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胸付き 出撃 後編

 人の肉体など容易に「消す」ことの出来る口径と威力を持つライフルの引き金が絞られた瞬間、NRACが駆る戦鋼人のコクピットでは搭乗者が怒声を吐いていた。


「オラァァァァァァ!! 『胸付き』めぇ、とっとくたばりなぁ!! 」

「政府に飼われた機械娼婦が、NRACの勝利の為に消えなさい!!」

「よくも、よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくもっ!! 上から汚い物を見る目で見て、人を馬鹿にして!! 政府の奴らなんて糞共の集まりだ! そんな奴に加担する奴は許さない!! ここで消し炭にしてやる!」


 怒号、怨嗟、悲哀――深くて暗い沼底に似た、鬱屈とした憤怒が次々と吐き出される。それは彼らの悲惨な一面が物語る。

カッと目を開き、皺を中央に寄せ、歯を強く噛み締める。コクピットに同じ人が搭乗している事も構いなくNRACは操縦桿のトリガーを引く。

三面モニターにはそれぞれが使用するアサルトライフルの残弾数が赤字で表示されており、銃弾が発射される度にその数を減らしていった。

 衝動から発生した激昂で暗雲が雲散すると、喜色満面となって引き金を引き続けた。


「ひははははははははは!! なぁにが最新鋭機『胸付き』だァ、ブッ潰せばタダのガラクタじゃねぇか!! 俺達を雑魚だと調子コイたのが運の尽きだな! どうせリサイクルされるならよぉ胸でも揉んだ方がマシかぁ! 揉んだって硬いだろうけどよ!」

「大した事ないな! 俺達を驚かせても結局はタダの兵器よ!」

「これで『胸付き』もくたばって…………な、なああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 一斉掃射を行ったNRAC全員が驚愕の面を繕った。

鏡があれば己の間抜けな面が確認できるだろうが、彼らがそれを繕う理由も無理はなかった。

 何度トリガーを引いても、銃口が火を吹いても、華奢で薄そうな装甲に命中しても――数十ミリの銃弾は装甲を貫通しない。

 抉れもせず、貫通せず、破壊しない。

 何と「胸付き」はその身にライフルの銃弾を浴びながら、それらを全て弾いて平然と佇んでいたのだ。弾は装甲に必中した後、勢いを失って落ち一帯に転がる。硬度の高い物質に当たったのか大多数の薬莢の先が潰れていた。

 それでも女性型の戦鋼人に一つとして物理的損傷は見当たらなかった。


「な、な、な、な……何という性能だ。実弾を全て……は、は、弾きやがったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「胸付きは化け物なのか!? あんな薄そうな装甲で損害がないなんて聞いこともないぞ!」

「なぁに……!?」

「リ、リーダー、どうします! 胸付きの奴、ピンピンしてますよ!?」

「弾を喰らわなかった程度で狼狽えるな! 敵機はあの胸付きだぞ、摩訶不思議な性能があるくらい備わっていること念に入れているだろ!」

「で、ですが、あのナリで被弾してもオシャカにならないなんてありえませんよ!」


 それが道理だという事くらいリーダー格の男は既に察知していた。

人型機動兵器の装甲に関する防御性は戦車と同様で重量や厚さに比例する。各部位に充てられる装甲は厚さが増すほど銃弾の貫通率が低くなり、被弾も少なくなる。同時に重量も加わるが防御性が増す為には些細な欠点でしかない。しかし、中には複合装甲で軽量になりながら防御性を維持している類も見られる。

 国外で使用される人型機動兵器も防御重視に拘る設計が適用された機体が幾つか確認されている。

 ただ15mを超える二足歩行の兵器という設計上、どうしても被弾面積が戦車よりも多いのがネックになってしまう。戦車や戦闘機よりも巨大な兵器が容易に撃破されてしまっては意味がなく、近年では防御よりも回避能力を求められる機体が求められる傾向にある。日本では特にこの例が顕著で、より防御性の高い複合装甲を機体に薄く使用し、軽量化と回避能力の高い機体を運用しているのである。

