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死者と生者と恋煩い  作者: 葛生雪人
コトノハ
33/34

12.

     ***


 オンコトの女森にあるコトノハに会いたい人の名を刻み男森の大樹に捧げれば、その願いは叶えられると言う。

 可否を分けるのは、願う者の魂の清廉さと、どれだけその死者を想っているかということだとか。

 だとすると、ウキヨトは一つの条件は満たしている。

 しかしもう一つ、『どれだけその死者を想っているか』ということに関しては、限りなく『無』に近い。

「だから私に教えてくれ。お前がその娘をどれだけ想っているかを」

 本当にそんなことで叶うのかと疑念はあった。しかしカナギはもうそれにすがるしかなかった。

「ウルハシの村に住むスガソという者は、」

 カナギはできるだけ多くのことをウキヨトに伝えた。

 自分とスガソは同じ村で生まれた。スガソが生まれた六日後にカナギが生まれたから、まわりはみんな二人を双子のように扱って、どこに行くのも何をするのも一緒にさせた。

 たった数日の違いだというのに年上ぶるスガソ。成長するにつれ、これは仕方のないことだが、女子の方が成熟が早くて、カナギは置いて行かれるんじゃないかと気が気じゃなかった。

 並んでいたはずの背もあるとき急に離されて、いつか追いついてやる、追い越してやると思っていた。そしてスガソよりも背が高くなったなら、そのときには自分の気持ちを打ち明けようと思った。

 大人に近づくにつれ、他の男たちに取られるんじゃないかとヤキモキしていたことを。

 参拝者への振る舞いの日は、夜遅くまでスガソと一緒にいられるのが嬉しかったことを。

 例え墓地の掃除であっても二人きりであることに何かを期待していたことを。

 その期待通りにはならなかったけれど、自分のことを気にしてくれていたことに幸せを感じたことを。

「こんなのでいいのか?」

 語っているうちは熱が入りすぎて饒舌になっていたが、いざ振り返ってみると、ウキヨトとまともに顔を合わせていられないほどに恥ずかしいものだった。

「ああ、十分に伝わった」

 小馬鹿にされると思ったのに、ウキヨトは穏やかな顔つきでカナギの話を聞いていた。

「それではもう一度確認するが、お前はこの娘に会いたいんだな」

 カナギは迷うことなく首を縦に振った。

 わかった、と言ってウキヨトはコトノハに文字を刻む。色褪せたコトノハはまるで違う植物の葉のように見えて、本当にこれでスガソに会えるのかと不安になった。

 会えたとして、自分はそれを心から喜ぶことができるだろうか。参拝者たちのように『虚しい』というような顔をするのだろうか。

「それじゃあ」

 ウキヨトがコトノハを大樹の幹に当てた。

 風が吹いた。

 大樹はその胎内にコトノハを飲み込んだ。枝や葉が揺れるのは風の仕業なのか、それとも大樹自身が震えているのか。ゴーっと大気が唸る音は天災の前触れのようで、カナギをこれでもかと不安にさせた。

 だがウキヨトは涼しい顔で大樹を見上げている。

 もう決を知っているのかもしれない。

 美しい横顔を眺めていると、その口が明らかに笑んだ。

「良かったな。お出ましだ」

 参拝者たちに告げる決まり文句を口にしてカナギの顔を見た。

 大樹の幹にできた洞からスガソが姿を現した。それは紛れもなく二年前のあの日以前の姿をしたスガソだった。

「…………ああ、スガソ。会えた、会えたんだな」

 自分の声とは思えないほどに弱々しく発せられた声でスガソの名を呼んだ。

 スガソは微笑みこくりと頷く。

 やっぱり自分はスガソのことが好きなのだと、スガソとずっと一緒にいたいのだと痛感した。

 しかしどうしてか。

 話していくうちに心の中に小さな何かが生まれた。水をためた鍋の底から昇ってくる小さな空気の粒のように、ふつふつと、カナギの胸に現れる。

 それはやがて数を増やし大きくなって、沸き立つようにカナギの不安を煽った。

 これは確かにスガソだ。

 スガソとずっと一緒にいたい。それが自分の願いだ。そう思っていたはずなのに、カナギは今、願いを叶えた参拝者たちと同じ顔をしていた。



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