第5話
「よし、行け!」と叫んだ俺は、2人の邪魔にならないよう後方に飛ぶ。
ゼンとアサギの2人は俺より10程レベルが高く、どちらも中級者ミッションに入っていたが、2人とも「ソロでボス討伐をする」の項目がクリアできずに詰まっているらしい。
そんなわけで今回は、2人がこの海底ステージをソロ討伐するための練習で、俺は引率だ。
アドバイスと対処できないところの手助けはするが、基本は手を出さない。
ゼンは爆弾をちょいちょい投げ込みつつ散弾銃で広範囲にダメージを積み上げている。
一方でアサギはリロードは遅いが一発の火力が高いライフルで確実に一機ずつカニロボを沈めている。
散弾銃は抵抗を受けやすい。水中だと尚更だ。距離もあまり取れないし、この場合はカニの硬めの装甲も貫通できるライフルの方が効果的か?
まあ、ゼンもそれは分かってるから爆弾と併用してるんだろう。
しかしライフルもあまり近くで撃つと反動で機体が飛ぶしな、陸上より全ての挙動に時間がかかる水中では、十分な距離を取って一発撃ってからまた次の一発までは結構時間がかかるな。
結局、2人がちょうど左右で半数ずつに分かれたカニロボを倒し終えたのは、ほぼ同時だった。
「っし、倒したっス!」
「僕もです!」
地鳴りと警告音とワーニング表示。
ボスダコのお出ましだな。
「墨をくらうなよ!」
「はい!」「うぃっス!」
俺達は揃って跳び上がる。
ゼンのジャンプが高過ぎる。
これは着地前に範囲攻撃を一発喰らうやつだな。
ゼンもアサギも俺より装甲が厚いから、一発くらいは耐えるだろう。
墨が薄れて、ボスが姿を現す。
俺とアサギが着地する。
ボスの目が赤く光って、大きな足が海底を薙ぐ。
俺とアサギは同じ方向へ飛んだ。
ドンッと響く破裂音。ゼンが吹っ飛んだのか?
「ひぃぃぃ、危なかったっス……」
ゼンはひっくり返りそうな機体を何とか戻して、俺たちと同じ方向へ着地した。
アサギが驚きの声をあげる。
「爆弾で自機を飛ばしたんですか!?」
「ちょっと爆破ダメージ入っちゃったっスけど、直撃よりはマシだったっス!」
こいつ、突飛なことするな……、なんて思ってる場合じゃない。
「逆から来るぞ!」
俺達3機はさっきと逆の方向へ跳ぶ。
今度はゼンも跳びすぎてないな。
「攻撃だ!」
俺は2人の邪魔にならない程度に軽く下がる。
ゼンはさっきと同じ攻撃に、お。その背中の大斧はウエイト調整用じゃなかったのか。
確かにオオダコ本体は足部分やカニより装甲が薄くブレード系攻撃には弱い。
けどそんな重いもん振って重心崩れないか……? って崩れたな。見事に。
アサギはさっきのライフルにレーザー砲も構えてはいるが、ゼンがオオダコ前でフラフラしてるせいでレーザーは撃ちきれなかったか。
レーザーは照準がブレやすい上に着弾判定が広いからな。ゼンを巻き込まない事を優先したようだ。
あと20秒か。
「下がれ!」
水中だとバックジャンプに5秒はかかる。しくじれば、もっとだ。
最初は少し早めに下がるくらいでいいだろう。
綺麗に後方へ跳んだアサギと、角度高めのゼン。
陸上でのバックジャンプの感覚に合わせると、どうしても傾きが浅くなるよな。
「ゼンもう一回跳べ、距離が足りないぞ!」
「りょーかいっス!」
その点アサギはこのステージに入ってここまでで、もう慣れたってことか。
すごいな……。
「もう少しゆっくり攻撃していても間に合いそうですね」
俺の隣に着地したアサギが呟く。
「絶対ミスらない前提なら、あと15秒は撃てるな」
俺の言葉にアサギは「なるほど」と答える。
跳び直したゼンが着地して姿勢を整えた次の瞬間、オオダコの目が赤く光った。
ん!?
