第60話 エレナの誇り
「北領産」の刻印が入った木箱が、いまや周辺領地や王都の富裕層の間で、一種のステータスブランドとして扱われ始めていた。
洗練されたパッケージに包まれた大麦の焼き菓子や香ばしいハーブティー、そして丁寧になめされた革製品。
単なる「地方の産物」ではなく、品質の高さと「北領の再生」という物語を纏った商品は、市場に出すそばから飛ぶように売れていく。
そんな折、王都で大きな影響力を持つ大手商会の使者が、北領の独占販売権を買い叩こうと領主館へやってきた。
「北領のような辺境の品を、我々王都の大手商会が扱ってやるのだ。独占権と引き換えに、仕入れ値を半額に引き下げるのが当然の条件だろう」
横柄な態度で交渉テーブルにつく使者に対し、対応に立ったのはエレナだった。
華やかで上品なドレスを身に纏い、優雅にお茶を口に含んだエレナは、使者に向けて可憐で、しかし氷のように澄んだ微笑みを向けた。
「お言葉ですが、使者様。北領の商品の価値は、すでに市場の需要と供給が証明しておりますわ。王都の富裕層の方々が我が北領の品質を求めていらっしゃるのであって、私どもが売り込みを乞うているわけではございません」
「な、なんだと……! たかが没落貴族の娘が、私に口を挟む気か!」
使者が苛立ちを露わにして身を乗り出すが、エレナは眉ひとつ動かさなかった。
美しい背筋をピンと伸ばし、かつて王都の社交界で叩き込まれた洗練された立ち振る舞いで、完璧に場を支配する。
「私どもが提示するのは、公正で対等な取引のみです。北領のブランド価値を損なうような条件に応じる気は一ミリもございませんの。不服とおっしゃるなら、どうぞそのまま王都へお帰りくださいませ。代わりの商隊なら、門の外にいくらでも列をなしておりますので」
隙のない正論と凛とした威圧感。
使者は顔を真っ赤にして口ぐもり、提示された正規の価格と条件で契約書に署名せざるを得なくなった。
使者が逃げるように去った応接室で、私は思わずパチパチと拍手を送った。
「お見事だったわ、エレナ。交渉の主導権を一度も渡さなかったわね」
「リーゼちゃん!」
先ほどまでの凛とした表情から一転、エレナは愛らしい笑顔を咲かせて私に抱きついた。
「私、できましたわ! かつて王都で捨てられ、誰の役にも立てないと泣いていた私が……自分の知識と誇りで、北領の大切な商品価値を守ることができましたの!」
「ええ。あなたの見事なブランディングと誇りがあったからこそよ。最高のエグゼクティブ・プロデューサーね」
「リーゼちゃん……!」
エレナの目から、ぽろりと一筋の綺麗な涙がこぼれ落ちた。
けれどそれは悔し涙ではなく、自分の足で立ち、居場所と誇りを取り戻した喜ぶ涙だった。
側に立つルークとアルフレッドさんも、満足そうに目を細めて拍手を贈っている。
誰かに依存し、流されるだけの守られる存在ではない。
自分たちの手で価値を生み出し、誇りを持ってその居場所を守り抜く。
頼もしく輝くエレナの横顔を見つめながら、私は自分の事のように嬉しかった。




