第33話 救出
「どうしたのですか!?」
俺の問いかけに、魔法師の男は視線を合わせることもなく叫んだ。
「寝込みを……オークたちに襲われた! 助けろ!」
叫ぶ声には怯えと混乱が滲んでいた。男は逃げ惑うように駆け抜け、寝袋を片づけ、荷物を整理していたユンたちの傍を突っ切って、そのまま後方へと消えていく。
「おいっ、お前! 待て、連れの仲間どうした!?」
「知るかッ!」
そう言い残し、全力で逃亡していく。
その男を一人の冒険者が慌てて引き留めようと手を伸ばした、その瞬間だった。
――ゴゴゴゴ……ッ!
魔法師の来た方角から、鈍く重い地響きが響く。
「レオ、構えろ。来るぞっ――!」
リンが剣の柄に手をかけ、目を細めて通路を睨む。
俺もすぐに亜空間から剣を引き抜き、彼女の隣に立つ。
ユンたちも各々武器を手にし、迎撃の布陣を取る。
総勢十名。即席とはいえ、悪くない戦力だ。
「これなら、やれる!」
誰もがそう思った――その瞬間だった。
通路の奥。深い闇の中から現れたのは、確かにオーク。
だが、見慣れた鈍重な姿とはまるで違う。
手にしたのは粗雑な鉈ではなく、鋭く磨かれた槍。
肥え太った体は引き締まり、筋肉が鎧のように浮かび上がる。
重さを感じさせない動きで、奴らは滑るように前進してくる。
「――ハイオークだ! さらにその後ろにも別の個体がいるぞ!」
リンの叫びが空気を震わせた。
「腕に自信がない者は、荷物を持って下がれ! レオ、【火爆】を叩き込んでくれ! 直後、私が突っ込む!」
そう言われると思い、すでに手を掲げている。
「**【火爆】**!」
火球が通路を駆ける。
逃げ場のない空間に唸りを上げながら、火の塊が突き進んでいく。
ハイオークの背後まで火球が到達した、その刹那――
「爆ぜろっ!!!」
限界まで収縮した火球が、一気に解き放たれる。
ドォォォンンンッ!!!
轟音が迷宮を揺らす。
至近距離で爆発を受けたハイオークは、壁に叩きつけられながら焼き尽くされる。
やや離れていた個体は爆風で吹き飛ばされ――いつの間にか接近していたリンの剣が一閃。首を刎ねられ、残りの個体も含め、五体のハイオークは瞬く間に魔石と化す。
――だが、その瞬間。
通路の奥。闇のさらに向こう。
赤く歪んだ無数の魔法陣が、ずらりと浮かび上がった。
「リン! 【火撃】が飛んでくるぞ!」
叫んだものの、無用だった。
なぜなら、彼女はすでに剣を構えていたからだ。
襲いくる無数の火球。
俺なら基礎魔法、あるいは【風纏衣】を使って避ける――だが、リンは違った。
なんと剣の腹で火球を受け、滑らせるような剣捌きで、その軌道を逸らしていく。
飛び交う火球は、彼女の剣に導かれ、迷宮の壁に吸い込まれていく――
なぜ、あえて受けた? 避ければ済むはずなのに。
――そう思った俺は、すぐに気づいた。
俺たちを守るためだ。
背後の俺たちに火球が届かぬよう、リンは剣で受け、捌いたのだ。
そして彼女は、間髪入れずに通路の奥へと突っ込む。
戦闘を、速攻で終わらせるつもりだ。
俺もすぐに後を追うが、火球を捌きながら駆けるリンの方が、遥かに速い。
俺が辿り着いたときには、すでに杖を持ったオークたちが迷宮に呑まれようとしていた。
「レオ! このまま駆け抜けるぞ! あの魔法師が置き去りにした仲間が、まだ戦ってるかもしれない!」
――なるほど。
だから、あれほど焦っていたのか。
リンと共に駆ける。背後からは、ユンたちも荷物を背負いながら追ってくる。
だが、誰もリンには追いつけない。
むしろ、彼女の背中はみるみる小さくなっていく。
魔物を斬り伏せながら走っているというのに――この速さ。
しかし、一分一秒を争うこんなときに後れを取るわけにはいかない。
俺はすかさず【加速】を唱え、駆ける。
ただ、彼女の背中を追うために。
――そのとき、前方から響いてきた。
剣戟の音!
まだ、戦っている!
まだ、生きてる……!
通路を抜けた先、広間へ飛び込む。
そこでは、三人の冒険者が剣を頭上に掲げ、片隅で団子のように固まり、通常のオークの倍はあろうかという巨躯に弄ばれ、嬲られ、今まさに殺されかけていた。
全員が血まみれで、動きも鈍い。
だが、死んではいない。
まだ――間に合う!
「**【雷撃】**!」
雷光が唸りを上げて、巨体の頭に直撃する。
電撃が炸裂し、焦げ臭さが広がる中――巨躯が一瞬、動きを止めた。
その隙を、リンが逃すはずもない。
雷光に包まれたままの巨体へ――剣閃が走る!
