雨水や、【創造水】なんかで出した水は、こういう風には扱えない」
なるほど。
あくまで自身の位階魔法で出現させた水だけ、ってわけか。
「高位の魔法師になれば、他属性との混合もできると聞くが、それは宮廷魔法師の領域だな。そもそも混合するより、単一属性で魔法陣を大きく、精密に、真円に描く方が、効果的な場合も多い。だから無理に目指すものでもない。俺はこれを水球と呼んでるんだが、これは単に練度を上げるための訓練法の一つに過ぎんよ」
俺がじっと見つめていると、フリードがニヤリと笑った。
「気に入ったか? その年齢でそれだけ魔法を唱えられるなら、ドラグラス王立学校への入学は堅いな。入ればきっと、いい先生や師に出会えるだろう」
俄然やる気がでてきた。
そして、ひとつ確信した。
このフリードという男――いい奴だ。
ただ、いい奴でも女にだらしない奴とかもいるからな。
その辺りの線引きは、ちゃんと弁えておくつもりだ。
「フリードさん……今度、僕が【水撃】を覚えたら、操作の仕方、教えてもらえませんか?」
「別に構わんが……そろそろ俺は、第四位階魔法――【海嘯】の迷宮攻略に本腰を入れるつもりでな。あと一年……いや、二年は、あの迷宮とにらめっこになる。だから……会える機会は、そう多くはないと思うぞ?」
二年!? そんなにも時間がかかるのか!?
「ていうか、レオ……お前、【水弾】は覚えてるのに、【水撃】はまだなんだな?」
「はい……あちこち探したんですが、魔法書がどこにも売っていなくて……」
するとフリードは、何かを思いついたようにくるりと踵を返し、自分の荷物のもとへと歩いていった。
そして、一冊の魔法書を手に戻ってきた。
「……なら、これをやろう。今回のことの謝罪代わりだ。あと、カタリナとミザリーの二人には、俺の口からとは言わずとも、それとなく謝っていたと伝えておいてくれ。本音を言えば、直接謝りたいが……本人たちは、たぶん俺の顔なんて見たくもないだろうしな」
これは……ラッキーなんてもんじゃない!
【火鞭】よりも先に、【水撃】を習得して、水球――《ウォータースフィア》を自分でも操ってみたい!
「ありがとうございます! もし他の魔法書を持っていたら物々交換や買い取りをしたいのですが……」
「ん? そうだな……もう一冊だけ、第二位階魔法の【水盾】は手元にある。だが……正直言って、俺は水魔法しか扱えんのだ。魔力診断紙でも、水属性にしか反応がなかった。ほんのわずかに白が混じる程度で……」
そう言って、苦笑するフリード。
「第一位階の聖属性魔法書を手に入れれば、あるいは……と思っていたが、そんな代物、そう簡単に手に入るもんでもないからな」
「ってことはもしかしたら、ここの【鈍化】はもしかして……?」
俺の問いに、フリードは深いため息をひとつつき、肩をすくめた。
「ああ。覚えられないだろうな。バックスの迷宮にある水属性魔法は、【海嘯】以外はすでに全部習得済みだ。だからあとは、稼ぎついでに手助けしていただけってわけさ」
「じゃあ……僕たちと一緒に潜ろうって言ってくれたのも……?」
「……正直に言えば――あれは、リンと一緒に潜りたかったってのが本音だ。ネール武具店にとんでもない美人がいるって噂を聞いてな……会ったときは、つい舞い上がってしまった」
苦笑混じりにそう打ち明けるフリードの表情は、なんとも人間くさくて、どこか憎めなかった。
まぁ、美人がいるって聞けば見に行きたくなるのは、男ってもんだ。
一緒に過ごせるチャンスがあるなら、なんとかして掴みたい――それもまた、男の本能だ。
……なにせ、今の俺がまさにそうなのだから。
「そうですか……話が逸れてしまったのですが、魔力診断紙が少しでも白っぽかったら聖属性を覚えることができるかもしれないということですよね? では、【治癒】と【解毒】の二つと【水盾】を交換しませんか?」
「――っ!? お前……【治癒】と【解毒】も習得済みで、それどころか……魔法書を作成できるのか!?」
「はい。【治癒】はすでに五十冊くらいは描いています。完成品も今ここにあります。ただ、【解毒】は少しだけ時間をいただけませんか? 今描いている魔法書を仕上げたら、すぐに取り掛かります」
そう言って、俺は手をかざし、【収納】から一冊の魔法書を取り出した。
「なっ――!? まさか【収納】まで使えるのか……!」
「はい。これが【治癒】の魔法書です」
驚愕に満ちた表情のフリードに【治癒】の魔法書を差し出す。
彼はまるで壊れ物を扱うかのように、慎重にそれを受け取る。
手にした瞬間、フリードの指がわずかに震えていた。
「た、確かにこれは【治癒】の魔法書……しかも、魔法陣が美しい……これなら、時間はかかるかもしれないが、覚えられる……気がする!」
興奮気味に頁をめくるフリード。
やがて我に返り、自分の荷物が置いてあるところに戻ると、【水盾】の魔法書を持ってくる。
「【解毒】はいつでもいい。あと、【海嘯】の迷宮に潜るのは、【治癒】を覚えてからにする。だから、それまでの間――水球、俺が教えられることは全部教えよう。いつでも来るといい」
「はい、ありがとうございます!」
思わず深く頭を下げると、フリードは目を細めて、しみじみと呟いた。
「……まさか、こんなところで本物の虹魔法師と出会えるとはな……」
――ん?
「虹魔法師……?」
「多属性の魔法を使える者のことをそう呼ぶんだ。昔は五属性以上使える者をそう呼んでいたらしいが、今は三属性でも、虹魔法師と自称する者がいる」
かっこいい……。
しかし、自称するのは恥ずかしいな。
「そのうち、第三、第四位階の迷宮で他のパーティと会ったりする機会が増えるはず。必然的にそう呼ばれることが増えると思うから、慣れておけ」
そう言うと、フリードはゲルドの下へ戻って行った。




