29、【レド視点】レドとハルート(2)
衝撃。
たまらず膝を突くと、今度は肩だった。
さらには、また頭部。
衝撃は続く。
「防ぐなっ!! 刑場に引き立てるまでも無い。私がここで誅してくれるっ!!」
その叫びには迫真の響きがあった。
止まない暴力の中で、レドは内心で首をかしげることになる。
(まさか本気なのか……?)
本気で怒りを覚えているのだろうか?
自らを被害者だと思っているのだろうか?
目の前で膝を突く男こそ、全ての元凶だと思っているのだろうか?
それが事実ならば、呆れ果てる他になかったが……レドが得た感慨は「まぁいい」といったものだった。
ここまで自らに非の無い態度を取れるのであれば、スザンの人々もハルートを信じるかも知れない。
それならばそれで結構だった。
彼への不信が収まることは、レドの求めるスザンの平穏につながる。
もっとも、真相を知る者にとっては狂気しか覚えるものは無いだろうが……それでも良いと思えた。
理由は、ハルートの発言にある。
最愛の妻にして至上の聖女を失った。
最愛の妻。
彼はそう言ったのだ。
本気でそう思っているのならば、それもまた結構だ。
彼はアザリアの最愛の人なのだ。
ハルートのその思い込みは、彼女の幸せにつながるに違いなかった。
(……うん、そうだな)
胸中で頷く。
これで良かった。
アザリアが幸せになれるのであれば、それ以上に望むものなど無かった。
アザリアはレドにとって憧れだった。
10年前に、レドの父は亡くなった。
引っ込み思案で、何事にも自信の無かった少年の元に、突如としてケルロー公爵の立場が舞い込んできた。
その時に出会ったのだ。
重責に押し潰れそうになっていたレドは、教会においてアザリアに出会った。
大聖女としての責務に果敢に挑まんとする彼女の姿を目の当たりにした。
その姿に、レドは勇気づけられた。
さらには自信も与えられた。
思わず彼女のために行動し、それが成功した。
自分はそれほど捨てたものでは無いと思うことが出来た。
だから良いのだ。
スザンの安泰に、アザリアの幸せに貢献出来る。
それで良かった。
ただ、レドは苦笑をわずかに浮かべることになった。
覚えたのは後悔だ。
最後にアザリアに会わないのか?
そんなメリルの提案を、自らは無駄だからとはねつけたのだが、
(頷いておけば良かったな)
やはり強がりなどろくな結果は生まないが、今さらどうしようもない。
ハルートの暴力は続いている。
意識は遠のき初めている。
レドは苦笑を濃くしながらに目を閉じ……
「……アザリア?」
そんなハルートの唖然の呟きを耳にした。
(──どういうことだ?)
気がつけば暴力の嵐は止んでいた。
代わりに妙なざわめきが周囲にはある。
不思議に思いつつ目を開ける。
頭上には目を見開いているハルートがいる。
彼の視線を追う。
レドもまた目を見開くことになった。
そこにいたのだ。
レドが会いたかった彼女が……アザリアがいた。
離れの屋敷における様子とは違う。
玉座の間の入り口に、自らの足をもってそこに立っていた。
(……お目覚めになられたのか)
そんな現実だった。
彼女はきっと、愛するハルートと再会すべく急いでこの場に駆けつけたのだろう。
思わず笑みが浮かびそうになった。
最後に彼女に会えたことには喜びしかない。
しかし、笑みなど浮かべるわけにはいかなかった。
彼女は明らかな憎悪の表情を浮かべている。
理由など分かりきっていた。
絶対に許さない。殺してやる。
彼女はそう口にしていたのだ。
自分は彼女の敵だった。
死しても一片の同情すら出来ない相手。
最後までそうあるべきであった。
レドは痛みをこらえつつに憎悪の視線を返してみせる。
「……偽物どころでは無く魔女か何かだったのか? 来い! 今後こそ私が貴様を始末してやろう!」
レドは内心で思わず自画自賛だった。
咄嗟にしては出来たセリフではなかっただろうか。
当然、彼女からは相応の言葉が返ってくるだろう。
待ち受ける。
彼女は燃えるような目をして口を開いた。
「……少し待っていて下さい」
その言葉は一体どんな意味なのか?
レドが「は?」と呟く中で、彼女の凄絶な視線はハルートへと向けられた。




