四十五話 『魔狼と戦え』
次の日のお昼休み。
よく陽のあたる中庭で、私たちはお弁当を広げていた。
今日のメニューも、ヨハネお手製のサンドイッチだ。
芝生は絨毯のようにふかふかで、天気もいいしで絶好のランチタイムだ。
時計回りに私とリリィ、ヨハネが並ぶ。
そして私の右隣には一メートルほどの距離をあけて――。
「えっと、そういうわけで……」
「俺は彼女とダンジョンにもぐることになった」
ぶっきらぼうに言ってのけるのは、もちろんクリスだ。
ローストビーフのたっぷり入ったサンドイッチをぱくつきながら、紅茶のカップを傾ける。文句のつけようもない気品溢れる所作だった。
ちなみに今の彼には、あの可愛い犬耳は生えていない。
女の子に触らなければ、一時間程度で消えてしまうのだ。
「はあ……」
「えーっとぉ……?」
ヨハネとリリィは困ったように顔を見合わせる。
うんうん。わかるわよ、昨日呼び出されてから、なんでそんな展開になったのか疑問よね。
だがリリィは合点がいったとばかりにぽんっと手を叩く。
「やっぱりクリスくんもロザリアさんのファンだったんですね!」
「なるほど、そういうわけでしたか」
「いや、違うんだけど……うーん」
顛末をちゃんと説明するわけにはいかないし。
もう、そういうことにしておこう。うん。
リリィはにこやかにクリスへ右手を差し伸べる。
「ファン同士、よろしくお願いしますね。クリスくん」
「っ……!」
クリスはぴしっと固まってしまう。
その手を取ってしまえば、またあの犬耳が現れる。
だがしかし親愛の握手を無視するなんて、真面目な彼には我慢できないことだろう。
だから私は助け舟を出すのだ。
「ああ、ダメよ。リリィ」
「はい? なにがですか?」
「クリスは女の子を前にすると、すっごく緊張しちゃうみたいなの。手汗がひどくなっちゃうんですって」
「あっ、そうなんですか」
リリィはおとなしく右手を引っ込める。
おかげでクリスは見るもわかりやすく胸を撫で下ろした。
「私は気にしませんけど、クリスくんは気にしますよね。すみません」
「あ、ああ、いや……大丈夫だ」
クリスは鷹揚にうなずいて、私をちらりと見やる。
目線に込められている意図は、『すまない』といったところだろうか。
だから私は『気にしないでちょうだい』と肩をすくめておいた。
クリスはごほんと咳払いをして、私をあごで示す。
「そういうわけだ。今日の放課後、彼女を借りたい」
「ダンジョンに行って、レベル上げがしたいんですって」
クリスは現在レベル3。
レベルだけなら私と同じで、新入生の中では上位に入る成績だ。
だが、彼はそれでは満足できないらしい。
昨日、彼と交わした会話を思い起こす。
『俺の家系には代々、獣と化してしまう者が出る。俺はまだマシだが……中には完全な狼となった例があるんだ』
それが彼の曽祖父だ。
若かりし頃、その曽祖父もこの学園の生徒だった。
そして驚くべきことに彼は『狼化の呪い』を克服した……らしい。
『それ以降、曽祖父は狼化を自分の意思で制御できるようになった。だが、家族の誰にもその理由を話さなかったんだ』
幼いころのクリスは、幾度となく曽祖父にその方法を尋ねた。
曽祖父は決して口を割らなかったが……今際の際に、言葉を残した。
フェンリルと戦え。
『だから俺は、曽祖父と同じように……このダンジョンにもぐり、フェンリルを倒さなきゃいけないんだ』
そう語るクリスの目は、野生の獣のようにギラついていた。
続きは夜更新します。
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