 「胸付き」も同様の設計で回避を重視して軽量化された機体――と予想していたのだが、それは一瞬にして裏切られた。

 「胸付き」は――イノセント・ハダッサーは、その細身にライフルでは貫通されない無敵の装甲が施されているのだ。

 それでも敵機がいる手前、舐められてはいられまいとNRACは抗戦する。


「クソがっ! 実弾が効かないというのであればグレネード弾でもミサイルでもスマタにブチ込んでやれ! 太いモノなら女型も淫乱になって大喜びするだろうよ!」

「了解!!」


 残弾数が僅かになったライフルを捨て、今度は四連195mm短距離誘導弾筒を構えて照準を「胸付き」に定める。ライフルとミサイルランチャーが一体となったウーウェイは発射口を向け、誘導弾筒を装備してない残りの機体は腰部のHG-3Aハンドグレネードを持てるだけ掴み取った。

 弾筒や発射口からミサイルを露出させ、グレネードのピンを抜き取る。

 そして同時に発射と投擲が行われた。

 推進装置が点火し外界へと射出されたミサイルが定められた目標――つまりイノセント・ハダッサーへと高速で接近する。ピンを抜かれたハンドグレネードは弧を描いて、同じ対象へと落ちる。

 誘導ミサイルとハンドグレネードが一挙に集中し――


 ――ババババババババンッッッ!!!


 轟音と共に閃光が芽を開き、爆炎と爆風の花が周囲に咲いた。

 爆炎がイノセント・ハダッサーの体躯を全て包み上空へと黒煙を噴き上げる。爆発と同時にミサイルやグレネードの破片が飛び散り、火の粉と共にNRACの駆る戦鋼人の装甲に幾つか当たる。

 その中に「胸付き」の残骸も入り混じっていることであろう。

 ミサイルの威力もだが爆炎も相当なものであり、数秒を経ても炎は延々と燃え続けていた。

 それが敵機撃破の証とばかりにNRACは灼熱の炎を見守る。不安を拭い去った彼らの心中には安心が容器に入れられる水の如く充満していた。

 やがて炎が沈静化して白煙だけが上空へと舞い始める。


「ハハハ、強固な装甲を持っていようがそんなものは戦場では無駄だ。大体モデルファッションショーをする場所じゃないんだ、余所で自衛軍にでもチヤホヤされていれば良かったものを!」

