四十一話 クリス・エドワーズ
ある日の放課後。
魔法薬の授業が終わり、生徒たちが片付けをはじめる。
広い理科室のような特別教室だ。
たくさんの班ごとに卓を囲み、調合の実験をしていたのだ。机の上にはビーカーやフラスコが積み上げられている。
その卓に、私はぐったりと倒れ臥す。
「や、やっと終わった……」
文字通り、疲労困憊だった。
ただ授業を受けただけではこうも疲れない。私は今日、またも死亡フラグと戦ったからだ。
「大丈夫ですか、ロザリアさん」
同じ班だったリリィが、気遣わしげに私の顔を覗き込んでくる。
ヨハネもため息をこぼしつつ、私の背中をさすってくれる。
「ロザリア様は本日の授業に、特別に気合いを入れて挑まれましたから」
「そうですね、勉強会もずいぶん開きましたし」
本日は初めての、魔法薬実験授業だった。
薬草と薬品を混ぜ合わせ、簡単なポーションを作る。
手順を間違えなければ、確実に成功する初歩的な実験だ。
この授業のため、私は猛勉強を続けた。
もちろん、ヨハネとリリィも巻き込んだ。おかげで私たちは新入生年度の魔法薬課程については、もうほとんど完璧だ。
「おかげで私も今日の授業はバッチリでした。ありがとうございます、ロザリアさん」
「ふ、ふふふ……いいってことよ」
屈託なく笑うリリィに、私は親指をぐっと立ててみせる。
本日回避した死亡フラグはふざけたものだ。
『リリィが魔法薬実験でデタラメに混ぜ合わせた結果、大爆発が起きてひとクラス丸々全滅する』という……。
よくある、『ゲーム中のおふざけ死亡エンド』のひとつだ。
ふざけた行動を選択することで、とんでもない結果を招く。
前世で見たときは笑い転げたエンドのひとつだが、当事者になってみるとこれっぽっちも笑えない。むしろ真顔になって血の気が引く。
そんなバカげた死亡フラグを回避するため、私は自分とリリィの魔法薬知識をバカみたいに底上げする作戦に出たのである。
もちろん授業中も彼女の一挙手一投足を監視して、すこしでも危ない気配を感じたらすぐに助け船を出した。
おかげで最後の一瞬まで気を抜けなかったが、こうして何事もなく授業は終了した。
(うう……ステータス999999でも、他人が関わる死亡フラグを避けるのは骨が折れるわね……)
私はどうまかり間違っても死ぬ気がしない。
だが、だからと言って今回のような死亡フラグを軽んじれば、私以外の人が死ぬかもしれない。
それはヨハネだったり、リリィだったり、名も知らぬ誰かだったり。
(そういうのはやっぱり……嫌だもんね)
この学校はダンジョン攻略を教育に取り入れているだけあって、ごくまれに犠牲者が出る。
安全対策がとことん図られているものの、完璧とまではいかない。
だが、生徒たちはそれを承知でこの名門校にやってくるのだ。
誰も死ぬつもりはない。より良い未来を築く力を得るため、ここで学んでいる。
だったらそれを守りたいって思うのが、人の性ってもんでしょうよ。
(ふう。でも、これでしばらくは安心できるかな……)
当分は物理でなんとかなりそうな死亡フラグしか待ち構えていない。
机からのっそりと起き上がり、大きく伸びをする。そうしてぱちんと自分の頬を叩いた。
「よし、気分転換しましょ。なにかやりたいこととかある?」
「それじゃ、最近暖かくなってきましたし、海辺
をお散歩するのはどうですか?」
「いいわね! 採用! 貝殻なんか探しましょ!」
「では、ヴァルどのもお誘いしますか?」
そんなこんなで予定は決まった。私たちは手早く後片付けを進めていく。
「ロザリアさん! 海辺をお散歩するなら、私あれをやってみたいです」
「あれって?」
「ほら、波打ち際で追いかけっこするっていう、女の子の憧れ! ロザリアさん、私のことを追いかけてくれませんか?」
「ええ……別にいいけど」
そういうのは男女でやるものでは。私なんかでいいの?
そう告げると、リリィは真面目な顔で。
「男の子なんかより、私はロザリアさんとやりたいんです!」
「そ、そう? それなら追いかけてあげちゃうわ!」
「やった! 約束ですよ!」
リリィは私にぎゅーっと抱きついて喜びを表す始末。
うん。かわいいけど。最近この子、ますます私にべったりになってきたわね……。
「ロザリア様……恐縮なのですが、できましたら僕のことも……」
「ああ、うん。追いかけようか?」
「っ……! ありがとうございます! このヨハネ、身に余る光栄です!」
ヨハネはヨハネでなんか変だし。
(まあでも、やっぱり平和が一番……っ!?)
そこで、首筋に突き刺さる視線を感じた。
そーっと振り返ってみると。
「……」
実験教室の隅の方。
そこで同級生のひとり――クリス・エドワーズが、私のことをじーーーっと見つめていた。
新章突入なので、一週間ほど一日二回更新予定です。続きは夜更新します。
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