待てゼン、お前逆方向に跳ぼうとしてないか!?
ブンっと音が聞こえそうな程の速度で大きな足が海を薙ぐ。
足が届く範囲とは反対に跳んだ俺達と、真逆の方向にゼンは跳んだ。
やっぱりか!!
ジャンプ前の角度が俺たちと逆だったもんな!!
「ブギャッ!」
ゼンの悲鳴がPT会話ウィンドウから聞こえる。
「生きてるかゼン。お前、次はその場で跳ぶんだぞ」
「ぅ。ぅぃス……」
クスクス聞こえる小さな笑い声はアサギだな。
アサギはどうも笑いの沸点が低いというか、人がミスっても自分がミスっても笑う奴だからか、笑われても嫌な気分にならないのが不思議だな。
ゼンもよく笑うがケラケラ笑う奴なので、人によってはカチンときそうな危なさがあるが、アサギは笑い方までもがスマートで爽やかだ。
どこぞのアイドルか、いや、王子様かと思うような優雅さがあるよな。
そこまで考えて、俺は頭を振る。
……なんでワザワザ俺は嫌な単語を思い浮かべたんだろうな。
俺がくだらないことを考えている間に、2人は二度目の範囲攻撃を避けて、ボスダコに駆け寄っている。
「ゼン、アサギの前に出るなよ!」
「うぃっス!」
ん。これでアサギもレーザーが使えるな。
俺が満足げに頷く向こうで、2人はボスダコをタコ殴りにしている。
お、あのレーザーは水中戦用だったのか。思ったより火力が高いな。
これは……そろそろ終わるか……?
俺よりも高火力な2人の総攻撃で、ボスダコはほんの2ターンで爆散した。
ん? ゼンは微動だにしてないが、アサギは咄嗟にちょっと避けかけたな。
俺と同じタイプの奴を見つけて、ほんのちょっとだけ嬉しくなる。
「はー、倒せたっス……。けっこーやばかったっス……」
「いやぁ楽しいですねー。何だか避けゲーって感じで!」
2人のテンションが真逆だな。
「2人ともお疲れさん。どうだ、1人で行けそうか?」
「はい、行けます!」
頼もしいセリフと共にガッツポーズのアサギがステージクリア画面の向こうに透けて見える。
サイドウィンドウでアサギの機体データを見ると、被弾数は0だった。
ノーミスクリアか、流石だな。
「うー、まあ、何回か行けば大丈夫そうっス……」
ゼンは今回ちょいちょいミスってたからな、それでも死ななかったんだからすごい方だよ。
「そう言わずに、ゼンも一発クリア目指して頑張ってくれよ」
俺が苦笑して言うと、ゼンは「先輩ぃ……」と何やら感極まった後で「分かったっス! オレ一発合格目指して頑張るっス!!」と気合を入れ直して答えた。
いや、俺そんな感動するようなこと言ってないよな?
首をかしげる俺の隣で、クスクスとアサギが笑っていた。
***
それから3日後。
俺の素晴らしい有給休暇初日の月曜。
カーテンから差し込む眩しい光に、俺は背を向けるように寝返りを打つ。
長い休みとはいえ、俺も社会人。自分の体調管理くらいはしっかりしよう。
せめて、夜更かしくらいはコントロールしなくては。
何せ、俺は書類上24歳だが実際は28歳だ。
……と、頭では分かっていたんだが、昨夜はしっかりハメを外して4時まで遊んでしまった。
いやメインストーリーがいいとこでさ、このボスを倒すまでは……って低レベル装備で限界まで粘ったらその時間だったんだよ。
まあ、おかげでなんとかボスは倒したし、見慣れない『ソロで5時間以上の戦闘に勝利する』とかいうミッションと『レベル差が50以上の強敵にソロで勝利する』なんてミッションもクリアしたわけだが、こんなミッションあったっけな。
隠しミッションだろうか?
