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「お前は口減らしだ」と婚約破棄された私が、前世の知識で領地を最適化したら、なぜか全員に溺愛されています  作者: 秦江湖


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第93話 網の目のように

執務室の壁に掲げられた大きな北部沿岸地域の地図には、朱色の線がいくつも交差するように描き足されていた。


「東部開拓村からは耐寒大麦と根菜、ハルシュタット領からは精製金属と鉄鉱石、そしてカルナ村からは上質な石炭と木材……」


ルークが細い指先で地図の拠点を順に辿っていく。朱色のラインはすべて中央に位置する北領の城下町へと集中し、そこから再び放射状に各地域へと伸びていた。


「これまでは各地域が孤立し、不作や災害が起きればそのまま飢餓や崩壊に直結していました。ですが今や、どこか一箇所で不足が生じても、他の拠点の余剰物資が即座に補填される循環構造が機能し始めています」


ルークが提出してきた帳面には、この一ヶ月間の物資移動量と流通コストの試算が幾重にも並んでいた。


カルナ村の高火力な石炭が届いたことで、ハルシュタットでの精製金属の生産効率は三割向上。そこで作られた農具や補修用資材が東部開拓村へ送られ、開拓村で増産された食料が再びカルナ村やハルシュタットの労働者たちの胃袋を支えている。


「ただの施しでも、北領による強権的な支配でもない……」


私は地図に描かれた網の目を見つめ、静かに息を吐いた。


「それぞれの地が己の強みを出し合い、対当な取引によって互いの弱みを補う。まさに『広域相互扶助ネットワーク』ね」


「ええ。しかもこの経済網の最大の強みは、すべて『民間商人による自由貿易』という体裁を取っている点にあります」


ルークが眼鏡の端を押し上げ、不敵な笑みをわずかに口元に浮かべた。


「領主同士の公的な同盟であれば、王都から『勝手な私的同盟の結成』として介入の口実を与えてしまいます。ですが、これはあくまでマルク商会をはじめとする民間業者が、各地の自治組織や領主と正当に結んだ個別の商取引に過ぎません。王都法規の枠内でありながら、実質的な結束力はどんな政治同盟よりも強固です」


「法と仕組みで編み上げた、誰も破れない網というわけね」


ノックの音とともに応接間から戻ってきたアルフレッドさんが、温かい茶を差し出しながら満足げに目を細めた。


「お嬢様、城下町の商人たちからも喜びの声が上がっておりますよ。『冬場だというのに物流が途絶えず、むしろ品揃えが豊富になっている』と。北領の市場全体が、これまでにない活気に満ちております」


「ありがとう、アルフレッドさん。みんなが自分の仕事に誇りを持って動いてくれた結果だわ」


私は温かな湯気が立つカップを手に取り、窓の外へと視線を向けた。


遠くに見える街道には、物資を満載した荷車が途切れなく行き交っている。

最初はほんの小さな芽に過ぎなかった「北領モデル」の移植。それが現場の人々の意志と結びつき、いまや北部全体を覆う頑丈な経済圏――「北部経済圏」として結実したのだ。


だが、この完璧な巡りと活気が大きくなればなるほど、面白白く思わない者たちが必ず現れる。


「……これだけの規模の物流と資本が動けば、もう王都の税務方や伯爵家も無視は決め込めないでしょうね」


ルークの問いかけに、私は静かに頷いた。


「ええ。自分たちの吸い上げていた利権が、手の届かないところで完璧なシステムとして組み替えられたのだもの。焦り出した彼らが、次にどんな手を打ってくるか……」


網の目が広がり、強固になればなるほど、旧態依然とした権力との対峙は避けられない。

私たちは手に入れた確固たる基盤を背に、迫り来る政治の嵐への警戒を深めていた。

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