帰りたかった場所
帰りの新幹線。
窓の外を流れる景色を、彼はほとんど見ていない。
母の言葉。
父の言葉。
二つが胸の中で並んでいる。
“あなたは間違える”
“お前は考えている”
どちらを信じるか。
もう分かっている。
でもーー
染み付いた声は簡単には消えない。
新幹線を降りて、改札へ向かう。
彼女が待っていてくれた。
改札の向こう。
いつもの静かな佇まい。
手を振らない。
大袈裟に笑わない。
ただ、そこにいる。
それだけで、
彼の肩の力が抜ける。
「おかえり。」
柔らかい声。
彼は頷く。
「ただいま。」
少しだけ間が空く。
そして、
「……会いたかった。」
小さく付け足す。
彼女の目が、ほんの少しだけ丸くなる。
目が合う。
彼女は一瞬で気づく。
少しだけ、影があること。
でも聞かない。
すぐには。
並んで歩く。
沈黙は重くない。
でも今日は、少しだけ静かすぎる。
彼女が先に口を開く。
「疲れた?」
優しい問い。
責めない。
探らない。
ただ、差し出す。
彼は迷う。
全部言うか。
飲み込むか。
結局、選んだのは――
少しだけ。
「母さんと、ちょっと。」
それだけ。
彼女は頷く。
「うん。」
続きを促さない。
ここが彼女の強さ。
「俺が変わったって言われた。」
苦笑する。
「冷たくなったって。」
彼女の表情は動かない。
でも瞳が柔らかくなる。
「あなたは冷たくないよ。」
即答ではない。
ゆっくり、確信を込めて。
彼は視線を逸らす。
「彼女のせいだって。」
さらりと続ける。
母の言葉の一部だけ。
全部は言わない。
“騙されてる”も、
“良くない女”も。
そこは守る。
彼女は少しだけ息を吸う。
でも怒らない。
否定しない。
代わりに、こう言う。
「そう思われるくらい、あなたが今までとは違う自分を選んでるってことじゃない?」
彼は止まる。
その発想はなかった。
“責められている”ではなく、
“選んでいる”。
言葉が静かに落ちる。
彼女は続けない。
慰めもしない。
ただ隣を歩く。
手が少し触れる。
彼が、そっと握る。
今日は自分から。
彼女は握り返す。
強くない。
でも離れない。
彼は思う。
全部はまだ言えない。
でも、言えなくてもいい。
この人は、察している。
そして待てる。
「……ありがとう。」
小さく言う。
彼女は微笑む。
「何が?」
意地悪ではない。
本当に分からない顔。
彼は少し考える。
「ちゃんと、いてくれて。」
それだけ。
彼女は答えない。
ただ、指先を少しだけ絡める。
それで十分。




