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俯き令嬢は獣の騎士様から逃れられない  作者: 秋月


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29/52

29,式典の朝

「――…なるほどね。うんうん」


 ユフィの部屋。夜明けすぐにやってきたアルヴェスターに驚きつつも迎え入れたユフィは、その後ろにオルガがいるのを見て少しほっとした。

 室内にはエラゼ、オルガ、アルヴェスター付き護衛騎士が一人、扉の外に警備騎士が二人。そうして守られた室内でユフィはアルヴェスターと向かい合い、昨夜の事について話をすることになった。


 アルヴェスターは事前にオルガから報告を受けていたようで、いくつかの確認をしただけ。話の途中には一度オルガが扉の外の騎士と入れ替わることもあったが、すぐに戻ってきた。


「警備は一応外の目もあるんだけど、それをすり抜けたってことは魔法だろう。オルガ、そのへんは?」


「はい。さきほど報告を受けました。昨夜外の警備をしていたリークヴェルによると、人の出入りはなし。バルコニーの窓から見えた僅かな光と何かが動いた様子から様子を見に降り、事態を把握したと。犯人は捜しましたが魔法で消えられては追跡も難しく…」


「だろうな」


 ユフィの微かに驚いたような様子と、アルヴェスターの冷静な眼差し。二つを受けながらさきほど入った報告を行ったオルガは安心させるようにユフィを見て優しく頷いた。


(リークヴェル様も見張りをしてくださっていたんだ)


 誰がどこで警備をしているという詳細まではユフィは知らない。知るべきなのかもしれないが、そこまで聞くことができない。

 胸の内で感謝を抱き、会ったときにちゃんと伝えようと思っているとアルヴェスターがユフィに向き直った。


「ユフィ殿。魔法で瞬間移動ってどれくらいできるものか知ってる?」


「えっと……魔法は、各属性を組み合わせたり応用したりして使うこともできると聞いたことがあります。どの属性かは分かりませんが……ですが、応用は難しい上に組み合わせとなると魔力も相応に必要で、誰にでもできるものではないと思います」


「ってことは、そいつ自身が相当の使い手か、後ろにいる奴が相当ってことかな。うっわ。余計に面倒」


 相手にしたくないのかアルヴェスターが背もたれに身を投げ出す。道中でも見た「行きたくない」の態度にユフィも落ち着かずにアルヴェスターを見つめるしかない。

 目の前でおろおろするユフィに気づいていないのか、アルヴェスターはそんな体勢のままさらに問いを続けた。


「ユフィ殿が知る限りでいいから、それができそうな人物はどれくらいいる?」


「え、えっと……」


 問われ、思わず考える。


 母と暮らしていた頃はほとんど魔法など意識もしなかった。母も魔法が使えず、二人暮らしのときは全て自分たちの手でしていたから。

 村の人たちの中にもそういった人は少なくなく、魔法が使える人がいてもそれほど強力だったという覚えはない。


 強い魔力は、貴族や王族に多い。

 魔法を授けてくれる精霊王が、最初に魔法を授けたのが当時の国王だったから。だから、平民に魔力の強い者はそうそういない。


(貴族は……)


 浮かぶのは、ヒーシュタイン侯爵家の面々。誰もが魔法を使うことができる家だった。

 父である侯爵は魔法の強さを基準に人を見るような人物だった。その妻も子も似たようなもので、だからこそ、ユフィは家族ではなかった。


(旦那様の魔法はあまり見たことはないけれど、奥様やお嬢様はよく使ってた。ときどき強力なもので――……)


 思い出して、身体が震えた。

 もうそんなことはないのに体はどこまでも正直だ。


 思わずきゅっと拳をつくってしまうユフィをオルガは見つめ、アルヴェスターへ視線を向けた。少し不満を向けられたアルヴェスターは肩を竦める。


「ま、魔法は、その……生活上で使うことがあっても、それほど強力なものを多用することは、ないので……。魔力が強いと知られているのは、魔法師団長様や、第一王子殿下くらいしか……」


「あー、そういやそういう役職があるんだっけ? 優秀な魔法使いの集まり」


 アルヴェスターはぽんっと手を打ち「そうか。そういう奴なら使える可能性高いな」と納得の様子を見せる。そしてすぐに思案の様子を見せた。


「可能性ある人物がここにいるからなあ。ユフィ殿はオリバンズ国に戻るまでオルガから離れないように」


「はいっ」


「あんまりこっちから刺激したくないから。今夜ここにいることに不安なら夜会はキャンセルして帰ってもいいし、秘密で俺と部屋交換してもいいから」


「え。そ、それでは殿下がもしかしたら危険にっ……!」


「はっはは。そこは護衛を置くから心配なし」


 守られる側だが妙な自信が感じられる。胸を張るアルヴェスターに納得できるようなできないような心地でオルガを見れば、「お守りするのは当然です」とアルヴェスター付きの護衛騎士と一緒に自信に満ちた表情が返される。

 そういうものなのかと感じつつ身を引くユフィだがまだ少し首を傾げている。そんな様子にエラゼが小さく笑った。


「殿下の提案を実行するかは別として。ユフィ殿。今夜は室内にも護衛を置きますからね」


「え、で、ですが……」


「こればかりは俺も譲れません。俺にお守りさせてください」


「え、あ、でも……」


 ユフィの頭が下がり俯いていく。けれど視線は最大限上がっていると感じるからこそ、オルガもじっとユフィを見つめた。

 そんな優しい眼差しにユフィが否を訴え続けられるはずもなく。「…はい」と小さく頷けば「オルガの圧」「堂々言えるの殿下だけです…」とアルヴェスターとその護衛騎士がこそこそ言葉を交わし、オルガは物言いたげな視線を送った。






