第14話 風の訓練
朝の港は静かで、遠くのブイが小さく上下していた。昇降口のガラスは指先の温度をそのまま返し、黒板の右下には九つの点が並んだまま、線になる手前で止まっている。輪郭を薄くした名前は変わらずそこにあり、半分の名前は机の手前で静かに光った。先生は通路の椅子に座り、目だけで「いつもどおり」と合図してきた。
十秒は吹奏楽部の彼女。立たずに背中を伸ばし、吸って、吐いて、止める。止めた先に何も置かないで終える。僕は呼ばない。呼ばない日のほうが、教室の端まで空気が均等に回っていく感じがした。窓の外で小さく旗が揺れ、誰かの笑いが廊下を通り過ぎる。笑いの影が机の角に引っかかり、すぐほどけた。
一限の途中で放送が鳴った。昼前に避難訓練を行う。消防署の人が来る。校庭に集合。先生は「はい」とだけ返事して、問題集の続きを板書した。黒板の右下の点をちらっと見る癖は、先生も僕らもついている。点を見るだけで、体が少し落ち着く。
昼前。廊下の扉が開き、ヘルメットの人たちが並んで立っていた。僕らは指示どおりに二列で出て、静かに階段を降りる。いつもの避難訓練と同じなのに、今日は少し違う。右手のポケットの中で、透明の台座に触れた指の記憶が勝手にうずいた。十七番の席の丸い背もたれが、ない場所でも背中を支えてくれるみたいに思えた。
校庭に並ぶと、風が強くなった。砂が少しだけ舞い、女子の髪が耳にかかって、指で押さえる仕草が一斉に増える。号令がかかり、整列。消防署の人の説明は短く、よく通る声だった。「静かに」「速く」「勝手に戻らない」。当たり前の言葉が、風に乗って遠くへ行く。
そのとき、体育館脇の脚立がきしんで、上に置いてあった布看板が半分ほど降りかけた。係の先輩が押さえようとして背を伸ばし、バランスを崩しかける。近くにいた生活指導の先生が走るより少し早く、樫井先生が飛び出した。先生は先輩の肩を抱き、もう片方の手で脚立を押さえ、布看板をするりと落とした。地面に大きな音はしなかった。風が吸ってくれたからだ。先輩は何度も頭を下げ、先生は何でもない顔で列へ戻った。戻る途中で、僕の方に視線だけ投げた。目の奥にうっすら汗が光っていた。
訓練は無事に終わり、解散の前に校長が短く話した。注意の言葉のあと、「静かな動きが一番強い」と付け加えた。僕はその言い方が少し好きだった。静かな動きは、ここ数週間で練習し続けてきたことの中心にある。
午後、教室に戻ると、黒板の右下の点のいちばん端がわずかに擦れていた。多分、途中の清掃で黒板消しが軽く触れたのだ。点は点のままなのに、少しだけ丸くなっている。木下が目線で「どうする」と訊いてきて、僕は首を横に振った。触らない。触らないで、瓶のふたを軽く撫でる。返すものはまだ増やさない。
昼休みの終わり際、新聞部のポストにまた小さな封筒が入っていた。前回の白い封筒より少し厚い灰色。開けると、中には写真が一枚。港の堤防の上に置かれた空の額縁。四角の中に海が入って、水平線が額縁の真ん中を通っている。裏には細い字で一行。
額縁は、返せる
カリンが写真を指の腹でそっと押さえた。「額縁を返す、ってどういう意味」と言うと、倉田が「たぶん、返すって“場所に戻す”ことだけじゃない。囲んで、離すこと」と答えた。囲んで、離す。僕は黒板の名前を思い浮かべた。輪郭を薄くして、中身を残し、残したまま離す。似ている。似ているのに、別物だ。似ていて別物を、そのままにしておくのが、僕らのやり方。
放課後。短い話し合いのあと、先生が言った。「今日は“十秒の移動”をやる。廊下から階段、踊り場まで。避難訓練のまねじゃない。十秒を持ったまま移動する練習だ」。僕らは四人一組で列を作り、廊下へ出た。最初の十秒を持ってから、二歩歩き、もう一度十秒。踊り場で十秒。移動の途中に十秒を挟むと、足音が整う。整った足音は、誰かの緊張を半分ずつ奪っていく。階段の途中で一度だけ笑いがもれたけれど、すぐに静かになった。静かになり方を、もう体が覚えている。戻り方は、練習で覚える。
教室へ戻ると、旧市街の女性が後ろの扉のほうにいた。入っては来ない。目で「続けて」を合図し、すぐに姿が奥へ消えた。彼女が消えたあとの空気は、なぜか少し軽い。軽くなったぶんだけ、話が進む。