「そうっスね! あの戦鋼人――『胸付き』なんて大した事ないっスよ。リーダー、そろそろ退却しましょう!」

「フン、そうだな。ついカッとなって派手に火花上げてしまったが、コレでは自衛軍に居場所を悟らせるようなものだ。跡を嗅がれる前にとっと退散す――」

「リ、リーダー!! ア、アレを!」


 通信映像に映る部下の一人が落ち着きのない声で呼びかけてきた。

 最新鋭の機体を破壊した、という功績に酔い痴れていたリーダー格の男が不愉快に返答する。


「ああ、なんだ? 馬鹿みてぇに大声出しやがって……『胸付き』は今目の前で倒しただろう……がぁ!?」

「え、えええええ!?」


 彼らが再び動揺の面を作り、間抜けた驚愕を漏らすのは無理のない事だった。そこに予想の範疇を超える事態が起きていたからだ。

 噴き上がる白煙の中からイノセント・ハダッサーの姿が現れたのだ。それも大破した姿ではなく全くの無傷で。

 爆発直後に舞い上がった爆発と炎で一部が煤けてはいたが、装甲に破損と損傷の箇所は全く見受けられない。何もなかったかのように佇んでいたのだ。

 「胸付き」との異名で呼ばれる女性型の戦鋼人は、名称で恐れられるに違わぬ性能を宿している。

 それをNRACは今ここで、自らの手で確信させたのだ。

 ライフルを発射し、ミサイルやグレネードで追撃しても倒れなかった敵機に、NRACの人員は震えずにはいられなかった。

 だというのに、彼らとは違い「胸付き」は対照的であった。

 寝違えた首を治すかでもように右手を首に当て左右に傾けている。その様子からは微塵も被弾したと思われるところが全く見られなかった。


「アーん、痛かっター!! ねェ瀬音聞いてヨ! アイツらのパーティ会場に来てダンスしようトしタらミサイル撃ッてきタ、しかモ容赦なク!! そノせいで私の機体が汚れタ! 結構オキニーのボディなのニ汚すなんテ、アイツら絶対に許サない!!」

「いくらアイリスが注目されるような淑女でも、こんな場所でダンスに誘ったら紳士でも踊る気にならないよ。それに相手は紳士でもないし」


 頭に大きいバツの形をした絆創膏が貼られたアイリスが頬を膨らます。

「XGF-01a I-lis」――エステル・インダストリー社が開発したAIガイドプログラムで、ハードウェアが機体に内蔵されている。

 彼女はイノセント・ハダッサーの頭脳にあたる役目を果たしており、GUIグライフィカルユーザーインターフェースとして機体制御と搭乗者のサポートをするだけでなく、人の中枢神経である脳髄として演算処理を行っているのだ。

 彼女にとって「胸付き」とは人間の肉体にあたり、言うなればアイリス=イノセント・ハダッサーという事になる。

 共存関係ではあるが、コンピューター上の3Dグラフィックで描かれた美少女のGUIなので痛覚は発生しない。我が半身、という事もあり被弾時に生じた衝撃を痛みとして捉えているのだろう。


「むゥ~、せっかク私の華麗ナダンスを披露しヨうとしてタのに~。瀬音、コイツら全員さっサとやっつけヨうヨ!」

「元からそのつもりだ。でも敵機は強奪された機体、なるべく破壊しないように避けないと。できるよね、アイリス?」

「モチロン! アイリス、悪い奴ラ皆やっつけル! 第一世代のメカなんてドッカドカのバッキバキにしテ潰す! その後にパイロットを引き摺り出しテ、グシャグシャにすル!」

「……それだけは絶対にしないで」


 これから起きるだろう出来事の先の惨事だけは避けようと誓った瀬音であった。

 先に歩を進めていた右足と左足を揃え、「胸付き」のデュアルアイがNRACの戦鋼人を視界に捉える。数十ミリの銃弾をまともに受け、更に威力のあるミサイルを直撃しても倒れない機体を前に慄いているのがわかる。

 コクピット内の設備の光をヘルメットに反射させながら、瀬音はパネルのスクリーンにタッチしてスクロールする。そこにはアイリスの姿はなく、「Sub weapon CIWS Skewer lance charged particles phalanx」と表示されていた。

 頭部に装備されたCIWSの照準を前方に立つNRACの戦鋼人に定める。


「リーダー、アイツがCIWSを俺たちに撃つつもりっすよ!! どうします!!」

「ハ、ハハッ! ど、どこまでも我々を舐めた真似をしやがるな……だが、たった30mmのガトリング砲で戦鋼人を撃破するなど笑わせてくれるな!」


 アメリカや日本、欧州やその他多数の国々で開発された戦鋼人には、頭部か胸部のいずれかにCIWS(close in weapon system 近接防御火器システム)が内蔵されている。元々は艦船に搭載された対空迎撃機関砲で、艦船を目標とするミサイルや戦闘機に対する艦載兵器である。

 汎用性を重視された人型機動兵器においても、誘導ミサイルの迎撃兵器として搭載されており、様々な戦況でその役割を果たしている。

 口径は20mm~40mmの物が多く、対空砲としては些か頼りない。ミサイルや戦闘機であればその性能を十分に発揮するものの、戦鋼人相手では装甲で弾かれてしまう。陸戦においては敵機のメインカメラを潰すか、疲弊した機体を狙うか、或いはライフルなどの武器を破壊する程度が精一杯である。

