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聞こえない産声 KL-198

2065年 5月5日 時刻??:?? ??エリア??ブロック ???

 

 施設内の最奥部。白衣を着た如何にも研究員らしき風貌の男性は、老眼鏡を設備の電源で光らせながらPCの画面を凝視していた。

 口元には皺を寄せて笑みを浮かべている。その皺の多さから初老と窺える。


「やはり今回の『娘達』は良い仕上げになった。細胞の段階から受精卵に至るまで何もかもが良好だ。デオキシリボース、リン酸、塩基の構成が実験の過程でうまくいったのが功を成したようだな」

「ええ、これまでに様々な失敗や苦労がありましたが、これでようやく我々が報われるもの。実に喜ばしい」

 

 傍らに老眼鏡をかけた男性とは対照的な肥満体質の、これまた研究員らしき風貌の男性が寄り添っていた。どうやら、この施設内での同僚らしい。


「そうだな、後は最終調整が終われば仕事は終わりだ。直に『作品』も目覚めて日の目を見られるだろうよ」

「もう少しの辛抱、か……休むにはまだ早いということですな」

 

 研究員の会話には所々怪しいものが垣間見られた。

彼らは室内に置かれた設備の管理責任者として確認しているようだった。画面には英字と数字が並べられた管理コードのナンバーがいくつにも表示されており、それぞれ管理状態が良好な青を示していた。

 室内には巨大な設備がいくつにも並べられており、彼らを取り巻くように均等に配置されている。それは人体が容易に包み込める程の容量を持った円筒形のケースで、中身は有色の液体で満たされていた。おそらくは培養槽だろう。

 

 

 


 しかし、培養槽に入っているものは――。





「最初は驚いたものだ。あんな若造からこんなものの製作技術を持ち込まれた時は、頭がイカレているのかと思ったが案外と出来るものだな。或いは我々もイカレているのかもしれんな」

「科学者はみなそういうものですよ。『正しい常識』を持つ凡人と違って、何本か頭のネジが外れていなければやっていけませんよ」

「フン、君もそう考えるか。だが我々がイカレているのだというなら、寧ろ神のなせる業を確立してしまった世界がどうかしているよ」

「ハハッ、違いないですな」

 

 肥満体の男が培養槽と思われるケースの大群に視線を向けて続ける。


「それにしても……この『娘達』が目覚めた後はどうするのでしょうかね? メガフロートに二百体毎まとめて輸送すると話は聞きましたが……」

「そんなもの我々の関知する領域ではない。我々はただ『小娘』を製作する事だけを任されたんだ。『小娘』らがどんな扱いで何の目的で使役されるかは微塵も興味がない。大体、処理は一切関知しない条件でこの研究に参加した筈だろう。それにメガフロートから本土に態々戻れたんだ、余計な手出しをして藪蛇にならないよう黙っていればいいんだ」

「メガフロートでの生活は悪くはなくとも、あまり良い環境ではないですからな」



「あんな浮島、二度と住むものかっ!」

 


 老眼鏡をかけた男が思わず激昂し、肥満体の男がビクリと震えた。その後に男は冷静になって暫く沈黙する。



「……………………すまない、少し興奮してしまった。まぁいいさ、本土で住処を得る為にもお互い精々頑張らないとな」


「そ、そうですねぇ。ここも物騒になってきたし、早々と立ち去らねばなりませんな」

 ごく僅かにではあるが施設内の一部が揺れており、外では絶え間なく騒音が響いていた。まるで夏祭りの花火のような喧しさである。


「ここら一帯で自衛軍とNRACの奴らが交戦しているんだろう。なぁに、あの若造が差し向けたのだから我々は何も臆する必要はない。完成の時を待つだけだ」

「そうですね、後は『娘達』が目覚めるまでの仕上げでしたな。しかし……」

 

 肥満体の研究員がやや憂いを帯びた面で培養槽のケースに手を伸ばし、太い手でガラスにそっと触れた。ケースの基部には「KL-149」と記されてある。


「この研究もそろそろ終わりとなると寂しいものですな。『娘達』とも別れるとなれば尚更というもの……」

「おい、まさか小娘らに情が湧いたとか言うのか。寄せよ。人形みたいで気味が悪いし、同じ顔で見られたらと思うと鳥肌が立つぞ」

「いいじゃないですか。同じ細胞から生まれたとはいえ個体差があって可愛いですよぉ。髪の質や長さ、身体の成長具合、美しさ……どれを取っても個体差があって素晴らしい。手塩にかけた『娘達』だからこそ可愛げがあるものです。まるで父親の気分ですよぉ」

「……独身で娘などいる筈もないのによく言えるな……呆れたとしか言えん」

 

 独り身どころかこれまでの人生に付き合った人などいない、と悲しい告白を聞いていたのを相方は思い出していた。

 当初はそれを哀れとは感じず、寧ろ彼を形作る要素の一部として受け取っていたが、こう聞くと気が引けてくる。

 その辺りが彼らの言う所のイカレた一面なのかもしれない。


「特にこの娘……培養体KL-149はまさしく私の好み。このショートカットと膨らみかけのスタイルが範疇というかタイプですねぇ。目覚めたら父親の様に慕われたいなぁ」

 

 まるで年頃の女子を視姦する者の言い方で気持ち悪い、と老眼鏡の男は内心侮蔑の意を示す。


「気持ちの悪い事を言うな。それにどうせ引き渡さねばならんから、その夢も叶わんぞ」

「オジサンの戯言ですから聞き流してください。ああ、そういえば若松さんは何番目の子が好みですか?」

「それを私に聞くのか。やれやれ貴様の嗜好にはついていけんな……」

「まぁまぁ、それで何番目の子が好きなのか言って下さいよぉ」

「そうだな、私は……」

 

