第34話 ボス部屋
扉を開けると、まず視界を遮ったのは──ハイオークの倍以上もある巨躯。
二体のジャイアントハイオークが闇の中に立ち、その中心には、巨大な剣を振るい、王冠のような飾りを頭に戴くオークキング。
さらに背後には無数のハイオークが蠢く。
部屋の四隅には錫杖を握り仮面を被ったオークシャーマンが一体ずつ。
そしてシャーマンを守護するかのように、杖を携えたずんぐりとしたオークメイジが四体ずつ──。
足を踏み入れると、扉が勝手に閉まり、固く閉ざされた。
奴らはまるで獲物を待ち構えた獣のように、下卑た笑みを浮かべている。
だが、リンは微動だにせず冷静そのものだ。
「これだけの布陣は壮観というほかないな」
俺一人なら、恐怖に足がすくんでいただろう。
しかし隣には頼もしい仲間がいる――そして、俺が最も弱音や恐れなど見せたくない女性だ。
「そう……だな! じゃあ、早速やるぞ!」
鼓動が早鐘を打つ。
しかし俺は冷静を装い、右手を高く掲げる。
ここからが本気の勝負だ。
「**【魔力増強】**!」
まずは己の魔力を極限まで高め――
「**【風纏衣】**!」
「**【石纏衣】**!」
リンへ強化の魔法を唱え、続けて俺自身にも――
「【石纏衣】!」
【ストック】していない第三位階魔法ゆえ発動に三秒を要したが、それも想定内。
まだまだ、【魔力増強】の効果は残っている!
すでにリンは部屋の一角に俺たちに舐めた視線を送っていたオークシャーマンたちの跳ね飛ばしていた。
【魔力増強】によって強化された【風纏衣】を纏うリンは、まさに疾風そのものの速さだった。
あまりの速度に制御を失い、何度も迷宮の壁に激突するが、彼女を守るのは堅牢無比の【石纏衣】。衝撃など一切寄せ付けず、まさに鉄壁の防御を誇る。
俺が己にも【石纏衣】を纏ったのには、理由があった――
それは、この連撃を叩き込むため!
「**【雷撃】**!」
轟音と共に巨雷がオークキングを貫き、闘志と自由を一瞬にして奪い去る。
そして次に穿つはこの魔法――!
「**【火爆】**!」
俺の前に三重魔法陣が轟然と顕現し、灼熱の炎の塊が空気を焼き尽くしながら、まっすぐオークキングへと突き進む。
【雷撃】によって、避ける術を失ったオークキングは恐怖で顔を歪ませることすらできない。ジャイアントハイオークは巨大な身体を縮こませ、必死に耐えるが――
「爆ぜろっ!!!」
極限まで収縮された炎の塊が、眩い閃光とともに弾け飛ぶ。
轟音と爆風がボス部屋を蹂躙し、俺の体も吹き飛ばして壁に叩きつける。
これこそが、【風纏衣】ではなく、【石纏衣】を纏った理由だ。
部屋の奥でオークシャーマンたちと交戦していたリンも、吹き飛ばされながら攻撃の手を緩めない。宙に投げ出されながらも、剣をひらりと操り、オークたちの首を次々と跳ね飛ばしていく。
爆炎の残響が消え去ったとき、そこに残されていたのは静寂と恐怖――オークキングもジャイアントハイオークも、そしてハイオークの姿さえも、跡形もなく消え去っていた。
残るは、リンが襲っていない部屋の左側にいるオークシャーマン、オークメイジのみ。
ただし、奴らも僕風により壁に激しく叩きつけられ、ほぼ戦闘不能。
唯一意識があるオークシャーマンは仮面が割れ、その下の醜い顔を恐怖に歪ませていた。
だからと言って見逃してやるほど甘くはない。
「**【火弾】**!」
炎の塊が弾丸のようにオークシャーマンの顔面を捉えると、首は吹っ飛び、周囲の気絶しているオークメイジに炎が燃え広がる。
気づけは、残りの集団はリンが倒しており、四隅にいたオークシャーマン、オークメイジも全滅。
静寂を破るかのように、重い扉が軋みを上げて開き、その瞬間、奥の壁面に淡い白光がほのかに揺らめき始める。やがて光は輪郭を帯び、ゆっくりとその姿を形成する。
――魔法陣。
緻密な文様が刻まれたその輪郭の中心には、ひときわ眩い輝きを放つ宝石のような石が鎮座している。
――迷宮核。
これを取って、外に出れば、迷宮は崩落を始める。
手を伸ばそうとした時だった。
「レオ、早速だが野営の準備をしてしまおう」
「えっ……野営を……?」
「ん……? レオはその刻まれた魔法を覚えられぬのか?」
いや、たぶん覚えることはできると思うし、まだ習得していない魔法のように思えるが……。
「い、いいのか? 習得には膨大な時間がかかるんだぞ?」
「無論だ。そのつもりで来ている……グレスト男爵も理解を示してくれるに違いない。何しろ脅威そのものは取り除かれたのだから」
「あ、ありがとうございます!」
思わず敬語が出たのはご愛嬌というべきか。
それほどまでに、彼女の言葉はありがたかった。
するとリンが、ふっと微笑んで、俺の肩にポンと手を置く。
「ただ、最低でも一週間に一度、【洗濯】だけは頼む」
どうやら……相当に気に入ったらしい。
俺はテントとリンの荷物を【収納】から取り出して設営を進める。その最中、ふと思い出す。
そういえば、魔石を回収していなかった。
たくさん集めれば、ランクアップにも繋がるし、金銭的にも悪くない。よし、回収しておこう――そう思って視線を下に向けた、そのときだった。
