45,帰ろう
式典の無事の終了。そしてユフィがみまわれた襲撃等も含めた案件にある程度の決着と今後予定をとりつけ、ユフィたちはオリバンズ国へ戻ることになった。
見送りなどいないと思っていたユフィだが、ノーティル国の貴族らしい男女と、オスリル、それにオリビアが来てくれた。オリビアの姿を認めたユフィは茶会の後に出会った令嬢だと思い出し、オルガからその名と「火事の鎮火に協力してくれた令嬢です」と教えられ驚いた。
クロ―リルを始めとするオリバンズ国を快く思わない者たちはいない。だからオリビアは遠慮なくユフィに駆け寄った。
オルガが隣に立ちいざというときの守りに入る。その傍でユフィはやってきたオリビアに少し驚いた。
改めて見ると、オリビアは愛らしい顔立ちをしている。茶色の髪は平凡的だが、その瞳には強さと弱さを感じるようで不思議と目を逸らせない。
「ユフィ様。お怪我はない?」
「は、はい」
「ご無事でよかった。そちらの騎士様が火事に飛び込んでいくから驚いたけれど、二人とも無事で本当によかったわ」
「火事を鎮火させてくださってありがとうございました。おかげで無事に戻ることができました」
「あなたを助けたのはそちらの騎士様だわ。私はほんの小さなことしかできてない。……いつも、肝心なことができないの」
どこか悲し気な声にユフィはなんと声をかけていいか分からない。
そんなオリビアはけれどすぐに笑みを浮かべて、領主という役目以外で唯一見送りに来ていたノーティル国の貴族夫妻を示した。
「こちらはラフレット公爵夫妻。火事の鎮火に協力くださったの」
なんと公爵夫妻が。驚いたユフィは慌てて頭を下げた。
「火事の鎮火にご協力くださり、誠にありがとうございます」
躊躇いなく下げられる頭。それが上げられることはない。
自信のない様子や俯いた姿。けれど躊躇いなく礼を言って頭を下げる姿に、ラフレット公爵は優しく口許を緩めた。
「ユフィ嬢。頭を上げなさい」
「……はい」
それでも顔は上げられない。視線を上げて、公爵に不敬だろうかと考えながら視線は彷徨う。
困惑の様子を見てとっても公爵は咎めることなく続けた。
「誰かの命の危機。国が違うからと手を差し出さぬは人としてすべきことではない、私の考えに則っただけのこと。あなたは自分の立場をひどく強く意識しているようだが、私やオスリル殿下とて両国の関係をよくしたいと思う者。一人でなんとかしようとするのは傲慢だ。できぬことはできぬと、己が知っていなければそれはただの無謀にすぎない」
「はい」
「己の力で、進みなさい。どのような立場にあろうとも、どのような力を得ようとも、それは全て使う者の意思で決まる。どう使うかは己次第。――縛られてはいけない。自由に、いきなさい」
「……はい。ありがとうございます」
どこか優しい、そして年長者たる言葉がゆっくりとユフィの胸に沁み渡る。
心に新しい風が吹いたような心地でいると、ユフィの傍でアルヴェスターがオリビアを見た。
「オリビア殿だったか。ユフィ殿と友達になってくれない? 未来のために」
「是非!」
あっさりとした提案に食いつくオリビア。それを見たオスリルがため息を吐くと、オリビアはぎくりと身体を強張らせた。
「……だ、だめでしょうか?」
「……おまえとユフィ嬢が親しいのはまあいいが。馬鹿どもは煩い。口出し検閲諸々、出てくるぞ」
「うっ……。ですが両国の和平にはいいですよね?」
「……好きにしろ」
「はいっ! ユフィ様。これからよろしくね!」
「は、はいっ……」
手を取られては断れない。押されるユフィに既視感を覚えつつも、オルガはやれやれと肩を竦めた。
ユフィとオリビア、オスリルを見てふむふむと満足そうなアルヴェスターは笑みを浮かべているが、同じように三人を見ていたオルガは少しだけ諸々の意趣返し。
「殿下。未来のために早く成婚の宣言をあげてください」
「いきなりそういうこと言うのやめなさい。ほら。父上にあと五十年くらい頑張ってもらおう」
いい案だと言わんばかりのアルヴェスターに騎士たちも曖昧な笑みを浮かべる。将来の王が誕生するのはいつになるか。いろいろと不安しか生まれない、生まない殿下である。
そんな殿下と近衛隊国王付き部隊長の会話が耳に入り、ユフィはそっと視線を向けた。
(成婚の宣言…?)
