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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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31/52

31,睨み合う茶会

 両国貴族の夫人たちが主に参加する茶会は庭で行われる。晴れ渡る大空の下にある緑あふれる庭に白いテーブルと椅子が置かれ、着席自由の交流の場となる。

 そして、すでにそこには両国から招待された貴族がそろっていた。そして分かりやすく二つの塊に分かれている。


 人間種ばかりの集まりである、ノーティル国の貴族。

 獣人と人間種の混在する集まりである、オリバンズ国の貴族。


 両者は自国の集まりで談笑し、時に相手に睨みをいれる。両国のこれまでを表すかのような見事な分かれっぷりにユフィは驚き、アルヴェスターは「やだー、面倒。喧嘩にならないといいなあ」と遠い目をした。


 ユフィがアルヴェスターとともに姿を見せれば両方の陣営から視線が向けられる。俯き加減の中でもそれを強くはっきり感じ、ユフィは肩を震わせた。

 ノーティル国側はひそひそと言葉を交わしており、オリバンズ国側は笑みを浮かべている。獣人たちの耳がぴくりと動くのをアルヴェスターは見逃さない。そしてそのまま両陣営の間にユフィを連れて進み、足を止めた。


「ノーティル国の方々。オリバンズ国王太子アルヴェスターから、本日この場に列席いただけたことに感謝を」


 普段の無気力よりも芯を通らせ、けれど決して威圧的でも風格を漂わせるものでもない絶妙な青年の声が場をとおる。

 両陣営の視線を受けながらも、堂々と悠然とアルヴェスターは続けた。


「私はこれより両国の会議の席に出るが、我が国の大切な客人、ユフィ殿とも是非交友を深めてほしい。そして今後の両国のよき交流となることを祈る。――ではユフィ殿。私はこれで。あとで迎えにきますので」


「はい。殿下、またあとで」


 打ち合わせどおりの挨拶を交わし、アルヴェスターはオルガたちにひとつ視線を送ってから茶会の席を去った。

 その背を見送れば少し離れているオルガたちも見えた。――緊張して、心臓が早鐘を打つ。


 思い出すのはノーティル国での社交会。年に一度だけ出ることが許されたその場はいつだって苦痛だった。

 美しくもないドレス。顔の左側を覆う包帯。向けられる視線と嘲笑。楽しめたことなど一度もない。


 今だって、突き刺す視線を感じるのはノーティル国側からだ。

 手に汗が滲んで、どうしても視線が下がってしまう。喉の奥が乾いて言葉はなにも出てこない。


(ま、まずはオリバンズ国の皆さまに挨拶を……。でも協定のためにノーティル国側に先に……)


 動こうと思っても足が震える。式典の予定を聞いてからいろいろと考えていたのに、いざそのときとなると頭が真っ白になってしまう。

 独りだ。誰も助けてはくれない。いつだって――……。


「ユフィ様」


 かけられた声に肩が跳ねて、俯いた下で視線だけを動かした。


 その声が聞こえたオリバンズ国陣営側だ。いつの間にか傍にいるその人のドレスは春の花の色で派手さはなく、上品で繊細な刺繍が施されている良品であると一目でわかる。

 落ち着いた声音。どこか覚えのあるその声にユフィはそっと視線を上げる。――そこに、親しい人に向ける微笑みがあった。


「殿下にあんなふうにされては緊張してしまうわね。大丈夫?」


「ケミティ様……!」


 ユフィ披露目の夜会で知り合った獅子種ガディオスの妻の一人、獅子種のケミティだ。

 その落ち着いた品の良さはこんな場所でも変わらない。優雅で落ち着いたそのさまにユフィもほっと息を吐く。


「ケミティ様もいらしていたのですね」


「ええ。ガディオス様が呼ばれているの。それで私が同伴を」


「では、ドロシィ様も?」


「彼女はお留守番。今回は事情が事情だから。あの子、こういう場所は合わないって行きたくないって顔するの」


 そう言って困ったように微笑みつつも咎める様子はない。

 種族によって社交の場での振る舞いも異なる。マナーで縛れる者たちではないと言っていたオルガの言葉を思い出した。


 はっとしてオリバンズ国陣営を見れば、人数がノーティル国よりも少ないことと種族が偏っているのが見て取れた。


(猫種、山羊種、虎種は見えない。鼠種や兎種が多くて、熊種と牛種が少し)