 だから「胸付き」に内蔵されているCIWSもそこまでの威力を持つものではないだろう。NRACはそのように考察していた。

 ――それが油断である事に気付かずに。


 「くらエっ!! ビィィィムゥゥゥガァトリィィィィンンングゥゥゥ!!」


 アイリスが叫ぶと同時に瀬音がトリガーを引いた。二門の砲身が火を吹く。

 照準の対象となったNRACは一瞬ではあるが懐疑の念を浮かべただろう。6砲身のガトリング砲から放たれたソレが実弾ではなく、マゼンタ色に輝くエネルギー体だという事に。

 一定間隔で発射されるエネルギー体が丸みを帯びた形から針に変わると、数機の戦鋼人の脚部の関節に直撃した。

 そして各機の関節を穿ち、溶かし、砕き、壊し、貫いた。


「なぁ!?」

「あ、足がやられただとっ!」

「うわ、うわああああああああああああああ!!」

「お、落ちる!」


 通信映像から仲間の驚異に塗れた叫びが轟く。

 関節部を大破された機体が片方の支柱を失って崩れ落ちたのだ。

仰向けに倒れた機体のうちの数機が、頭部のセンサーを消灯させてしまい、戦闘可能の状態に陥る。残りの数機は片足を引き摺った状態で銃火器を手にするものの、追撃でエネルギー弾に貫通され全て爆散した。

 機体が地面に勢いよく転倒した衝撃の影響もあり、そのまま意識を喪失してシートに寄り掛かる部下が何人か現れた。命に別状があるというわけでもないが、戦力を削がれてしまっては痛感すべき事態である。


「くっそ、やられちまった!! 何なんだ、胸付きの武装は!? 豆粒みてぇな光に機体がやられるなんて!」

「馬鹿な……胸付きはCIWS程度の火器で機体の装甲を貫く威力を持っているのか!? だが、あの光は……」


 NRACの一人が、機体のメインカメラで記録した映像データを三面モニターの左方に映す。そこには頭部に内蔵されたガトリング砲を発射する「胸付き」の姿があった。

 マゼンタ或いは桃色とも例えられる光が、志を同じくする者の機体を破壊した。明らかに実弾の類ではない。頭部から排莢された様子も形跡も全く見当たらない。

 実体を持たずにレーザー光或いは粒子だけで装甲をも貫通する事が可能な兵器。NRACが示した疑問の通り、「胸付き」は所有しているのだ。

 しかし、レーザー光では装甲を貫通する威力を持つには乏しい。そもそも破壊力のあるレーザー光を発振する装置や動力源が小型化に至ってない。完全にSFの類である。

 

 ――では荷電粒子を用いた兵器か? 

 それも武装としては考察される範疇にはない。レーザー光よりも遥かに壮大で、大量の電力を消費する代物だ。SDI構想にて開発が行われていたらしいが、失敗に終わったと聞く。理由は至って明快で、コスト面と戦略面からそこまでの巨大な兵器は要求されないと見做されたという。

 荷電粒子にしてもあり得ないのだ。無い物は実証されようがないのだから。


 ――だが。

 もしもの話だと仮定しよう。時のアメリカ大統領によるSDI構想が失敗に終わった後も続いていたら?

 仮想の敵国であった旧ソ連の崩壊後もSDI構想の兵器開発が行われていたとしたら?

 巨大な質量を持つ兵器の小型化が進み、それが一般的な兵器に内蔵できる程度の物に変化していったとしたら?

 それが現段階で最も高性能の戦鋼人である「胸付き」に内蔵されているとしたら?