 ♦*♦*




 両国の停戦協定の式典。両国の王族が出席し、正式に停戦協定を発表。外交の話や夜会が開かれ両国の新しい一歩を刻む。


 その会場となるのがケリーゼン侯爵が所有する屋敷の一つ。

 両国の王族と多貴族を招くということで、屋敷には臨時雇いの使用人が大勢いる。しかし当然にその使用人たちはノーティル国の人間であり、オリバンズ国から来ている獣人たちには拒絶反応を抱いている者が多数だ。

 しかし、両国の式典となるとそうはいかない。


「オリバンズ国王太子殿下のご準備はあちらの従者方が行うとのことで、こちらの手は不要とのことです。……それで、もう一人いらっしゃっているユフィ・ヒーシュタイン様のご準備ですが、こちらから準備の手を一人借りたいとのご要望です。誰か希望者はいますか?」


 朝早い屋敷の使用人たち。中でもメイドたちは要望があれば招待客の身支度に配属されることも少なくない。その働きが目に留まれば新たな雇い先になるかもしれないため、メイドたちの中には積極的に手を挙げる者も多い。

 しかし今、出てきた明るい話に飛びつく者はいない。ちらちらと互いに視線を送り合いながらも誰も手を上げることはない。


 それを見て、メイド長もため息を吐いた。

 誰も望まないだろう。我が国から贈られた価値のない娘の支度など。


 仮に働きが目に留まっても行く先は野蛮民の住むオリバンズ国。ユフィが破滅すれば道連れになるだろうことは想像に易い。

 しかし、求められている以上人をやらないわけにはいかない。そう思いつつもう一度声をかけようとした矢先、メイド長の視線の先で手が挙がった。


「私がまいります」


「そう……? ではお願い」


 心変わりでもされれば面倒だ。そう判断してその挙手を受け入れる。

 手を挙げたそのメイドの傍では「ちょっと正気?」「獣人の中に行くのよ?」とこそこそとメイド仲間が考え直せと言わんばかりに言っているが、メイド長はすぐに「では次に――」と話を戻した。

 挙手をしたそのメイドが、きゅっと唇を引き結んでいるのに気づかずに。






 屋敷の廊下を歩く。足音は鳴らないが、五感が優れているという獣人には聞こえるのだろうかと考えながら進み続ける。

 すっかり夜は明けて朝食の時間も終わった。このあとは招待されている両国の貴族の夫人たちのお茶会と、国の中央にある人物たちで昼食を兼ねた外交話を行い、そのまま停戦を宣言する式典が開かれるという予定が組まれている。そして夜には夜会が開かれる。

 一日の予定は頭に入っているがそれは全体の流れであってユフィ個人の予定は知らない。今日一日身支度を手伝うならば把握しておく必要がある。聞いてみようと頭に刻みながら、緊張して足を進める。


 そして、その部屋が見えてきた。


 臨時雇いの者たちが足を踏み入れることなどまずない、上階にある客室の一室。

 その扉の前に立つ獣人の騎士が二人。見たところ一人は猫、もう一人は熊のようだ。


 獣人に近づいたことはない。動物的特徴がある全く別の人種だからか、それとも鋭く張りつめているからか、やはり緊張する。

 それでもなんとか自分を奮い立たせてその扉に近づいた。


 騎士の目が自分を見る。思わず唾を呑んでもおくびに出さず視線を上げる。


「ユフィ様の身支度の手伝いに参りました」


「話は聞いております。少々お待ちを」


 緊張のわりにすんなりと話がとおってほっとする前で、熊の獣人騎士が扉をノックした。

 すると、すぐに中から細く扉が開けられる。「準備の手伝いのためメイドが一人来ました」と簡潔に報告をすれば、一度扉が閉じられ、今度は人が入れるほどに開けられた。


「どうぞ」


 簡潔にそっけなく入室を許可したのは、黒い毛色の、整った容貌にどこか冷たい印象を抱かせる騎士。

 扉の前の警護騎士と対するよりも心臓が冷えながら、頭を下げながら室内に足を踏み入れる。傍に感じる黒髪の騎士の気配がどこか恐怖を掻き立てる。


 なんとか息を吐くと、今度は逆隣に別の人の気配を感じた。


「準備の手伝いに来てくださって感謝します。ユフィ様のメイドをしております、エラゼと申します」


「シーランと申します。本日はよろしくお願いいたします」


 ユフィのメイドと名乗ったその人は、驚いたことに獣人の特徴がなかった。ユフィが到着したときはじろじろと見ることもできず、従者たちは主の邪魔をしないよう屋敷へ入ったので気づかなかったのだろう。

 少しほっとしつつ、シーランは部屋の主に視線を向けた。


 儚げなその人は身体を固まらせて、どこか驚いたような様子をしていた。

 顔の左側は紐のついた見慣れない美しい包帯で覆った上に前髪で隠している。俯いている姿を到着から見ていたけれど、今だけはその加減が少し上がっている。

 服の上からでも分かる細い身体だがやつれている様子はなく、肌の調子も顔色もいい。ちゃんと食べてちゃんと休んでいる、その証拠だ。


 だから――胸が詰まった。喉の奥が絡まって、視界が滲んでしまう。


 目の前でユフィが立ち上がる。それを見た黒髪の騎士が何を思ったのか、瞬きの間にユフィの前に立つ。隣のエラゼもどこか困惑した様子なのが分かった。

 だけど。そんなことよりも――……


「っ、ユフィお嬢様っ……!」


「シーラン……!」


 ただ、目の前の彼女が元気そうであることが。出会えたことが。ただそれだけで涙が溢れて仕方がないのだ。






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