本音が縮める距離
翌日。
カフェ。
向かい合って座る。
穏やかな昼下がり。
昨日のざらつきは、少し薄くなっている。
でも、完全には消えていない。
彼はいつも通り穏やかだ。
それが少しだけ悔しい。
彼女はカップを持ちながら、何気ない顔で言う。
「その人って。」
彼の指が止まる。
一瞬。
「どんな人だったんですか?」
声は柔らかい。
責める調子ではない。
でも――逃げ道もない。
彼は彼女を見る。
ああ、と思う。
来た。
避けていたわけではない。
でも、触れないで済むなら
触れたくなかった場所。
彼女の目は静かだ。
でもその奥に、ほんの少しだけ棘がある。
それに気づく。
彼は視線を落とす。
逃げない。
「優しかったですよ。」
正直に言う。
「自分の気持ち、ちゃんと言える人でした。」
そこで一度止まる。
比較しないように、慎重に。
「でも。」
彼女が待つ。
「俺が怖くなった。」
彼は続ける。
「ちゃんと向き合おうとしたら、終わった。」
彼女の胸が少しざわつく。
「終わった、って?」
少しだけ踏み込む。
自分でも驚くほど。
我慢が、ほどけ始めている。
彼は彼女を見る。
その踏み込みが嬉しい。
彼女は無関心ではない。
揺れている。
それを感じる。
「向こうが、離れました。」
静かに言う。
「俺が重かったのかもしれない。」
「……今でも分かりません。」
彼女はじっと彼を見る。
「じゃあ。」
一呼吸。
ほんの少しだけ意地悪。
「私が重くなったら、怖くなります?」
空気が変わる。
静かに。
でも、はっきりと。
彼は固まる。
逃げ道はない。
試しているわけじゃない。
本音だ。
彼女は笑っていない。
冗談にもしていない。
彼はゆっくり息を吐く。
「怖くは、なると思います。」
正直だ。
彼女の目が揺れる。
でも彼は続ける。
「でも、逃げるかどうかは別です。」
一拍。
「今は、怖くても残るほうを選びたい。」
その言葉は作っていない。
背伸びもしていない。
選択として言っている。
彼女の棘が、ゆっくり溶ける。
完全ではない。
でも。
彼は自分の弱さを隠さなかった。
強がらなかった。
それが何より誠実。
彼は今度は彼女に問う。
「昨日、少しだけ嫌でしたか?」
逃げない視線。
彼は気づいている。
彼女のざらつきに。
彼女は少し驚く。
「少しだけ。」
正直に言う。
我慢しない。
でも責めない。
その瞬間。
二人の間にあった“遠慮”が
一枚、剥がれる。
大人の恋は、
ぶつからないことじゃない。
小さくぶつかって、
離れないこと。
彼は彼女の手に触れる。
強く握らない。
確認するように。
「教えてくれてよかった。」
本音。
彼女は思う。
私はもう、
“理解するだけの人”じゃない。
揺れてもいい。
聞いてもいい。
少しだけ意地悪でもいい。
この人は、受け取れる。