 全身にゾワゾワと悪寒のような気持ち悪い感覚が走る。


「ま、まさかな……ビーム兵器とかそんなの空想科学かよ」


 ぬるい汗が頬を伝う。

 もし「胸付き」の武装に関する判明材料がNRAC側に揃っていたとしても、時は既に遅かっただろう。解析していなくても結果は同じだろうが。

 コクピットを包む装甲を以てして彼らは再び味わう事になる。『胸付き』との性能の差を。


「来るぞっ!」

「ヘ、ヘヘ。来るってんならとっと見せやがれ! 次は避けてやんよ!」


 イノセント・ハダッサーが両腕を前に突き出し、その先をNRACに伸ばす。差し詰め照準を定めたつもりか。

 すると腕部の装甲が展開され、中から二門の砲身が伸びて姿を晒す。その口径は彼らが搭乗する機体が持つアサルトライフルと同様の90mmである。

 その砲身の中から頭部のCIWSと同様の光が徐々に収束する。


「フフ、驚いタ? 絶対に驚いタよネ! アイツら絶対にマヌケな顔しテ戦慄シてるワ! いい気味ィ!! 一世代如きの人形がイノセントに立ちはダかロうなんテ100テラバイト早いわ!! 喰らイなさい! ビィィィィィムゥゥショォォォットォガァァァァァァァァンン!!」

「盛大に叫んでも撃つのは僕なんだけどね」


 ケラケラと無邪気な稚児の如く笑うアイリスが必殺技でも言うばかりに叫び、同時に瀬音が操縦桿のトリガーを再び引いた。

左右の腕部の砲身――合計四門にもなる砲身からマゼンタの光が球体に固まった状態で発射された。それは頭部のCIWSよりも急速でNRACには当然躱しきれるものではなかった。恐らくは脳から全身に信号が行き渡ることよりも速いくらいか。

 鮮やかな色彩を持った光の球体は直進し、撃破の対象となるNRACの戦鋼人へと意思を持つかの如く狙う。CIWS程度で脚部やライフルが爆散・溶解するのであれば、光の球体は機体を抉り取る又は削り取るのではないかと恐れた。警告音と危険信号がいくらコクピットに鳴ったとしても時既に遅い。


「う、うわああああああああああああああああ!!!」


 一方的に嬲られる――彼らとて自衛軍を相手に一方的ではあったが――事で焦燥が更に募る。

 だからこそ彼らの予想は外れたものになったのだろう。まさかマゼンタ色に輝く光の球体が突如として分裂するとは予想しまい。

 分裂した光は束ねられた矢の如く、或いは驟雨の針となって拡散しNRACの戦鋼人の群に真横から降りかかる。

 『胸付き』の頭部から発射した、光を纏ったCIWSが「部分を貫く」という事なら、腕部から発射した光の球体は「機体全体に浴びせる」事だった。無数の粒と変化して降りかかった後、数機の戦鋼人の装甲が焼け爛れる。熱波を浴びたせいかメインカメラのモニターが破損した機体も現れた。

 CIWSと違い、今度の攻撃は機体を戦闘不能に陥らせるものではなかったが、被弾してまともに戦闘を続けられる機体が少なくなった。


「うう……たった一機ごときにこれだけの被害を受けるとはなんて機体だ……これが『胸付き』の能力か!」


 イノセント・ハダッサーに秘められた能力、恐らくはビーム兵器である。多くの荷電粒子を収束させて一気に放出させる。そうする事で荷電粒子は装甲をいとも容易くエネルギー体と変化する。

 だが、ビーム兵器は高出力で多くのエネルギーを消費し、その割に多大な効果を得られるというわけでもない。ドカ食いしすぎて兵器として使用するにはデメリットが大きいのだ。

 かつての兵器開発案では、仮想敵国に対する脅威として荷電粒子を用いた兵器が運用される予定だったが、コストとデメリットにより頓挫したという。その代わり、核攻撃に対する安全対策が生み出されたわけであるが。

 「胸付き」に内蔵された兵器が過去の兵器開発計画にあったものの延長線にあるとすれば、実用に耐えない高出力のビーム兵器を装備していても不思議ではない。

 戦う前から勝敗が決まったようなもので、これ以上抗戦しても機体が大破するだけである。


「く……ふざけるなよ、私にだってそんな機体を手に入れたら、自衛軍の奴らなんかあっという間に蹴散らしてやるんだ。強い戦鋼人に乗っているからって私たち弱者を舐めるなぁぁぁぁぁぁ!!」

