15%以下の負荷率
「そういや預けてた資産はどうなってるんだ?」
資産と言ってもほんの5万円だけどな。
いや、それなりの金額ではあるんだが、なんか前回の60万円課金で金銭感覚がおかしくなってるのか……?
大丈夫か、俺……っ。
1人動揺する俺の横でピアリスがさらりと答える。
「お預かりしていた長尾さんの財産は、現在10万円を超えたところです」
「……ん?」
ど、どういうことだ……。まだあれから一週間しか経ってないぞ……?
「俺、10万預けたんだったか……?」
「いいえ、お預かりしたのは5万円です。翌日に20%程度の値上がりが予想される株を毎日購入しては売却しておりました」
いやいやいや……。そんなサラッと言われても……。
そんなの現実に可能な事なのか……?
「これで私の株価予測性能をご理解いただけたでしょうか?」
ピアリスのすました顔に、隠しきれないドヤ感が滲んでいる。
そんな顔されちゃ、認めるしかないな。
「……チート級だってことは分かった」
そんな超AIピアリスからの提案は、俺の想像を遥かに越えていた。
「どうか私に、長尾さんが船にいた間の資産をお任せいただけませんか?」
「それってつまり、4年分の給料を全部預けろって事か……?」
「はい。現在お任せいただいている資産では、私がここにいる期間のうちに、長尾さんが生涯安心して暮らせるだけの額の確保が難しいのです」
待て待て待て。
誰が俺の一生分の金を稼げって言ったよ。
個人投資なんて、ちょっと増えればラッキーくらいのもんだろ?
いや待て。
今のピアリスの言い方だと……。
俺の4年分の給料を元手にすれば、生涯暮らせるだけの額を稼ぐ事が可能だって言ってんのか……?
俺はゴクリ、と喉を鳴らす。
メカニックの仕事は好きだ。
仕事環境にも文句はない。
人間関係だって困っちゃいない。
……だが、蓄えはいくらあっても困らないよな?
ピアリスだってもうあと3か月ほどしかいないんだし、試してみてもいいなら、ここはピアリスに賭けてみるか。
「しかしな……」
呟いた俺を、ピアリスはじっと見つめている。
「ピアリスは大変じゃないのか? そんな大量の計算をして」
ピアリスは驚いた顔をした。
いや、マシンだって無理をさせれば熱暴走するだろ?
俺のそばにいるピアリスは、片手に乗る程度のこんな小さな携帯ホログラムが本体だ。
こんな小さな機体では、高速計算処理なんてとても回せないだろう。
「私は大丈夫です。私の計算能力からすれば、15%以下の負荷率となっております」
ピアリスはそう言って柔らかく微笑む。
「そうなのか? すごいな。お前が大丈夫ってんなら任せるよ。そんな一生分稼ごうなんて気負わなくていいから、出来る程度でやってみてくれ。無理はしなくていいからな」
資産が増えるのはありがたいが、3か月後にあんまり減ってるようじゃ困るからな。
ピアリスは「はいっ、お任せくださいっ」と気合十分に胸を叩いて答えた。
しかし、株価予測がたった15%以下の負荷だなんて、最近の小型機は性能がいいんだな……。
俺は、ぼんやりとピアリスの足元でピアリスを映し出している携帯ホログラム機を見る。
……いや、そうなのか……?
そもそも俺の、この認識自体が間違ってるんじゃないか……?
俺が喋っている相手は、俺専用にコピーされた小型端末内にいるピアリスだと思っていた。
船にいるはずのピアリス本体には、何の影響も及ぼさない。そんな俺専用の小さなピアリスなんだと……。
……だが、そうじゃないとしたら……?
ここにいるピアリスがもし、エイリアス……つまり本体へのショートカットのようなものだったとしたら……?
俺がもし、このピアリスを通して、あの船に乗っているピアリスそのものにアクセスしているのだとしたら……。
「長尾さん?」
ピアリスに尋ねられて、俺はハッと我に返った。
「いや、何でもないよ。朝食にするから少し待っててくれるか」
「かしこまりました」
ピアリスは答えてにっこりと微笑む。
俺は顔を洗いに洗面台へ向かった。
そんな。まさか、な。
そもそもあの船に乗っているピアリス本体なら、株価予測に能力の15%もかかるはずがない。
きっと0.001%も必要としないだろう。
それより、今日はいよいよ『空の迷宮ステージ』に挑戦するんだからな。
武器の最終チェックと、予備の盾も強化できるとこまでやっておきたいよな。
この時の俺は、気づいていなかった。
ピアリスの言った15%以下には、当然0.001%も含まれている事に。
***
地球から遠く離れた航海軌道上をピア・オデッセイ号は進んでいた。
船内は深夜時間帯で、ごく少数のクルーと夜更かしな乗客以外は皆寝静まっている。
船の管理AIであるピアリスは、誰もいない操舵室で遠くに見える小さな光……青い星であるはずのそれを見つめていた。
ライトブルーの船服を着たピアリスは、パステルピンクのロングウェーブヘアを揺らして小さく呟く。
「ご安心ください、長尾さん。私はずっと、長尾さんの側にいますから」