黒板の前で、先生が瓶を光にかざした。「今日は一粒、返す。誰がやる」。吹奏楽部の彼女が手を挙げ、木下がうなずいて、二人で紙を持った。紙の端で名前の輪郭の外側を撫でる。白い粉が一粒だけ紙に移って、木下が瓶の口へ滑らせる。落ちる音はしない。戻すのではない。返す。返すのを見ている間、教室の中のいくつかの心配が目を閉じたように感じられた。
その後、僕らは音楽室へ行った。譜面台は揃い、鍵盤は光る。調律はもう終わっていて、弦の匂いが薄く残っている。鍵盤に触れず、三人で十秒。息を置いて、忘れる。忘れたあとで、倉田が「文化祭のとき、最後の客が帰ってからの音、まだ耳に残ってる」と言った。「風鈴みたいな」「そう。窓枠が鳴った音」。僕は頷いた。あの音は良かった。良かった、と言えることが、今日の答えの半分を占めている。
帰り道、校門の外の掲示板に小さな紙が新しく一枚貼られていた。手書きで、既視感のある字。
“静かな動きが一番強い”
——今日の校長
引用の紙は誰の仕業か分からない。剥がさない。剥がさないで、覚える。覚えた言葉を、明日の十秒の前に一度だけ思い出す。思い出してから忘れる。その順番で、明日もやる。
夜。手帳に今日の出来事を書いていると、机の端の写真がふっと倒れかけて、倒れなかった。倒れない角度を完全に覚えたせいだ。起こし直さず、そのままにしておいた。紙の裏は真っ白。白さは、書かれていないものを受け止める準備の色だ。白をそのまま明日に渡す。
翌朝。風は弱く、港の音は遠い。十秒は浜崎。立たずに背中を伸ばし、吸って、吐いて、止める。終わりに僕は呼ばなかった。呼ばないで、視界の端に九つの点を並べる。点は点のまま。線にならず、止まる。止まる、という姿勢が、教室の空気にちゃんと馴染んだ。
二限の途中、保護者懇談の続きがあると知らされた。今日来るのは一人。先生は黒板の前で短くうなずいて、「内側の約束は内側で持つ」と言った。僕らは頷き、授業に戻る。戻れること自体が、一種の強さだと思う。
昼休み。黒板の前に保護者が二人並んだ。予定より一人多い。片方は先週見た人、もう片方は初めて見る顔。先生が丁寧に頭を下げ、右下の点と瓶と小さな紙の説明を手短にする。僕らは口を出さない。出さないで、見守る。見守るのにも作法がいる。うなずかない。首を傾げない。手を組まない。目だけで、場所を守る。
初めての保護者は、黒板の名前をじっと見て、それから十七番の席の背もたれへ視線を落とした。視線は止まらず、すぐに戻る。戻り方が丁寧だった。丁寧に戻す視線は、誰も傷つけない。帰り際、その人がふと言った。
「うちの子、ここが好きだと言ってました。——静かで、強いって」
先生は微笑まずに、目だけ柔らかくして頭を下げた。言葉は増やさない。増やさないで、十分が伝わる場面だった。
午後。放課後の最初に、資料館からメモが届いた。薄い紙に短く二行。
額縁の前で、十秒の場所を増やしました
——静かな列ができています
僕らは図書室を抜けて資料館へ向かった。額縁の前には、たしかに短い列ができていた。列は静かで、誰もスマホを出していない。順番が来ると、前の人が一歩進み、十秒を持って、忘れて、次の人へ渡す。渡されるのは順番ではなく、空気の整い方だ。整った空気は、次の人の背中を自然に伸ばす。額縁の四角はその様子を囲って、誰にも邪魔されない場所に変えていた。
列の最後で僕も十秒を持った。吸って、吐いて、止める。止めた先で、心の中だけで小さく言う。ありがとう。声にはしない。額縁の四角の中の光が、少しだけやわらかくなって、すぐに戻る。戻り方も、もう見慣れた。
資料館を出て校門へ戻る途中、旧市街の女性がベンチの脚に腰かけているのが見えた。手ぶら。彼女は顔を上げずに言った。
「点は、増やさないでください。——点を増やさないまま、返せることがまだあります」
「何を返せますか」
「内側の“決めつけ”を」
決めつけ。僕は少し考えてから頷いた。最近、僕らの中で“いつか消す”が合言葉になりすぎて、合図のようになっていたかもしれない。合図は便利で、広がりやすく、時々、狭くする。狭くなりかけた枠を、もう一度ゆるめる。ゆるめるのも、返すの仲間だ。