 今回の社交は国事情が大きい。政治という場に参加する男性陣はそうはいっていられずとも、同伴を求められていない婦人たちはそれぞれが決めたのだろう。四種聖獣種での参加はケミティの獅子種だけのようだ。

 この場において夫人や令嬢たちの上に立つといっても過言ではないケミティは、ユフィの耳にそっと口を近づけた。


「大丈夫。私がお傍にいますから」


「!」


 ふっと小さく息を呑む。もしや情けない格好を晒してしまったのかと思って慌てるが、ケミティは微笑んだままそっと視線を動かす。それを追ったユフィの視界に映った人。

 背を伸ばして毅然と、けれどどこか心配そうに自分を見つめる優しい目。


 視線を逸らしてしまうと「ふふっ。頼まれちゃった」と笑みを含んだ声がすぐ傍から聞こえる。


「ケミティ様。その……ありがとうございます」


「仲間とは協力するものです」


 たった独りでただ耐え忍ぶだけだった。笑う声も嘲りも、近づくなんてできなくて。

 だけど――……。


「ユフィ様!」


「お久しぶりです。お元気そうでよかったですわ」


 言いながら来てくれたのは年頃の令嬢たちだ。披露目の夜会でも言葉を交わした見知った相手だが、全員の名前まで憶えられていないユフィは囲まれたことと出てこない名前にあたふたとしてしまう。それを認めてケミティが小さく笑いながら令嬢たちを宥める。窘められても令嬢たちから笑みは消えない。

 自分を囲んで皆が笑顔で。そんな令嬢たちにユフィもじわりと胸が熱く苦しくなる。


(胸が苦しい……。でも、痛くない。嬉しくて、でも、少し申し訳なくて……)


 小さくそっと拳をつくる。そんな様子を離れた場所からオルガは見守っていた。


 披露目の夜会でもユフィは精一杯頑張っていた。慣れない中でも自分から挨拶をして、時にしどろもどろになりながら。

 そんな姿をずっと隣で見ていた。令嬢たちとのお喋りのときも念のためと思って傍にいたが、だからなのか自分とのことに関して興味津々な令嬢たちに問われていてユフィは非常に狼狽えていた。

 さすがに屋敷で使用人のように働かせてもらっていますとは言えないし、かといって「妻です!」と堂々言えないユフィの心も解っているのだが、狼狽えているのがなんだか可愛くていじらしくて、尻尾をユフィに絡めないように必死に自制していたのはユフィには言えない。


 社交の場はその一度しか出ていないが、ユフィと令嬢たちとの関係はまず悪くはないようだ。

 しかし、今回は共通の敵がいるからという面もある。オルガは油断なくノーティル国側とユフィを見つめ、しかとケミティに視線を送る。ケミティも理解しているからこそオルガの視線にしかと頷きを返した。


 そんな二人の間に挟まれるユフィは自分の周りに慌てていた。


「あ、あの、えっと……」


「今日も素敵なお衣装ですね。妃殿下が見立てられたのでしょうか?」


「あ、えっと……アルヴェスター殿下がご用意くださって……」


「まあ殿下が! リジェイル殿下からお聞きしたのですけれど、アルヴェスター殿下ったらいつもユフィ様をお褒めになられているとか。ユフィ様は我が国のことも熱心に学んでいらして、城の皆にも必ず挨拶をして労いを忘れないと」


「殿下はユフィ様を美しく飾ることに目覚められたのよきっと! ユフィ様も自信をもって!」


「は、はいっ」


 ユフィの立ち位置についてすでに皆さまきちんと承知済みらしい。あまりに自然と言われるのでなんとか置いていかれないように、打ち合わせどおりに間違えないように注意しつつ受け答えをする。

 令嬢たちの会話はノーティル国陣営の耳にも入り、視線を向けながら小声で会話をする者もいる。


 ノーティル国陣営に聞こえているということは、オルガたちの耳にも当然聞こえているのである。


「……隊長。よく了承しましたね」


「殿下からのご命令だ」


 アルヴェスターからの命令でなければ。相手がアルヴェスターでなければ。今回の面倒な事情がなければ。――絶対に認めていない。

 自分で納得して、理解して、認めた。だから複雑な胸中になどなっていないし、それよりも重要なことがあるからこそ視線をノーティル国陣営に向けることも忘れない。


(さて、ヒーシュタイン侯爵家はどこだ)