 相方の趣味嗜好に付いていけないとは思うものの、仕事の合間の余興くらいは良いだろうと男は考えていた。

 そもそも、この仕事――服装からにして研究員である事は定かであるが、彼らがどのような研究を行っているかは不明である――は実質的には休みという概念がない。常に研究に関する実験や作業の連続で身が休む事はない。睡眠は仮眠の連続でまともな睡眠はあまり取っていない。

 尤も、現代の日本において、もはや国家全体が社会を維持するだけの歯車に過ぎなくなっているのは事実なのだから仕方のない事だろう。

 仕事も依頼主から作業の過程を教われただけで、指示を乞わないと行程が滞る事も頻発した。この施設、もとい研究所も依頼主なる人物が提供したもので、ここに閉じ込められるように住んでいる。研究用と生活用の物資がなくなることはないが、外出は禁止されており日頃閉塞感が付きまとう。

 そのような環境下で、研究とはいえ労働に就くのだから、退屈と疲労感が蓄積されるのも致し方ない。

 老眼鏡の男は、ストレスで相方の話に付き合う気はなかったが、長期間を経て愈々出来上がった作品の成果に関心を向けるのも悪くないと諭した。

 そして右手の人差指を一方に向けた。そこは彼らの立つ空間の中でも最奥の方角だった。そこには培養槽が5機程置いてあった。


「アレだ。あの真ん中にあるやつだ……KL-198」


「ああ、奥のやつですね。ええと確かKL-198……KL-198……あの成長が最も遅い培養体ですか。あまり良い仕上げとはいえませんよ? それになんか……えーと好みなんですか?」

「馬鹿を言え、貴様のような思考で選んだわけではない。単に私の娘に似ている気がしただけだ。決して似ているわけではないがな」

「そ、そうでしたか。娘……そういえば若松さんの娘は――」

「……二年前のテロ事件で亡くなったよ。まだ5歳になったばかりだ、妻と一緒に4thメガフロートにいたんだ……逃げる最中にテロリストに襲われてな。私はそこにはいなかった……」

 

 それ以上は語る事無く、ただ表情から感情を読み取られないように俯く。相方も己の責任とばかりに気まずさを覚え、二重顎を撫で始めた。

 そうやって数分が立つと、漸く顔を上げた。


「つまらん話をさせてしまったな」

「いいえ、こちらのほうこそ……!」

 

申し訳ないとばかりに肥満体の男は汗を浮かべ、それをハンカチで拭う。その後ににこやかな作り笑顔を繕った。老眼鏡の研究員も先程と打って変わって笑みを浮かべる。


「いつまでも感傷に浸っている場合ではないな、さっさと計画を終わらせてしまおうか。あの若造は気に食わんが才能がある事は認めよう。奴が始動させた計画の仕上げを行おうではないか」

「フフ、そうですな。早く『娘達』の産声を聞きたいもので……」

 

 ――その時である。

 突如として彼らの視界の全てが赤に染色し、施設全体に喧しい騒音が震えた。それは大人という理性と妥協で固められた二人を焦燥させるには十分な事態であった。証明として彼らは暫く驚愕のまま視線を合わせ、身動き一つすら出来ないでいた。

 二人のうちの一人――老眼鏡をかけた白髪交じりの研究員――がコンピューターの傍の受話器を握り締めた。

 受話器の向こうから誰かが反応したのか繋がり、荒い呼吸が耳に届いた。その呼吸音に聞き慣れた覚えはないが、どうやら同じく研究に携わる同僚のものであった。


「おい、何事だ!? 何があった! こちらの方には戦火が拡大してないはずだぞ!」

「こ、こちら一階の入り口から侵入者が不法侵入しました! 侵入者は20代くらいの男性で、刃物の類を持っている模様! しかも情報によれば1人との事です!」

「なに、1人だと……それくらい対処せんか! 1人となれば暴漢か反政府の輩だろう、少なくとも軍属ではないはずだ!」

「それが……侵入者は武装していないのですが恐ろしく身体能力が高いのです! このままでは全員やられ……ぐわああああああああああああああああ!!」


 突然、耳を劈く悲鳴が受話器の向こうから聞こえ、続いて「グバッ」と吐血する声が聞こえた。その無残な最期に研究員は受話器から耳を遠ざけたが、喉を鳴らして再び耳を当てる。


「お、おい……聞こえるか。そこで何があったんだ……」


 恐る恐る呼びかけてみたが向こうから返答はない。鼓膜まで達する閑静の間は、まるで受話器の向こうが宇宙の深淵と例えられる状態にある。返答をもう一度要求しようしたが、その前に何者かが彼に語りかけてきた。


「あー、あー、もしもしぃ? たった今、テメェの同僚を八つ裂きにしたところだが気分はどうかねぇ? クックック!」

「誰だ、お前は……?」

「何者かと聞けば相手が大人しく名乗りを上げるとでもいうのか。テメェの脳味噌は随分溶けきっているみたいだな。まるで道の脇に転がる糞か雨天の泥の様だ」

「ふざけた事を抜かすな! 誰だと聞いているんだ! 何の目的でここに来たというんだ!」

「俺は名乗る程の有難い輩じゃあねぇ、名無しの通りすがりでも言っておこうか。そうだな………………俺の目的はテメェらの研究成果、つまり『娘達』の皆殺しだ。一人残らずブチ殺してやるよ」

「な……!?」

「テメェもついでに通りすがりの俺様の手によって皆殺しにしてやるよ。それまで泣き言でも辞世の句でも吐いてな! クク!」

「っっ!!」


 それは研究員二人に対する正真正銘の死の宣告であった。


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