その日の最後、先生が黒板の前で言った。「『やさしく消す』は目的じゃない。やさしくいるために、消す練習をする。目的は“ここで息ができること”だ」。僕は胸のあたりで小さくうなずいた。たぶん、それを忘れないために、点は線にならずに止まっている。
夜、机で手帳を書いていると、携帯が一度だけ震えた。差出人なし。短い三行。
届きました
白い封筒
また、海のほうで
返事は打たなかった。打たないで、窓の外の暗さを確かめ、目を閉じた。耳の奥で短い音が鳴って、すぐに止んだ。止んだところに十秒を置き、名前の輪郭を息で温め、離す。離れた手のひらは冷たくなく、ほどよく温かい。その温度で眠った。
翌朝。空はうすい青で、港は静か。十秒は倉田。吸って、吐いて、止める。終わりに、僕は呼ばない。呼ばないで、先生の目を見る。先生は黒板の右下の九つの点に指先を寄せ、触れずに離した。触れない仕草も、合図になる。
午前の授業の合間、生活指導の先生が教室を覗いて、「SNSに変な書き込みが出てるが気にしなくて良い」とだけ言った。誰かが文化祭の“静かな展示”を「怖かった」と書いたらしい。怖がるのは自由だ。自由の中に、僕らのやり方も入っている。入っているなら、それでいい。
昼休み、新聞部のノートにカリンが短い記事案を下書きした。
静かな列のつくり方
——十秒、息、忘れる、渡す
本文は書かない。見出しだけ。見出しの横に小さく「写真は要らない」と書き足す。要らない、と書けるのは強さだ。強がりではない。
放課後。教室の後ろで、瓶のふたを開ける。今日の一粒はやめる。やめることで守れるものがある。先生はふたを閉じ、黒板の名前の周りを軽く撫でた。触れない。周りだけ。白い粉は落ちず、線は痩せない。輪郭はやさしい。
音楽室で十秒。鍵盤の端の白に光が集まり、譜面台の列はまっすぐだ。扉の向こうで足音が止まり、また動く。止まり方が良くて、動き方も良かった。良かった、と何度思っても平気な日だ。
その晩、僕は海の写真を一枚、机の上に置いた。白い縁取りのインスタント。水平線が少し傾いている。傾いたままにしておく。まっすぐに直さない。直さない傾きが、いまの僕にはちょうどいい。写真の白い縁は、封筒の白と同じくらい、何も書かれていないものを受け止める準備をしていた。
次の日。風は弱く、空は高い。十秒は木下。吸って、吐いて、止める。終わりに、先生が黒板の前で短く言った。「今日の放課後は“決めつけを返す”をやる」。教室の空気がほんの少しだけ緊張した。どうやるのか、誰も分からない。分からないままで始めるのが、今日の作法だ。
放課後、机は動かさない。僕らは十七番の席を囲まない。囲まないで、それぞれ自分の席に座り、同時に十秒を持つ。吸って、吐いて、止める。止めた先で、各自が頭の中の「こうあるべき」をひとつだけ探し、息で温め、手から離す。離す、は声にしない。分かりやすい言葉にしない。形にも、紙にも、しない。終わったあと、誰も「何を離したか」を言わない。言わないほうが、返しやすい。
十秒が終わると、先生は黒板の右下の九つの点のいちばん左を指で軽く押さえて、そっと離した。押さえる位置は、はじめて変わった。変わっても、点は点のまま。線にはならない。ならないまま、次へ進める。
その夜、机の写真をそっと裏返し、白い面を上にしてみた。何も書かれていない。書かれていない白をじっと見ていると、耳の奥で短い音が鳴って、止まった。止まり方が、上手になっている。上手になったぶんだけ、やさしい。やさしいまま、眠りに落ちた。
週の終わり。港は静かで、空は澄んでいた。十秒は僕。立たずに背中を伸ばし、吸って、吐いて、止める。終わりに、呼ばなかった。呼ばないで、ありがとうを胸の中でひとつだけ言った。教室は普通に動き、笑いは軽く、瓶は光を受けた。九つの点は九つのまま、線にならず、止まっている。止まっていることの中に、ちゃんと進んでいる感じがあった。進み方は派手じゃない。静かで、強い。校長の言葉どおりのやり方で、僕らは今日もここにいる。ここにいるまま、明日を迎える準備をした。やさしく、遅く、速く。三つを同時に握り、落とさないように。