首が刎ね飛び、鮮血が壁へ軌跡を描く。
バカでかいオークの亡骸は、迷宮の床に吸い込まれていった。
その瞬間、緊張の糸が切れたかのように冒険者たちは、その場に崩れ落ちる。
重傷を負いながらも、全員がまだ生きている。意識を失っただけだ。
「**【治癒】**!」
「【治癒】!」
「【治癒】!」
俺は倒れた一人一人に駆け寄り、傷口に手を当てる。
柔らかな光が傷をなぞるたび、痛みに歪んだ顔に少しずつ生気が戻っていく。
すると、そこにユンたちが追いつく。
「間に合ったのか!?」
「はい、今、【治癒】を唱えたところです」
俺の言葉に、ユンたちはほっと息をつく。
「にしたって、あの野郎だけは絶対に許せねぇ!」
「置き去りにした挙げ句、魔物まで押しつけやがった!」
「ギルドに戻ったら徹底的に訴えてやるぞ!」
――まったく同感だ。
一歩間違えれば、俺たち全員がここで死んでいた。あの魔法師を見逃すつもりはない。
ただ、魔物が突然強くなったことが気になり、訊ねてみる。
「にしても、突然魔物が強くなってませんか? びっくりしました」
問いに答えたのはユンだった。
「原因は迷宮核だろうな」
「迷宮核……?」
「核に近づくほど、魔物は核の魔力を浴びて進化する。だから深部に行くほど手強くなるんだ。逆に言えば、今倒した連中ほどの強さが続々と湧いてくるわけじゃない。放置していると徐々に強化されるってだけだ」
ユンは肩をすくめる。
「グレスト男爵は、この迷宮が生まれて一か月程度って見てるらしいが――この強さを見る限り半年は経ってる。魔物が育ちすぎてるんだよ」
なるほど。だから冒険者たちが次々と重傷を負わされているわけだ。
「おそらくボス部屋は近いだろうな」
ユンが周囲に目を走らせたそのとき、倒れていた冒険者の一人がゆっくりと瞼を開いた。
「ボス部屋は……すぐ隣だ……俺たち、助かったのか……?」
すぐに駆け寄る。
「はい。もう大丈夫です。お水飲みますか?」
男がわずかにうなずく。
俺は掌に【創造水】を満たし、そっと口元へ運んだ。
一息ついたところで訊ねる。
「何があったのですか!?」
唇を震わせながら、彼はぽつりぽつりと語り出した。
「見張りは、別のパーティだった。俺たちは寝てたんだ……叩き起こされたときには、もう【火撃】が飛んできていて……直撃は免れたが、荷物は丸ごと燃えた。それから――うちの魔法師が真っ先に逃げ出して、瓦解したんだ」
「別のパーティ!? 合計何人で潜っていたのですか!?」
「八人――四人パーティが二つだ」
まだ生存者がいる――そう思った刹那、男の口から突きつけられた言葉は残酷だった。
「見張りの四人パーティ――魔法師一人と前衛三人は、全滅したよ……」
男は拳を固く握り、悔しさを噛みしめるように吐き出した。
「そもそも、俺たちの魔法師が【土纏衣】を自分にしかかけなかったのが間違いだったんだ。もし俺たちにも掛けていれば、こんなことには……魔力を惜しんで仲間を見捨てた結果だ! もう一人の魔法師は最後まで【治癒】を唱えて戦ってくれていたのに!」
――自分だけ守って逃げた、というわけか。
「つまり、さっき通路を逃げていった筋骨隆々の魔法師が、その張本人で間違いないんですね?」
男は悔しげに頷いた。
「これだから魔法師は――!」
男が吐き捨てる。
その言葉を、リンの声が断ち切った。
「気持ちは解る。だが魔法師で一括りにするな。お前たちを救ったのも魔法師だ」
リンは俺の肩にポンと手を置く。
「……そうだな。最後まで戦っていた魔法師もいたしな」
ようやく男が落ち着きを取り戻す。
すると、今度はユンが口を開く。
「とにかく、一度戻ろう。お前たちの傷が癒え次第とはなるが」
しかし、俺には別の考えがあった。
「ここのボスはどのくらいの強さと読みますか?」
ユンの表情が驚きに染まる。
「おい、まさか挑むつもりか!? ジャイアントオークより上となれば、オークキングくらいしかいないんじゃないか!? 銅証の俺たちでは、たとえ倒すことはできても犠牲を払うことになる!」
かなり強い口調だった。
心配してくれているのだろう。
だから俺は努めて穏やかなことで答える。
「はい、リンと二人で挑もうと思っています」
俺には勝利への道筋が視えていた。
そして、それは俺だけではなかった。
「奇遇だな。私もレオ――お前と二人であれば、楽に攻略できると思っていた」
ユンの表情がさらに引きつる。
「おいおい……正気か!? いくら第一功と言えども、ここのボスの強さは恐らく銀証クラスじゃないとキツイと思うぞ!?」
「分かっています。今すぐとは言いません。半日後、挑もうかなと」
すると、リンが再度頷く。
「うむ。つくづく私と同じ考えだな。そこで貴殿らにも協力を願いたい。半日だけでいい、ボス部屋の前で魔物と戦ってくれないか? 私たちが回復するまで……」
やはり、同じことを考えていたか。
俺は魔力、リンは体力。
それぞれ致命的な弱点がある。
ただ、万全となった時の瞬間火力だけは、かなり高いというのは自惚れではないはずだ。
「……分かった。だったら協力してやる。ただ、しっかりと報酬はくれよな」
ユンの言葉に頷き、答える。
「当然、期待してくれていいですよ」
「じゃあ、それまでの間、よろしくな!」
ユンたちとグータッチを交わし、俺たちはボス部屋の前に移動する。
前哨の魔物は強固だったが、チームワークで一体ずつ誘い出し、確実に殲滅。
十二時間の休息を挟み、ついに俺とリンは、重厚な扉に手を掛けた。




