第45話 スライムは強敵?
「カタリナ殿、ここは私とレオが前に出る」
リンが前に出て、俺も彼女の隣に並ぶ。
「ありがとうございます……ひとつ、レオさんに伺ってもよろしいでしょうか?」
抜き去った俺の背後から、カタリナが訊ねる。
「登録されている魔力量と、覚えている魔法……その情報に、虚偽はありませんよね?」
なるほど、ギルドの登録情報は公開制というわけか。
となると、魔力量は隠せないのであれば、魔法の習得については黙っておいた方が得策だな。どんどん魔法を覚えていけば、こういう質問も減るだろう。
「はい、ただ、僕の場合はちょっと特殊体質で……」
曖昧に笑いながらそう答える。
どうせ、共に戦えば【ストック】のことは後で分かることだ。
そのときが来たら説明すればいい。
そんなやり取りの最中――
「前方に魔物」
リンの声が響く。
すっと、彼女の視線が通路の奥へと突き刺さる。
俺も目を凝らすと、闇に揺れる、半透明の軟体。
ぼてりとした体の中心には小さな小さな核。
――スライムだ。
「レオ、スライムは攻撃力はないが、我々剣士が倒すのには少し苦労する。中心の核を正確に捉えないといけないからな」
リンは淡々と言いながら、剣を抜き、ためらいもなく踏み込む。
同時に、横薙ぎの一閃――
ズバッ。
スライムの身体が断ち割られ、核ごと二つに裂ける。
溶けるように崩れて消え、そこに残ったのは、ぽつんと転がる魔石一つ。
「レオ、次からは頼む」
振り返ったリンが、信頼を込めた目で俺を見る。
「ああ、任せてくれ」
俺は頷き、【収納】に意識を向ける。
瞬間、宙から引き出した剣が、俺の手の中に現れた。
カタリナとミザリーが同時に息を呑む。
【収納】の説明も後回し。
通路の先、まだもう一体のスライムがゆらゆらと蠢いているのだ。
目標は、スライムの中心で揺れる核。そこを斬れば、確実に仕留められる。
リンのように踏み込み、一閃――
スパッと見事にスライムは魔石に変わった。
「よし……!」
毎朝繰り返してきた素振りの成果が、確かに形になっている。そう実感できる一撃だった。
俺は剣を下ろし、静かに魔石を拾い上げると【収納】の中に放り込む。
さすがにネコババと思われたくはないから、ここでちゃんと説明しておく。
「僕は特位階魔法――【収納】を習得しています。この中に僕たちの道具などが入っています。ここで手に入れた魔石などは、すべて【収納】に入れて、後で分配でいいですか?」
二人の表情が一変する。
疑念が晴れた安堵と、それ以上に驚きと興奮の入り混じった顔だ。
「と、特位階魔法……! すごい、そんなの使えるなんて……!」
「特位階魔法って数量限定の!? 本当に……!?」
思わず息を呑むカタリナと、興奮気味に前のめりになるミザリー。
魔法師である彼女たちには、特位階魔法の凄さが誰よりも理解できるのだろう。
にしても、特位階魔法って数量限定なのか。
ってことは迷宮の最奥に刻まれているということはないのか?
もし、刻まれていたら、何人でも覚えることができるということになる。
いや……一定数覚えたら迷宮核の魔力が失われるということもあるかもしれないが……。
「レオ、気を抜くな。部屋に出るぞ」
「ああ、俺にやらせてもらっていいか?」
返事をするわけでもなく、リンは一歩引く。
部屋には、十体ものスライムが蠢いていた。
これはいい腕試しになるな。
近くにいるスライムを一閃、返す刀で二閃目――!
さらに、三閃、四閃と続けてあっという間に正面のスライムたちを魔石に変える。
完璧な手応え……と、思った瞬間。
ぽとり、と粘液が顔に落ちてきた。
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
まさか――!?
反射的に上を見上げると、天井に張り付いていたスライムが、今まさに俺の顔めがけて飛びかかろうとしていた。
やばい……!
反応できない――!
その刹那。
シュバッ!