ネットで調べてみても、攻略サイトのミッション一覧はスカスカだった。
まだロボワはオープンすぐだからな、攻略サイトに情報が集まるまでにはもうしばらくかかりそうだ。
俺も流石にロボワに存在する無数のミッションを全部覚えてるわけじゃないので、聞き覚えのないミッションがあってもおかしくない。
上級者ミッションまでクリアできれば、こういった隠しミッションも達成したものが全部開放された状態で現れるので、その日を楽しみにしておけばいいだけだ。
そんなことを夢現に考えながら眠りの底へ戻ろうとする俺を引き上げたのは、聞き覚えのある凜とした声だった。
「おはようございます長尾様。メディカルチェックのお時間です」
……あー……。そうだったな……。
俺は渋々布団から這い出して、スマホで時間を確認する。
9時1分か。
うう、頭がどんより重い……、これは寝不足のせいだな。
ピアリスは、俺の部屋の机の上に置かれたホログラム発生装置からその姿を現していた。
今までの船服とは違い、今日のピアリスはナース服のような服装をしている。
船内ではふわりと広がっていたロングウェーブヘアも、三つ編みになっていた。それでもスカートはロング丈のマーメイド仕様な部分に、ピアリスの担当デザイナーの強いこだわりを感じるな……。
「久しぶりだな」と俺が声をかけると、ピアリスは「お久しぶりです、長尾様」と微笑んだ。
このメディカルチェック専用端末のピアリスは、船内での長期に渡る孤独な作業と、タイムジャンプという一般的に精神負荷の大きい仕事をしたことになっている俺が、有給休暇中に精神や体調に異常をきたすことのないよう、1日2回、9時と16時に起動して、俺の健康状態を確認し、適切に対応するためのプログラムだ。
船内にいたピアリスの人格データをコピーしているらしいが、はたして何年分の記憶データが残されているのか……。
「体温を計測します」と、ピアリスのホログラムが俺の額に手をかざす。
「体温は正常です。血圧、脈拍、ともに正常です」
「ああ、ありがとう」
俺の言葉に、ピアリスが小さく微笑む。
ほんの一週間ぶりなのに、このやりとりが何だか久しぶりに思えるな。
船にいた頃はこんな風に毎日、朝夕にピアリスのメディカルチェックがあった。
3年目からは俺の1人体制だったから、俺が体調を崩すと東さんが起こされるようになっていたが、結局俺が体調を崩したのは東さんと一緒に仕事をしていた間の一度きりだったな。
「それでは、私の質問に『1、はい』『2、どちらかといえば、はい』『3、どちらともいえない』『4、どちらかといえば、いいえ』『5、いいえ』の5段階でお答えください」
これはメンタルチェックのための項目だな。
最初の3ヶ月くらいは毎回全く同じ項目だったんだが、俺が毎日同じ質問で飽きたなと口にしたせいか、それからは色んなパターンで尋ねてくるようになった。
「毎日が充実していると感じる」
「1」
「布団に入ってすぐに眠ることができる」
「1」
「食事は規則正しく3食とっている」
「ゔ、3で……」
ピアリスが小さく笑う。
ああ、このピアリスはおそらく4年分の記憶データを保持したままのピアリスだな。
3年を過ぎる頃までのピアリスは、チェック項目の回答に対して反応を返すことは無かったからな。
「長尾様は相変わらずですね。お食事は毎日きちんととってくださいね」
「はい……」
俺は素直に反省した。楽しくゲームを続けるためにも、そのためにお金を稼ぐためにも、まず最初に必要なのは健康だからな。
「それでは次の質問です」とピアリスがチェックを続ける。
14、15……。ピアリスのメディカルチェックはいつも15問だ。
ベッドから立ち上がろうとする俺に、ピアリスは「最後の質問です」と言った。
ん? まだあるのか?
ピアリスは神妙な顔で俺を見つめていた。




