第34話 空元気
金曜日…すなわち祭り当日の朝、俺はいつもの通り高木と奨吾と共に会話をしていた。
「昨日言っていた通りやっぱり記憶喪失だったよ」
「そう…か、やっぱりなのか」
「あぁ、残念だけど俺たちのことは何も覚えていない」
記憶喪失…アニメやドラマの中だけの話だと思っていたことが今現実に起きている。
最初は信じたくなかった。
そうでないと言って欲しかった。
「でもさ、結姫にとってはこれが悪いこととは言い切れないだろ?それどころかあのことを忘れられて良かったかも知れないじゃないか」
「あぁ、そうだな」
奨吾がゆっくりと頷く。
「でもあのことは思い出したくなくても乃亜達との思い出は夢咲さんも忘れたくないんじゃないか?」
確かにそれも一理ある。
でも、それ以上にあれは悲惨な事件だった。
何にせよそのことを知った中野の警察官の親が法的範囲内で縁を切ったって話も聞いているくらいだ。
それほどにあの事件は結姫にとってもやった奴らにとっても大きなものだったということだ。
だから俺は決して思い出すべきではないと思う。
それがたとえ俺のことを一生忘れたままになってしまったとしても。
「でも俺はもう結姫に二度と傷ついてほしくない、結姫が傷ついて苦しんでいる姿を見たくない……」
これはある一種の自己防衛なのかもしれない、自己中心的なわがままなのかもしれない。
でも、それでもそう思わざるを得なかった。
それほどに、あの時の結姫は痛々しくて、見ているだけで苦しかった。
「まあそうだろうな」
高木も奨吾も納得したように俯いた。
「まぁそう暗くなるなって!この前も言ったけどまた一から関係性を築いていけば良いだけの話だしさ」
「あぁ、そうだったな」
「なんかごめんな」
「なんで奨吾が謝るんだよ、謝ることないって」
「いや、でも…」
「良いから黙って奨吾は自分のこと考えてなさい!大会も近いんでしょ?」
「そうだけどさ…」
「甲子園まで行ったら応援しに行ってあげるからさ」
「いや甲子園まで行かなくても応援来てよ!?」
「あっはは、当たり前だろ?冗談冗談」
やっぱりこうして高木と奨吾とは馬鹿話してる方が楽しい。
楽しい……な。
「あ、そういえば今日の夏祭り結姫と一緒に行くことになったから」
「へ?」
「昨日帰る時話しかけられてさ、話の流れでそうなった感じかな」
「すごいな、だって今の夢咲さんとは初対面ってことだろ?」
「そうだけど」
「やっぱ相性いいんだな」
「そうかな?」
「そうだよ」
高木の言う通りもし本当に相性が良いなら嬉しいな。
「あ、だから俺今日は早く帰るから」
「おー、わかったぞ」
「今日って金曜だから6時間授業だよね?」
「そうだよ」
「なら間に合うな」
「何時に約束したの?」
「5時半」
「はやくね?花火7時からでしょ?」
「多分結姫が色々屋台とか見たいかなーって思って」
「そうなのか、やっぱ乃亜はイケメンだな」
「なんでそうなる!?高木が誉めるなんて怖いよ!!」
「それちょっと酷い」
たしかに。
「ごめんごめん」
やっぱりこうして笑ってると嫌なことも忘れられて楽しい。
楽しい…よね?
「はぁーい、ホームルーム始めるわよー」
そうこうしてるうちに時間になっていたらしく担任の白崎先生が入ってきた。
よし、今日も1日頑張るかっ!
♢♢♢
「本人には言わなかったけどさ、乃亜今日空元気だったな…」
帰りのホームルームが終わり担任が教室から去ってから俺と奨吾で少し話をしていた。
「あぁ、そうだな」
「やっぱ奨吾も気づいてたか」
「当たり前だろ、いつもと雰囲気全然違うんだから」
「やっぱそうだよなぁ…」
「ああやって気丈に振る舞っててもやっぱり乃亜も思うところはあるんだろうな」
「だろうな、でも周りから見たら親しい人間以外ではよっぽど観察眼の鋭い人とか何か人の感情をキャッチする能力に長けている人じゃないとわからないだろうな」
たしかに周りから見たらいつも通りに見えなくもないと思う。
でも仲良くしている人から見たらそれはただの空元気にしか見えなかった。
と言うことはやはり乃亜も少なからず…いや、大きなダメージを心に受けていると言うことだ。
それは乃亜に言えば「結姫はもっと辛い思いをしてるんだから」と言われてあしらわれてしまうだろう。
「俺らに何か乃亜を元気付けられることができれば良いんだけどな…」
「乃亜に元気になってもらう……、どうすれば良いんだろうな」
「わからんなぁ……」
♢♢♢
「えーと、私からの連絡は以上です」
担任の白崎先生が帰りのホームルームを締める言葉を言うと教室内は会話が重なってすぐに騒々しくなった。
「じゃあみなさん気をつけて帰ってくださいねー!」
白崎先生の言葉を口火に続々と教室から人がいなくなっていった。
俺はと言うとこの後に控えている祭りのために早々と廊下に出た。
急いで家に帰って着替えないとな。
「ねぇ双葉さん」
すると後ろからふと声をかけられた。
振り返るとそこにいたのは思いがけない人物だった。
「白崎先生…、どうしたんですか?」
「あのね、ここ最近ずっと気になっていたことがあってね」
「…?」
「ずっと双葉さん元気がなかったから気になって……」
「え?元気が無い……?そんなわけ無いですよー、昨日なんて7時間半も寝たんですから」
「そういうことじゃ……いや、ごめんね。なんでもないわ」
ん?どう言うことだろう、何か伝えたいことがあったんじゃ…?
「でもね、これだけは言わせて」
「なんですか?」
「とある政治家の人の言葉でこう言うものがあるの」
そこで一息置いてから白崎先生は続けた。
「『未来のことはわからない。しかし、われわれに過去が希望を与えてくれるはずである。』という言葉。辛くなって先が見えなくなったら過去のことを想起するのも悪く無いはずよ」
過去……。
「まぁこれは私の座右の銘みたいなものよ、心のどこかにでも留めておいてくれたら嬉しいわ」
「そうですか、ありがとうございます」
「ええ、じゃあ気をつけて帰りなさいよ」
「分かりました。さようなら、先生」
「さようなら」
先生と離れ玄関で靴を履きながら独り言つ。
「過去、ね………」