「お、おい! やめるんだ!」

「無駄でも足掻くだけ足掻いてやります! 私達が最後まで徹底抗戦せずに誰が続くのですか!」


 被弾した戦鋼人の中で小破に留まった機体――新ソ連で運用されているガングードが飛び出し、左腕部からソビエト国旗の鎌を模した近接破砕鎌「обб-262D-2シアポ・パラボニカ」を引き出す。それは新ソ連の人型機動兵器において両腕部に内蔵された基本の近接武装で、打撃を与える事で相手の機体の一部を寸断し、一点だけを貫通して致命傷を与えるという武装である。複数の金属を混合させて開発されたとされ、新ソ連ではその手軽さから一般的な武装として使用している。


「いくら実弾が効かない無敵の装甲を誇ろうが、コイツで刈れば『胸付き』なんかぁぁぁぁぁぁ!!」


 地を大いに鳴らして女性型の戦鋼人に迫るガングード。二つのラインカメラアイが倒すべき敵を見定めて鎌を振り上げる。一方でデュアルアイの敵機はガングードをただ凝視するだけであった。


「フーン、まダやる気みたいネ? どンなに足掻いても負けルとわかっテて戦うんダから、人間の感情って意味ワかんナーイ」

「……そうでもないよ」


 その言葉に瀬音の右手が一瞬だけ震えた。

 オールスクリーンモニターの前面に鎌を振り上げて此方に襲い掛かろうとするガングードを補足する。その様子からは躍起になって装甲に一撃を与えようとする搭乗者の意思が読み取れる。

 男か女か、どちらかは定かではないが敵側にしてみれば、此方が絶対的な仇敵に見えることだろう。テロリズムの思想に同調しているわけではないだろうが、例え大破して爆散しようが彼らには「胸付き」が憎いのだろう。

 しかし彼らとて日本政府に反抗する組織NRACの一員。どのような状況から賛同し、反政府活動に参加したのかは兎も角、彼らの行動を抑えなければ混乱を齎すのは目に見えている。

 例え小規模であろうとも。


「絶対にやらせない!」


 瀬音がシート脇のパネルを操作して、中距離の武装から近接武装での戦闘に変更する。

 すると胸付きのスカートの様なサイドアーマー両方の上部からウェポンラックが展開され、その中からフォールディングナイフ型の近接武装が射出された。

 まずは右腕の肘をゼロ距離に迫ったガングードの胴体に勢いよく当て、振り上げからの打撃を阻止する。要は当て身である。

 人体でいう急所というものは存在しないが、鳩尾にあたるコクピット部分に直撃したせいか敵機がよろけたのを捉える。


「うぐああああああああああああああ!! コイツ、逃げないと思ったら!! 悉く馬鹿にして!」


 操縦桿を前に押し出しアクセルペダルを踏まなければ倒れる。そうはさせまいと背後に左足を後退させて支柱にする。直後、全身に激しい揺れが生じ、搭乗者に強いGがかかる。


「くぅぅ!! で、でも、こんな圧力ぐらい……『胸付き』に一矢報いる為なら全然へ――!?」


 ガングードが体勢を直した時にはイノセント・ハダッサーが自機との間合いを詰めていた。それも此方が完全に反撃できない程の近距離だった。三面モニターには自機の危機を告げるアラート音がけたたましく鳴っていた。

 そして手には――フォールディング型のナイフが。

 次の瞬間、右手に握られていたナイフの刃が頭部に突き刺さった。


 ――ヂュイイイィィィィィィィィィン!!!


