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死者と生者と恋煩い  作者: 葛生雪人
ひつぎもり
10/34

4.

         ***


 山を下り、麓の街で身支度を調えて、ギーベリは故郷へと向かった。

 支度のための金は、彼が棺に納められるときにジェナが用意していったのだと言う。

 ギーベリもジェナも、それほど裕福な暮らしをしていたわけではない。しかしジェナが用意した金は、衣服や食糧を買い、毎日そこそこの宿に泊まったとしてもまだ余裕のある額だった。

 それほどの金額を用意するのにどれだけの苦労をしたかと思えば申し訳なくて仕方なくなるし、そこにどれほどの愛情が込められているかと想像すれば嬉しくてたまらなくなった。

 そうやって、彼女への思いを募らせながら故郷への道を歩くこと数日。

 ついに知り合いと顔を合わせた。

 当然のことだが、彼らはまず一様に驚いて見せた。

 しかしほとんどが事情を聞き及んでいたそうで、驚きのあとにはもれなく歓喜の声がついてきた。

 しかし、そのうちの幾人かは、どうも様子がおかしいのだ。

「ところでジェナは変わらず元気でやっているかい?」

 喜びの再会のあと、笑顔でそう問いかけると、隣町に住む友人はばつが悪そうな様子で言葉を濁した。

 故郷が近くなるにつれ、そういった反応は多く見られるようになっていた。

 喜びだけで満たされていたギーベリの中に、ぽつんと、言いようのない不安が生まれていた。

 彼女に何かあったのだろうかと、悪いことばかりを想像してしまうようになった。

 ギーベリが死んで、こうして故郷に戻ってくるまでもう四年も経っていた。

 ギーベリ自身が昨日の会話の続きのように話しかけたとしても、よそよそしい態度で言葉を選ぶ人間もいた。

 そういうことに多少のずれを感じながらも、それでももうすぐ故郷に帰れるのだ、ジェナに会えるのだと、膨らみそうになる不安を必死に抑えてきたのだが。

 四年前まで日常を送っていたその町にたどり着くその間際、町の外で待ち構えていた親友の顔を見て、その努力は限界を迎えた。



「ジェナは西の町の男のところに嫁に行ったよ。最近、子どもも授かったそうだ」



 親友はそう言いながら、ギーベリが彼女を訪ねるの止めようとはしなかった。

 むしろ顔を見せて、恨み言の一つや二つ吐き捨ててくればいいとさえ言った。

 ギーベリは三日三晩悩んで答えを出した。

 幸い、路銀にはまだ余裕があったので、故郷に足を踏み入れることはできなくとも泊まるところに困ることはなかった。

 だが少しの後ろめたさはあった。

 この金を、せめて残った分だけでも彼女に返すべきだろうか。

 そう思い始めたら、せっかく清潔な寝床があるというのに、満足に眠ることができなかった。

 顔を洗おうと水瓶をのぞき込むと、疲れ果てた男の顔が映っていた。

 ギーベリは笑った。

 おかしいな。棺から出たばかりの時の方が顔色が優れていたな。

 そう独りごちて、また笑った。



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