四十二話 クリスの秘密
「おや、エドワーズ氏ですか。またロザリア様のことを見ておりますね」
ヨハネも気付いたのか、目を丸くする。
事実、彼はこのところずっと私のことを見つめていた。
契機となったのは、先日ぶつかりかけたあの日だろう。
それ以来、熱い視線を感じると必ず彼がそこにいた。
しかし、話しかけてきたことは一度もない。
ただじっと、私のことを見ているのだ。
リリィがぽんっと手を叩く。
「ひょっとして、あの方もロザリアさんの隠れファンなのでは?」
「ですが、彼は女性嫌いで有名ですよ?」
ヨハネが小首を傾げてみせる。
「授業中はおろか、そのほかの時間でも女性に一切近付きませんからね。会話を交わすことすら稀です」
「それは私も存じていますよ。《氷の貴公子》ですよね」
ふたりの言う通り。
クリスは女嫌いで有名だ。
女子からは常に一定の距離を取り、馴れ合うことが一切ない。
無愛想というより、嫌悪すら感じられるほどの徹底ぶりだ。
とはいえ顔立ちは王子様然としたものなので、『むしろそれがイイ!』と一部の女子からは遠巻きに慕われている。
個性的なキャラクターであるため、この学年では有名人だ。
「ですが、ロザリアさんの魅力の前には、性別なんて関係ないと思うんです!」
「なるほど。一理ありますね」
「あるのかしら……」
私は半笑いでぼやくしかない。
彼の視線は、敬意というより警戒そのもの。
まるで手負いの獣がじっと物陰で息を潜めているような、そんな緊迫感がひしひしと伝わってくる。
(ぜ、絶対、怪しまれてる……)
クリス・エドワーズ――ゲームでの攻略対象キャラクターである彼のことなら、私は何でも知っている。
好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味に家族構成。
そして……女性を避ける本当の理由も。
(私にそれがバレたんじゃないかって、心配なのかも……これ以上は迂闊なことはできないわね)
うん、心してかかろう。
彼から視線を外し、私はわざとらしいくらいの笑顔を作る。
「まあ彼のことは置いといて。早く遊びに行きましょ」
「はい! 砂浜での追いかけっこですね!」
「みんなで準備体操をしないといけませんね」
話題も変わり、私たちはふたたび片付けにとりかかる。
そうするうちに、彼の視線も気にならなくなって――。
「あの……クリスくん」
そこで、そんな女子の声が聞こえてきた。
私はハッと顔を上げる。
見れば女子の三人組が、クリスから三メートルほどの距離をとって話しかけていた。
ええ……まずくない?
おもわず私は片付けの手を止めて、事態を見守ってしまう。
クリスは片眉を上げ、女子たちをにらむ。
まさに氷と呼ぶにふさわしい絶対零度の眼差しだ。
「……何の用だ?」
「え、えっとあの、クリスくんはもうダンジョン探索のパーティは決まったの?」
最近では、新入生もダンジョンに向かいはじめていた。
しかし、今はまだ誰と組むかを考えている者がほとんどだ。
気の合う仲間で組むか、得意な分野がバラバラな者同士で組むか……選択肢は色々だ。
ちなみに学園からの推奨パーティ人数は四人。
これより少ないとひとりひとりの負担が重くなり、これより多いと連携が取りにくくなってしまう。
彼女らは三人。残るひとりにエドワーズを誘いたい……そういうわけだろう。
「よかったら私たちと組まない? ほら、クリスくんって授業の成績もいいし、剣だって得意でしょ。だから――」
「……悪いが、俺は女性と組む気はない」
クリスはにべもなくそう告げて、彼女らに背を向け歩き出す。
まあ、それも当然よね……。私はホッと胸を撫で下ろすのだが――。
「待って! クリスく、っ……!?」
ひとりの女の子が、彼を追いすがろうとする。
そこで足がもつれた。彼女はクリスの背中に倒れ込み――。
(ま、まずいっっっっ!)
気付いたときには体が動いた。
次の瞬間、私はクリスと女子の間に滑り込み、倒れ込んだ彼女を受け止めてお姫様抱っこしていた。
この間わずか一秒たらず。バグで会得した瞬間移動を使ったのだ。
突然現れた私に、女の子は目を丸くしてみせる。
「ろ、ロザリアさん……!?」
「大丈夫? 足元には気を付けなさいね」
そう笑いかけ、私は女の子を下ろす。
あとのふたりが慌てて彼女に駆け寄ってきて。
「ちょっ、ロザリアさんにお姫様抱っこされるなんて……なんてラッキーなのよ!」
「エドワーズくんに話しかけられるより貴重な経験じゃない!」
「わ、私、今日はお風呂に入らないわ……!」
きゃっきゃと騒ぐ女子三人だった。
えっ、なにその反応。
(いやでも、セーフだわ! GJよ、私!)
クリスに彼女がぶつかることは回避できた。
これで一安心。なんて思っていると。
「おい」
背中にかかる、氷よりも冷たい声。
おそるおそる振り返れば……そこには、険しい形相をうかべたクリスが立っていた。
「話がある。ついて来てくれないか」
続きは7/25に更新します。
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