 ナイフが頭部のメインカメラに突き立てられると同時に、火花が辺り一帯に飛び散る。刀身が頭部の中枢まで刺さり、後頭部から刃先が飛び出る。


「うわあああああああああああああああ!! や、やられるぅぅぅ!!」


 頭部のメインカメラが大破した影響で外部との接続が寸断され、三面モニター全てにノイズが走る。サブカメラが辛うじて生きているが、それでは相手との間合いを察知するには頼りなかった。

 頭部に内蔵された通信機器が破壊され、仲間との通信手段を失ったガングードのパイロットは、「胸付き」が次に繰り出して狙うと予想される部位を脳裏に浮かべて恐れ慄く。


「そ、そんな私……どうすればいいの!? 足掻くだけ足掻くと言った手前、引くことも後退することもできない! でも今コクピットの外に出れば間違いなく――」


 ――フォールディング型ナイフの刃で殺される!!

 その事実に体が震え、腕を交差して肩を持ち、最期の時を迎えたくないとばかりに首をブンブンと振る。

 しかし、その状況を伝える者や知る者などいない。搭乗者の不安を傍受するものはいない。ただ外部ではNRACの駆るガングードが、女性型の戦鋼人に攻撃を受けているという状況に陥っているとしか理解できないだろう。

 サブカメラに再び「胸付き」の姿が映り、今度は左手に握られたナイフを突き出すのを捉えた。しかも胴体の装甲に向かって。


 ――ヂュイイイイィィィィィィィン!!


「きゃあああああああああああああ!! やめて、やめて! 来ないでええええええええええ!!」


 高周波振動剣の類に相当するナイフが胸部装甲を切り裂き、三面モニターを破壊して刃がコクピットに到達した。刃先とシートの距離は僅かなものであり、数十センチ近づけば触れるだろう。もしパイロットの肉体にナイフが触れたとなれば、五体満足どころか肉片になってしまうであろう。

 彼女とて本望ではない。NRACが持つ反政府思想や活動には共鳴したが、命を投げ出してまで行動するような精神に至っているわけではない。

 だからこそ生存本能に従って警鐘を鳴らさんばかりに悲鳴を上げていた。


「アラ、ガングードのパイロット女の子みタいネ。フフ、可愛い声上げチゃっテ! どうスる、瀬音?」

「? どうするも何も僕はコクピットまで破壊しろとは言ってないじゃないか。それとも問題が――」

「でーもーネ、中のパイロットの娘がさァ……よく見たラアイリス程ってないケド超絶可愛いノ。それでネー」

「……何に嫉妬しているのさ。作戦行動中でも搭乗者になるべく傷を負わせない、その為のイノセント・ハダッサーでしょ」

「プー、私が聞きたイのはそウいう事じゃないノに。まぁ、いいワ。瀬音が言うナら助けてあゲる!」


 ――まさか、殺る算段だったのであろうか? 

 と、瀬音はアイリスに問う事はしなかった。あくまでコンピューター上でプログラミングされた仮想の人間とはいえ、気紛れで判断する彼女に余計な詮索をしてはならないと察したからである。

 「胸付き」はそれ以上ナイフで突き刺す事はなく、弧を描くように胸部装甲を切り裂いた。形の整った円が出来上がると装甲がぽっかりと空き、中のコクピットが露わになる。

 ガングードのパイロットは、敵機がフォールディング型ナイフをサイドアーマーに収納した様子を見て漸く落ち着きを取り戻す。


「え、え、え? 私、助かった……?」


 キョトン、とした顔つきで現在起こった状況を飲み込もうとすると、戦鋼人の人差し指がガングードの頭部に触れる。


「デも、こうシてあゲる。エイッ!」


 指で頭部が弾かれ、ガングードがそのまま背後に転倒した。要はデコピンで敵機を弾いたのである。


「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」


 転倒する直前、ガングードのパイロットの絶叫が聞こえたが、その全ては暗闇の夜空の彼方へと木霊していった。機体が転倒した瞬間、コクピットに激しい衝撃が加わっただろうがパイロットは恐らく大丈夫だろう。彼女の身体が軟に出来ているものでなければ。