オークキングの魔石のすぐ近くに、一振りの剣が落ちていた。
これは……さっきオークキングが使っていたやつだ。
「リン、さっきオークキングが持っていた剣が落ちているんだけど……」
設営作業の手を止めたリンが、こちらに歩み寄り、俺の手元の剣を見て目を細める。
「ああ、それはドロップアイテムだな。迷宮核の力が具現化した物だろう。なかなかの業物みたいだが……」
そう言って、リンは剣を手に取り、何度か素振りを繰り返す。空を裂くような鋭い音が、静まり返った空間に響いた。
「うむ……重心が少しおかしいな。魔石なども込められていないから売ってしまった方がいいな。それなりの値段はつくだろう」
確か、リンのギフト――【剣姫】は剣の力を引き出すことができると言っていたな。そんな彼女がそう判断するのなら、きっと間違いない。
剣を亜空間に収納し、魔石を拾いに部屋の隅々まで歩く。
すると、その時――
ギィと扉が開く音が響いた。
「お、おい……本当に倒したのか……?」
ひょっこり現れたのはユンだった。
「はい。扉が開いたのが、その証拠かと」
ユンを皮切りに、他の冒険者たちも続々と部屋に入ってくる。
「なぁ……レオはこの魔法を覚えるつもりか?」
「ええ……そうですけど……」
すると、ユンが両手を前に合わせ、言いづらそうに切り出す。
「こんなこと言える立場じゃないというのは分かっているが……俺たちもここの部屋で寝泊まりしてもいいか?」
「え? もちろん構いませんけど……ここって危険じゃないんですか?」
「本当か!? 確かにボス部屋は魔物が強いけど、不意打ちを受ける心配はないんだぜ。安心して休めるってもんだ」
不意打ちを受けない――?
理由を尋ねる前に、ユンが説明してくれた。
「ここはボス部屋。通常、ボスが湧くと魔法陣が消えるんだ。つまり、その変化さえ見逃さなければ、魔物の襲来を未然に防げる。それにボス部屋に湧く奴らは、迷宮ごとにリスポーン周期は異なるが、一定の間隔で現れるからな」
なるほど。
確かに魔法陣の消失は魔物出現の合図になる。
そして、不意打ちを避けられるのは大きな安心材料だ。
怯えながら眠るくらいなら、こちらの方がずっと安全かもしれない。
「分かりました。ただ、僕たちがテントを張っているところは、ボスがいた付近なので、少し離れた方がいいかと思います。できれば、四隅に散らばってくれると嬉しいのですが」
理由は、オークシャーマンやオークメイジが四隅にいたからだ。
出現してすぐに倒すことができれば、脅威は減る。
彼らに説明すると、すぐに了承してくれた。
彼らが散らばる中、俺たちはテントの設営を終え、二人で中に寝袋を敷く。
「そうだ。もう今日以上の戦闘が迷宮内では行われないと思う。【洗濯】やっとくか?」
俺の言葉に、リンは大きな瞳をぱちぱちと瞬かせながら頷く。
「いいのか!? ぜひ頼む!」
リンは剣を持ち、近づく。
俺も同じように自分の剣を持ち、【洗濯】を唱える。
俺とリンを魔方陣が包むと、うっとりとした表所を見せるリン。
「レオの【洗濯】は最高だな。それと、やはり疲労も取れるみたいだ。結構疲れていたのだが、もうピンピンだ」
「そうか、じゃあ、次のボスが湧くまでは警戒を頼むよ。周期が分かれば、対策も立てやすい」
テントの外に出て、壁面に描かれた魔方陣を読み解き始めると、リンは俺の隣に腰を下ろす。
ボスが湧く周期は八時間だった。
魔方陣が突如として消滅すると、迷宮核から放たれた一筋の光が部屋の中心を照らし、ハイオークの巨躯を浮かび上がらせる。両脇には二体のジャイアントオークが蠢く。
部屋の四隅にオークメイジが一体ずつ現れ、ハイオークとジャイアントオーク一体はリンが、四隅のオークメイジは冒険者たちに任せ、残りのジャイアントオークとは俺が戦う。
ハイオークと対峙してみたが、俺にはまだ手も足も出なかった。
体格もリーチも圧倒的に不利で、常に死の香りがつきまとう。
一太刀も浴びせることはできない。
その点、ジャイアントオークに関しては戦えた。
むしろオークよりも戦いやすい。
ちょこまかと動く俺に対して、ジャイアントオークの動きは非常に鈍い。
さすがに倒すのにはかなり時間を要するが、いい気晴らしにはなった。
やはり、魔法陣ばかりを見ているとどこかで発散したくなる。
万一のときは、【ストック】してある【石纏衣】を使えばいいし、リンもいるしね。
ユンたちもオークメイジが壁からぬるりと出てきた瞬間、首を刎ねる。
魔法さえ撃たれなければ、恐れる理由はない。
魔物を倒せば、各々の時間に費やす。
俺は魔法陣を読み解きつつ、剣の素振りに汗を流す。
戦闘で魔力を使う機会がまったくなかったので、【洗濯】はもちろん、【創造水】、【加熱】を使い、ユンたちにもお湯を提供する。
同じ魔法を【ストック】できないかも試してみた。
結果はNG。
できたら、今ではメイン火力となっている【火爆】連射もできたのに……。
まぁできないことを嘆いても仕方ない。
今はほかにもレベルアップできるところはたくさんある。
こうして、八時間の周期が流れていった――




