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「お前は口減らしだ」と婚約破棄された私が、前世の知識で領地を最適化したら、なぜか全員に溺愛されています  作者: 秦江湖


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第107話 赤き眼の女将軍

使者が発ってから二日後の午後、重く地響きのような蹄の音が城下町の北門へと近づいていた。


「……来たぞ。北西の異邦軍だ」


城壁の上で手綱を握るレオンハルトが、低い声で警戒を促す。

王都の駐屯兵たちが固唾をのんで見守る中、街道の先から現れたのは、整然と隊列を組んだ数百の騎兵集団だった。


先頭を行く戦士たちは、山岳特有の黒革と鋼を組み合わせた堅牢な甲冑を纏い、背には大型の曲刀と弓を背負っている。過酷な風雪を生き抜いてきた者たちだけが纏う生々しい気迫に、王都の兵の何人かが思わず息を呑んだ。


だが、彼らは街へ踏み込んで暴れるような真似は一切しなかった。城館の前の開けた広場で整然と馬を止めると、ぴたりと静寂が落ちる。


その中央から、一匹の大型の黒馬がゆっくりと前に出た。


跨っているのは、一際存在感を放つ背の高い女性戦士だった。使い込まれた深い赤の外套を羽織り、束ねた漆黒の髪の間から覗くのは、燃えるような「赤き眼」。


彼女こそが、北西の異邦の民を束ねる総司令官、ヴァレリアだった。


「主なる者はどこだ」


鍛え上げられた喉から発せられた声は、低く、広場全体に低音で響き渡った。


「私が、北領主代理のリーゼロッテ・フォン・アルトハイムです」


周囲の制止を静かに手で制し、私は館の正面階段を降りて彼女の前へと歩み出た。すぐ後ろにはレオンハルトが、万一の事態に備えて無言で控えている。


ヴァレリアの赤き眼が、ゆっくりと私を捉えた。


その視線には、並の人間なら射すくめられて動けなくなるほどの凄まじい眼光が込められていた。王都の貴族たちが怯え、「魔王軍の怪物」と呼んで逃げ出した理由が、その一瞥だけで理解できる。


「……貴様が、この地を治める者か?」


ヴァレリアは鞍の上から見下ろすように私を凝視した。


「ずいぶんと細い小娘だな。王都の使者どもと同じく、我が軍の影を見ただけで泡を食って逃げ出す『飾り物』かと思ったが」


挑発的な言葉。だが、その瞳の奥には、こちらの胆力を冷徹に推し量る鋭い知性が宿っていた。


私は踏み止まり、背筋をまっすぐに伸ばして彼女の目を見返した。


「飾り物かどうかは、お話し合いののちにご判断くださいませ、ヴァレリア将軍。……寒風の吹き抜ける広場で立ち話をするには、遠路お越しいただいた貴方がたに非礼というものです」


怯むことも、過度に怒ることもなく、当然のように対等の礼をもって微笑む私に対し、ヴァレリアの眉がわずかに跳ねた。


「……ほう。我が威圧を正面から受けて、まばたき一つせんとはな」


「当領には、ハルシュタットから届いた温かな茶と、旅の疲れを癒やす部屋がございます。ご護衛の皆様の分も、広場に天幕と温かな食事を用意させておりますわ」


私が手を差し示すと、広場の片隅ではすでにテオや職員たちが、使者の時と同じように大きな鍋から湯気を立ち上らせて、異邦の兵たちへ温かいスープを配り始めていた。


殺気立っていた異邦の騎兵たちが、その匂いと温かな出迎えに毒気を抜かれていく。


ヴァレリアは広場の様子を一瞥すると、やがて不敵な笑みをその唇に浮かべた。


「……良い目だ。権力に笠を着る豚どもとは違う。己の足でこの地を動かしている者の目だ」


彼女はしなやかな動作で馬から飛び降りると、赤き眼を私に向け直した。


「いいだろう、リーゼロッテ。その茶とやらをいただこうじゃないか」


過酷な地を生き抜いてきた女将軍と、この北領を背負う私。二人の視線が静かに交差した。

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