 非常に残念なことに顔を知らない。ユフィの反応を見ていれば分かるだろうが、相手がもしもユフィに接触してくるならばこちらも動くことになるだろう。

 視線を鋭く強く、オルガは茶会を睨み続けた。


 令嬢たちや婦人たちも交えた会話をこなしながら、ユフィはそっと問うてみた。


「あ、あの……」


「あら。どうかされました?」


「その……。皆さま、ノーティル国の方々と何かお話などは……?」


 その表情が芳しくないことを示す答えになった。

 思っていたとおりといえばそうである。やはりうまくはいかないのだと解るからユフィも小さく息を吐いた。それを見た令嬢も肩を竦める。


「私たち、別に人間種誰でも毛嫌いするってことはないのよ。だけどあちらはあからさまなんですもの。分かってもらえるとは思えないし」


「そうねえ…。こればっかりはね」


 オリバンズ国にも人間種はいる。獣人たちは種族の違いを気にしない。

 互いが理解し合える道は決して簡単ではない。それはユフィがオリバンズ国に来ても変わらない現実。


 痛感し、思わず視線が下がった――そのときだった。


「ユフィ姉様。お久しぶりですわ」


「っ!」


 背筋を氷塊が滑り落ちた。急速に心臓が鼓動を早め、手に汗が滲む。


 優し気な声音そのとおりに浮かべられているだろう微笑みは見なくても分かる。けれど、それがいいことを招いたことなど一度もない。

 振り返らないわけにはいかない。呼吸を宥めながら、心臓を宥めながら、必死に自分を落ち着かせながら、振り向いた。


 頭に浮かんだとおりの微笑みがそこにある。品良く美しく、背筋を伸ばして、保たれた微笑み。

 けれどそれが、恐ろしい。


「っ、ぁ、お、お久しぶり、です……」


「まあユフィ姉様ったら、緊張しているの? せっかくの姉妹水入らずなのに」


 そう言って綺麗に喉を震わせる。けれどその音が、恐ろしくて仕方ない。

 その音を前に、何度、この身を震わせてきたか。


(震えが……)


 心は頑張ろうと決意しても身体はどこまでも正直だ。

 それでも必死に立って、ユフィは異母妹を俯き加減から見つめた。けれど、目が合いそうになるといつもの癖で逸らしてしまう。


『その醜い顔を向けないでくれる?』


 その音は今でも耳に残っている。だから、身に沁みついた行動は消えない。


「あら。ユフィ様の姉妹ということは、ヒーシュタイン侯爵家の?」


「ええ。妹のマリアンネです」


 ユフィの隣に立つケミティがマリアンネに微笑みを向けた。マリアンネも自然とその言葉に返答を返す。

 それを見て、ユフィは少し驚いた。


 獣人嫌いのノーティル国。マリアンネもそうだろうと思っていた。

 そうではないのかと思って――マリアンネの口許が僅か引き攣っているのが見えて、すぐに己の考えを打ち消した。


(ケミティ様に何か言うんじゃ……)


 そう考えて血の気が引いた。

 ケミティは社交の場に慣れない自分にどこまでも親切にしてくれた人だ。ドロシィが一緒だったときも自分を気遣って、楽しい時間をくれた。


 思わず、小さく一歩、足が出た。

 マリアンネがちらりとユフィに一瞥を向ければ、ユフィは足を引きそうになりつつも震える足で必死に堪える。そんなユフィを見てマリアンネは微笑んだ。


「ユフィ姉様はすっかりオリバンズ国の方々と仲良しなのね。王太子殿下とも随分と親しそうでほっとしたわ。ねえユフィ姉様? せっかくだもの。オリバンズ国のこと私たちにも教えてくださいな?」


「え……」


「ねえ? いいでしょう? 皆さん知りたがっているの」


 にこりと浮かべられたその笑みが。薄らと上がった口角が。

 嫌なほどに心臓を煩くさせる。


 ユフィに接触してきたマリアンネと交わされる会話。聞き逃すことのないオルガがすっと目を細めた。






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