とは、どういうものなのだろう。自分とオルガはそれをあげたということなのだろうか。
獣人との婚姻についてそういえばよく知らない。オルガとは夜会に出て妻だと披露目をされたが、結婚式などはしていないし、そんな予定もオルガからは聞いていない。夫婦としてしていることはオルガの尻尾がよく触れてくれることくらい。それが獣人夫婦の在り方なのだろうか?
俯いたまま悶々と考えてしまうユフィに気づかず、オルガは呆れを乗せてアルヴェスターを見た。
「それを陛下にお伝えすれば、殿下が五十年玉座に座る、と書き換えられるでしょうが?」
「やめろ。絶対やる。父上絶対笑顔で即座に譲位するとか言いそうだからやめて言わないで俺は面倒はいやだぁ!」
頭の中で父王陛下が笑っているのだろう、アルヴェスターの拒絶反応に騎士たちが堪えきれず笑っている。一人ため息を吐くオルガはユフィの視線に気づいて困ったように肩を竦めた。
「殿下、ユフィ殿。そろそろ出発しましょう」
「はい」
オリビアたちに別れの挨拶をして、ユフィはアルヴェスターの馬車に同乗した。
ゆっくりと馬車が出発する。流れ出した窓の景色をそっと見つめる。
怖いことも嬉しいこともあった今回の式典。ここへ来るときよりも心はどこか軽い気がする。
「あー。面倒が終わった。やっと帰れる……。帰るか。ユフィ殿」
「はい」
帰ろう。待ってくれている人たちを想ってユフィは自然と口許が緩んだ。
ノーティル国の国境を越え、オリバンズ国へ入る。
道中の休憩時間。アルヴェスターや護衛騎士たちに休憩の茶を振る舞う中にはシーランの姿もある。獣人に偏見を持たないシーランはテキパキと動きながらユフィのことを気遣い、エラゼに教わりながらオリバンズ国ならではのことも学ぶ。こうした休憩時間のときにはユフィもせかせかと雑用をするので、それを初めて見たときにはぎょっとしていたが、アルヴェスターが「好きにさせていいから」と言ったことで気にかけつつも咎めないことにした。
ユフィのお手伝い行動は、行きの道中で騎士たちと交流を深めていたおかげで騎士たちからの受け入れも早かった。
「ユフィ殿。くれぐれもご無理はなさらず休息もしっかりとってください」
「はい」
時にはオルガがそっと窘める。そんな見慣れた光景に騎士たちも笑みを浮かべていた。
しかし、そんな光景に首を傾げる騎士もいる。
「隊長。もうオリバンズ国に入りましたし、別に護衛騎士としてでなくてもよろしいのでは?」
「あちらでユフィは狙われたばかりだ。万が一にも後をつけられていては困る。それに……シーランにはまだ説明をしていないからな」
「そういうことですか」
耳に入るオルガの懸念に獣人騎士たちはなるほどと頷き、王城までこのままを貫くことにした。
そんな話をしているとててっと駆け寄ってくるユフィの姿に、オルガはすぐに身体ごと向き直る。
「あの、オルガ様」
「どうかしましたか?」
「シーランのことで……。わたし、本当のことを彼女にちゃんと伝えたいのですが……」
躊躇いがちな様子にオルガも微笑む。
ユフィが嘘を通すことを望まないことは分かっているし、王都に戻ればシーランとて知ることが増える。けれど今はまだ懸念が残るままだ。
ユフィの眼差しにオルガはひとつ頷いた。
「そうだな。だが、俺は王宮に戻るまで君の護衛騎士だから。ウルフェンハード公爵邸に戻ってからでもかまわないか? それまでは黙っておいてもらえると助かる」
「分かりました」
すでにオリバンズ国に入り王都に近づいている。今のところ後方に散らばせてある部下からそれらしい報告はないから、後をつけられていることはないだろう。
後少しだけ。ユフィを守るために手を打つのが自分の役目。
それからも油断せずに王都への道を進み、一行は王都へ帰ってきた。




