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死者と生者と恋煩い  作者: 葛生雪人
ひつぎもり
9/34

3.

         ***


「そうか。僕は死んだのか」

 独り言のように言ってから、深く息を吸い込んだ。冷たい空気と甘い香りが複雑に混じりながら鼻を通り、喉の奥までたどり着く。

 心はおだやかになって、頭の中はヴェールを一枚脱いだように明瞭になった。

 ギーベリは不意にいくつかの事柄を思い出した。

「僕には恋人がいる。ジェナと言う名前だ」

 名前と顔を思い出すなり、胸が苦しくなった。自分の死のせいで悲しんだり苦しんだりはしていないかと心配になった。

 だがそれと同時に、ジェナに対する愛情が溢れ出してきて、愛おしさで胸がいっぱいになった。

「小さいころからよく知っていて、ケンカなんかしたことがなくて。自然と恋人という関係になってね。僕らはついに結婚の約束をしたんだ」

 おぼろげに思い出した話を証明するように、ギーベリの指には金の指輪があった。だが、不思議なことにギーベリの中には指輪を買ったという記憶はなかった。

 ううんと唸りながらもう少しだけ記憶を掘り返してみる。

 それでもやはり指輪に関する記憶は出てこない。自分で買ったわけでもないし、ましてやジェナにプレゼントされたというわけでもなさそうだ。

「当たり前だ」

と少女はぶっきらぼうに言った。

 その指輪は恋人同士が贈りあった誓いの印などではなく、甦りのための契約の証なのだと言う。

「指輪が? どういうことだい?」

 ギーベリが尋ねると、少女は有無を言わさず部屋から連れ出した。

 投げ渡された防寒着を身につけ、丸太小屋から出ると、そこは一面の雪景色だった。

 どこもかしこも真っ白で真冬のような景色だというのに、今は春なのだという。それももうだいぶ夏に近づいているらしい。

 たしかに雪があるせいでひんやりとはしているが、太陽の光は力強く照りつけていて、コートをしっかり着込んでいると汗ばんできそうなほどだった。

そうだというのにこの山の雪は年中溶けることがないというのだから、不思議なものだとギーベリは感心した。

 余計なことに気をとられているうちに少女は一足早く神殿の入り口にたどり着いていた。

 噂の通り神殿は小さく、そして淋しげだった。

「あれ? ちょっと待って」

 ギーベリは言って丸太小屋を指差した。

「小屋と神殿、くっついているじゃないか。もしかして外に出る必要なかったんじゃないの?」

「初めての人間は、正面から」

「それが礼儀ということ?」

 ギーベリが補うと少女はまたしても「そうだ」と答えた。その一言が、判で押したように毎回変わらぬ調子と表情で発せられるもので、ギーベリは思わず笑ってしまった。

 訝しげにギーベリの様子をうかがう少女に「なんでもないと」言いながら、小走りで彼女のもとへ向かった。

 ギーベリは自分とそれほど変わらない背丈の扉を開き少女とともに中へと踏み入った。

 陽射しが入り込む余地がないせいなのか、神殿の中は雪景色の屋外とは比べものにならないほどに冷えていた。

 防寒着のおかげで凍えることはなかったが、頬や指先に刺さる冷気には思わず眉をしかめてしまう。

 しかしそんなことがどうでもよくなるくらいの風景がそこに広がっていた。

 だだっ広い空間に、いくつも並べられた黒い棺。

 それ以外には何もない。

「これが【奇跡の棺】かい?」

 ギーベリは、入り口から最奥まで神殿内を貫くように敷かれた赤い絨毯の上をゆっくり進みながら、その両側に規則正しく並べられた棺を見渡した。

 どれも同じ色同じ形の棺だが、蓋が開いているもの、そして淡く光を放っているものが混じっている。

「蓋が閉まっているものは、甦りを待っている最中なんだね」

「そうだ」

「弱々しく光っているのは?」

「近いものだ」

「近い? ああ。甦りが……ということかい」

「そうだ」

「じゃあ、」

 ギーベリは立ち止まり、その場でぐるっと一周神殿内を見渡した。

「僕が入っていた棺は、どれだい」

 尋ねるべきか躊躇したが、やはり聞かずにはいられなかった。

 少女は無言のまま一つの棺を指差した。

 神殿の中程にある蓋の開いた棺だった。

 ギーベリは近くによって、その脇に膝をついた。

 恐る恐る触れてみる。

 立てかけられた蓋を見てみると、顔の辺りに当たる場所に小さな扉がついていた。

「ああ、ここから君が覗いていたんだね」

 そう言うと、少女はやはり「そうだ」と答えた。

 しかし今度はその一言では終わらなかった。

「その下だ」

 少女は蓋についた窓の、その下の方を指差した。そこには小さな丸い溝がある。

「新しい【棺の死者】が来ると、そこに指輪が生まれる」

「これのことかな?」

 ギーベリは自分の指にある金色の指輪を差した。

「そうだ」

「でも、溝は二つあるみたいだね。もう一つはどこへ?」

「甦りを願った者が持っている」

「僕の甦りを願った……。それは誰か、教えてもらえるんだろうか」

「もちろんだ」

 待っていろと言って、少女は懐から取り出した手帳のページをめくった。

 めくりながら、指輪について最低限のことだけを、短い言葉で話してくれた。

 死者の甦りを願う者は、いくつもの試練と儀式を経てこの神殿にたどり着く。

 そして棺に生まれた指輪を死者と、死者の甦りを願う者とで分かち合うことで納棺の儀が完了するのだという。

 指輪がどちらかの指から離れても甦りは実行されないという言葉を聞いて、どうしてか胸の奥の方がざわざわと浮き足だった。

「もしも指輪をはずしてしまったら、死んだ人はどうなってしまうの?」

「どこかではずせば死者は消える。棺の前ではずして棺に返せば、甦りはできなくても転生ができる。魂が消滅することはない」

「そうか。じゃあ、今僕がこうして甦っているということは、誰かが指輪を大切に持っていてくれているということだね」

「そうだ」

 この時ばかりは少女の断言が心地よかった。

「あったぞ」

 何ページもめくり、何人分もの名前をなぞって、ようやくギーベリに関する記述を見つけたようだ。

 そこにはギーベリの情報はもちろん、彼の甦りを望み今も指輪を持ち続けている者の名前が書かれている。

 ギーベリは願った。

 そこに書かれている名前が彼女のものであれと。

 小さな指が差した先。希望だけを抱いて視線を向ける。

「ああ、なんだ」

 そこに書かれた名前を確認して、ギーベリはぽつりとこぼした。

 全身の力が抜けたかのようにその場にくずおれて、自分を甦らせた棺にもたれかかった。

 ふうっと、重たい息を吐く。

 しばらく目を閉じ、溢れそうになる涙を必死にこらえてそれからようやく言葉にかえた。

「やっぱりこれは愛の印だったんじゃないか」

 そこには確かにジェナとあった。

 愛しい愛しい恋人の名前が書かれていた。






 ギーベリは喜びで満たされていた。

 あまりにいっぱいに膨れあがって、その身から溢れ出しそうなほどだった。

 だから旅立ちの時に少女が口にした言葉をまったく聞き逃していた。




「しかしその女は、あれから一度も神殿に来ていないぞ」



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