八話 裏ボスになぜか気に入られる
龍はぐぐっと首をもたげ、私をまっすぐ見据える。
【我が試練を受けてみるか、定命の者よ。貴様が勝てば……我が至宝をくれてやろう!】
大きく開いたあぎとから、すさまじい咆哮が迸る。
音というよりも、それは衝撃波に近かった。
ビリビリと空間が鳴動し、あちこちのクリスタルが派手に砕け散る。
覚悟していたものの、その威圧感に私はごくりと喉を鳴らした。
「うう……実際見るとかなりの迫力ね」
この龍のことを、もちろん私は知っていた。
ゲームにおける裏ボス――邪竜ヴァルドーラだ。
かつてこの世界に大いなる災いをもたらし、学園の創立者に封じられたとされている。
ちなみに彼も攻略対象キャラだ。
倒すと特別なアイテムをくれると同時に、人間に化けて仲間になる。
よくある隠しキャラで、人外属性ということもありけっこうな人気があったはず。
だが、私は片手をかざして軽く告げる。
「あのー……盛り上がってるとこ悪いけど、私はそういうのじゃないんで」
【は……?】
邪竜はぴしりと固まった。
私が一切怯えないからか、予想していた反応と違うからか。
理由はなんでもいいだろう。
邪竜が戸惑っている隙に、私はあたりをくまなく探る。
「えーっと、ゲーム通りの配置なら、たしかこっちに……あった!」
屹立した巨大クリスタルの陰。
そこにはひっそりと宝箱が置かれていた。注意して見なければ気付けないだろう。
中に入っていたのは、小さな果物だ。
色も形も、すこし大きめのイチゴに似ている。
「よっし! 奇跡の果実、ゲットよ!」
果実をかかげ、私は高らかに叫ぶ。
授業でアロイス先生が言っていた超絶レアアイテムだ。
「うんうん、やっぱりここにあったわね。どのステータスを伸ばす実だったかは忘れたけど……ま、手に入っただけでもよしとしましょ」
ゲームを何十周もしたおかげで、重要アイテムの位置はだいたい記憶していた。
そのうち、裏技ですぐ取りに行ける奇跡の果実がこの場所だった……というわけだ。
果物をリュックに投げ込んで、私は邪竜に片手を上げる。
「それじゃ、用が済んだから帰るわね」
【は!? 帰る!? 我を倒しにきたのではないのか!?】
「そんなわけないじゃない。私はまだレベル1のヒヨッコなんだから。勝負にもならないわよ」
【レベル1!? それでどうやってここまで来たというのだ! ここはダンジョンの最下層だぞ!?】
「うーん、そこは乙女の秘密ってことで」
正直に言うわけにもいかず、適当にごまかしておいた。
すると邪竜は首をかしげて私をじーっと見つめてくる。
威圧感は消え、かわりに伝わってくるのは好奇心だ。
【むう……たしかに一切の力が感じられんな。何者だ、小娘】
「あいにく、名乗るほどの者じゃないわよ」
【くっくっく……我を前にしてそんな口を利けるとは。ますますもって面白い】
「まあ、ちょっとはあなたのこと知ってるしね」
もちろん彼にも個別エンドがあったし、わりと茶目っ気のあるキャラクターだった。
もちろん見た目は怖いが、中身を知っていればその恐怖も目減りする。
すると邪竜はますます興味を引かれたようで、ずいっと顔を近づけてくる。
生臭い息が顔にかかって眉をひそめてしまうが、彼が気にするそぶりはなかった。
【ほう。世界を喰らいし暗黒龍、ヴァルドーラの名は今も浮世に伝わっているのか。貴様が知る我とはどのような存在だ】
「うーん、意外と人懐っこくて、気に入った相手に四六時中べったりする子犬系キャラよね」
【い、犬!? 我を犬と申すのか貴様は!?】
「あー、あとは……そう!いちごのショートケーキが好きだったわよね」
【いち……なんだそれは】
「え、なにって……あ、そうか。まだ食べてないのか」
彼がいちごのショートケーキを好きになった理由は、主人公リリィの仲間になってすぐ、彼女に食べさせてもらったからだ。
つまり、今から未来の話になる。
邪竜はますますその目を細めてみせた。
【不思議な娘だな……名はなんという】
「ろ、ロザリアだけど」
【ロザリア。良い名だ】
邪竜はくつくつと喉を震わせて笑った。
続きは7/4更新予定です。
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