「ぬぬぬぬぬ……くそぅ、『胸付き』めぇ、我々を愚弄したままで終わると思うな! 一撃でも傷を与えられなかったのなら俺がやるまでだっ!」


 ガングードに搭乗していた部下の情念に絆されたのか、NRACのリーダー格の男が操縦桿を前に押し出す。部下が為せなかった代わりに為そうとしているのか。

被弾していた戦鋼人の中で、第一世代後期モデルの烈風が腰部に装備された「斬鋼人」を握り締めて前進する。

 「斬鋼人」とは打刀を模した高周波振動剣の一種で、近年、近接格闘を重視するようになった日本の開発過程で生み出された武装である。装甲を貫通するライフルとは違い、此方は装甲を切断し、尚且つコストが低い。射撃兵器の弾丸のコスト調整という役割もあり、本の戦鋼人では一般的な武装となっている。新ソ連のシアポ・パラボニカとは重量が大きいが、その分装甲に与える威力も大きい。「胸付き」の装甲を砕くだけの威力はあるだろう。


「その鋼の身体、俺の手で傷モノにしてくれる! てやああああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 斬鋼刀を振り上げた烈風が「胸付き」目掛けて突進する。その勢いや猪突猛進といったもので躱さなければ強烈な一撃をお見舞いされる事だろう。

 それでも尚、イノセント・ハダッサーは動じる様子すら見せない。


「ハァ~ア、今日は私のイノセントちゃんニ乱暴な告白する輩が多いワねぇ。確カにスタイルは抜群だカら惚れル理由もワかルけどさ~。デモ、そういウのハ――」


 烈風の一撃が繰り出され、真上からの振り下ろしがイノセント・ハダッサーの頭部を直撃しようとする。

 だが、その前に機体が屈み――。


「オ断りよッ!」

「ぶふぉおおおお!?」


 ――右アッパーが頭部に直撃した。

 必中した頭部のメインカメラが藻屑となり、中身の精密機器や胴体から首を経由して供給される25mmガトリング砲のベルトリンク給弾装置が飛び出る。ガングードと同様に大破したのだ。

 「胸付き」の攻撃はまだ終わらない。振り下ろしで烈風が前面に向かっていたところで胴体を受け止め、股間を掴んで50t以上も重量のある機体を楽々と担ぎ上げる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!? な、何だ何だ! 機体が空中にぃぃぃぃ!!」


 人型の機動兵器としての設計上マニュピレーターや運動性は人に沿っており、質量の大きい物体を持つ事は可能だが、流石に戦鋼人を持つ機体はいない筈である。そういう意味では「胸付き」の運動性能を物語っている。

 パネル内でアイリスが敵機を圧倒した事により、満足そうな微笑み――小悪魔的な笑顔であるが――を浮かべ瀬音を見やる。どうやら担ぎ上げた戦鋼人の所存を確認していたようだ。

 瀬音は何も答えなかったが、その瞳にはとある意思が明示されていた。


「フーン、瀬音はそうイうつもりなノね、ちょっとガッカリー、でもォ瀬音の為ナらアイリス何でモ聞いテあげル! というワけでガラクタになっチャえェ!」

「な!? うわあああああああああああああああああ!!!」


 そして烈風をNRACの戦鋼人の群れへと投げ捨てた。被弾で膝を地に着けていた瑞雲二機の真上に落ち、部下の戦鋼人を下敷きにして倒れる。諦めまいと起き上がる様子を見せる烈風だったが、間もなく機体の動作が完全停止した。


「こ、これが『胸付き』の……イノセント・ハダッサーの性能……なんて性能だ……」


 女々しい体型ながら雄々しく佇む一機の戦鋼人。数機の敵を目前にして臆さず、髪に似た繊細毛を靡かせて華麗に捌く姿はまさに戦女神であった。

 NRACとの接触からおよそ数分。複数の戦鋼人を相手に完全撃破する時間として早すぎる経過だった。


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