鋭い音とともにリンの剣が閃き、落下中のスライムの核を両断する。
スライムは一瞬にして霧散し、魔石と粘液が地面に飛び散った。
剣を納めながら、リンが淡々と告げる。
「油断するな……といっても私も昔、これで死にかけたがな。顔に纏わりつかれ窒息死する者が後を絶たない。今回はただのスライムだったからまだしも、ポイズンスライムやアシッドスライムであれば、もっと酷い目にあうからな」
リンは淡々とそう告げたが、俺の心臓はまだ高鳴っていた。
今の一撃がなければ、俺はスライムに顔を覆われ、窒息していた可能性がある。
自分でも気を付けてはいたが、知らいないということは死に直結する。
さらに進むと、今度は黄色の半透明なスライムが通路に佇んでいた。
俺たちにはもう気づいていて、警戒している。
「レオ、あれがアシッドスライム。酸を吐いてくるから気をつけろ」
リンのアドバイスを受け、慎重に距離を縮める。
すると、アシッドスライムの体の表面が口のように変形し、唾を吐きかけてくる。
地面に落ちた液体が、刺激臭を放ちながらプシューッと蒸発する。
皮膚に触れれば大火傷。衣服にかかれば一瞬で溶けるだろう。
慎重に動きを観察し、酸を吐いた直後に斬りかかる――そう決めたとき、あることに気がついた。
「あれ? こいつ、酸を吐くたびに縮んでね?」
思わず口にすると、リンが微笑む。
「気づいたか。そう、アシッドスライムが吐き出してるのは自分の体の一部だ。攻撃すればするほど縮み、最後には――核だけが残る」
「……ってことは、勝手に自滅するのを待てばいいんじゃ……?」
俺の言葉に、リンが肩をすくめる。
「理論上はな。ただし、追い詰められた個体は最後の抵抗で酸をまき散らしてくることもある。ある程度縮んだところで叩き潰すというのも手だ」
なるほど。
どう戦うかは俺次第ってわけか。
リンに言われた通り、縮んだところに剣を突き刺し、魔石を回収。
次に現れたのは、いかにも毒々しい色をしたスライムだった。
これがポイズンスライムか……。
ポイズンスライムといい、触れるだけで毒に侵される可能性があるという。
その名の通り、触れるだけで毒の影響を受ける危険な魔物らしい。とはいえ、触れなければ問題はない。
斬る位置を慎重に見極め、俺は核を狙って一閃。鮮やかに魔石へと変える。
それからも、俺は夢中で前を進んでいた。
スライムたちを次々と斬り伏せ、迷宮の通路を切り拓いていく。
剣を振るたび、手応えが心地よく、集中が深まっていく感覚があった。
そんなときだった。
「あのぉ……私たちは何もしなくていいのですか?」
「このままだと、もうボス部屋に着いてしまいそうですが……」
「それに、レオさん、ずっと動きっぱなしで疲れないのですか?」
「スライムって、斬ると剣が傷むって聞いたことがあるんですが……」
振り返ると、カタリナとミザリーが困ったようにこちらを見ていた。
……しまった。完全に夢中になってた。
気づけば、戦闘のほとんどを俺がこなしてしまっていたらしい。
――それにしても、スライムって剣を傷めるのか。
言われてみれば、毒や酸の体を斬れば、確かに金属に悪影響があってもおかしくない。
「ご、ごめんなさい。つい夢中になってしまって……でも、僕は魔力量は少ないけど、体力だけは自信あるんです。まだまだいけますよ」
「そうですか。私たちは別に戦いたいというわけではないですし……レオさんがよければ、お願いしてしまってもいいのですが」
「本当ですか? じゃあ、このまま僕が倒しますね」
よし、これで遠慮なく戦える――いや、最初から遠慮なんてしてなかったけど!
以降も、順調にスライムを討伐しながら進む。
奇襲さえなければ、敵の動きは緩慢で、苦戦する要素はない。
途中、リンから「次は核を突いてみろ」と指示されて挑戦してみたが――これがまた、想像以上に難しい。
斬るのと突くのでは、要求される精度がまるで違う。面ではなく点を狙う感覚に、俺の集中力はさらに研ぎ澄まされていく。
だが、それもまた貴重な訓練だ。
ただ数をこなすだけでなく、正確性も磨かれる。これ以上ない環境だ。
そうして、スライムを狩り続けて六時間。
ほぼすべてのスライムを俺が斬り伏せた頃、ついに、ボス部屋の扉が目の前に現れた――




