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XGI-000 INNOCENT HADASSAH

日本では戦鋼人(コード名JTAF)、アメリカ合衆国ではファイティグドール(FD)、欧州ではユーロタクティクスファイター(ETF)などの名称で呼ばれる汎用人型戦術機動兵器の登場は、ADAMSによって変質させられた世界の戦争構造を大きく塗り替えた。初めこそは些細なものであったが、人型故の機動力と性能を発揮すると徐々に主戦力として投入された。戦車などの陸戦兵器は圧倒され、戦闘機も優位性を譲らざるを得なくなった。

 ウォード大統領が提唱した戦略防衛構想で開発された人型機動兵器が、混乱に陥る世界において多大な影響を齎すようになる。


 2065年5月4日 時刻23:57 中部エリア18ブロック 自衛軍駐留基地


「羽場大尉、現在の状況を報告致します。ポイントA地点の敵機は各個撃破、ポイントC地点でも戦況は優勢、ポイントB、Dは敵機の数が多いこと森林に覆われた地帯ということが合わさり攻略が遅れているようです」

 

機械人形が喋っているかの如く、感情を最大限に抑えた声で女性オペレーターが答える。それを通信回線で傍受していた色黒の男が聞き返した。


「NRAC(日本急進的活動組合)共が強奪したと思われる戦鋼人の数はどれくらいになる?」

「はい、現地に派遣された味方機からの通信によりますとポイントC地点で6機、ポイントB地点で9機、D地点では15機が確認された模様です」

 

男が直視するモニターには人体に似た姿の「何か」が映り、種類と個数に分けられているのが明確に図示されている。それぞれ、JTAF-27TM、JTAF-29TM、Tsi-11、CF-305、FD-EI02というコード名が並べられていた。

「第一世代戦鋼人の瑞雲と烈風が7機、新ソ連のガングードが8機、中共のウーウェイが5機、ガニ・エスターが3機……奴らコレクション性に富んでいるな」

「裏ルートで不正に取引し安く密輸したものでしょう。国家クラスに値するテロリストが我が物顔で横行する時代ですから、そのような輩が取引相手と容易に想像できます」

「違いない。で残りはどうなんだ?」

「D地点ではこちらの戦力が消費されているということもあり攻略に数時間を要するかと予想されます」

「ハッ、国外からの勢力に呼応した奴らが反乱を起こしたとなれば、攻略に障害が起こるのも当然だ。それに奴らの中には自衛軍に所属していた者もいる。手練れの相手を舐めてはこちらがやられる」

 

厳重に密閉された閉鎖空間で喧しく鳴る警告音。同時に赤く点灯する照明の中で男は二つの操縦桿を握り締め、トリガーを引く。M-06 105mm突撃ライフルの銃口から弾が放たれ、闇夜の中で黄色い火花が散った。

通信映像に映る中年の男の顔に焦燥はなかったが、銃撃戦が何回か続いた後に「ええい!」と吐き捨てた。直後に短距離誘導弾の破裂音が響き、映像に乱れが生じる。


「奴らめ、ミサイルを容赦なく発射してきたぞ! そのまま大人しく投降すればいいものを! くそっ!」

 

ドカァァァン!と、通信を介しても耳を塞ぎたくなる爆撃音が相次ぐ。聞こえなくなったとしてもライフル弾が飛び交う音は消える事はなかった。


「こちらの戦力だけでは面倒だ! こっちがやられるぞ!」

『羽場隊長、援護を! 奴ら一斉射撃を開始しました!」

「ふん! 仕返しに奴らの大好物、ライフル弾のフルコースをたらふく食わせてやれ! 大喜びするだろうよ!」

「羽場一尉、ポイントD地点への支援を急いでください。こちらの戦力が疲弊して抑えきれなくなっています」

 

それが不可能であることは女性オペレーターにはわかっていただろうし、現場で複数の敵機と交戦している羽場という男にも判断できている。そもそも相手は数十年に鳴りを潜めた反政府的活動家達の集まりで過激な思想に今更嵌っていた者なのだ。長年、国内に敵という敵が現れなかった状況下で突如として出現し、全国で事件を起こせば警察や自衛軍とて対処しようがない。ましてやその勢力が不特定多数であれば尚更である。

 放たれては虚空へと飛び散り、木々や地面に着弾するライフル弾。時々として自衛隊隊員が搭乗する「JTAF-21TM 龍驤」が持つライフルの銃身下部に取り付けられたUGL-304 250mmグレネードランチャーが発射され、盛大に爆撃音が轟く。照明弾を上空に発射して頭部モニターの視界を広げるも、敵機は森林地帯の中で樹林の陰に潜んでは拡散していく。それが人工で植樹されたものなので等間隔になっており、15m以上もある機体が隠れるには十分な隙間がある。しかもそれが大木へと育成している故に被弾を防ぐ盾として役目をわずかながら果たしているのだ。

 続けざまに連射するライフル弾。敵機はこちらよりも口径の小さいM-08 90mmカービンライフルを使用しており、威力は若干低い分補填される弾数が多い。数時間に渡る戦闘で自衛軍機のマガジンが消費され、補給用のマガジンも心許ない。

 数回に渡る交戦の後に通信映像の乱れが消え、羽場がオペレーターに事を伝える。


「こうなっては仕方ない。待機中の奴に、独立機動総隊F⁻IGHTのずさ隊員を呼び出せ! ポイントD地点の敵機は彼の『胸つき』に各個撃破させるように向かわせろ!」

「……了解、すぐに彼を向かわせます。それと羽場大尉……一応ですが『胸つき』は差別用語ですよ?」

「こんな状況でそんな事に一々注意してられん!」




 静寂な漆黒に響く轟音、着弾時に起こる揺れ、暗闇に輝く火花。それらが指す位置は間違いなく戦場である。そこでは命の尊厳が無意識に軽んじられ、容易く散る場所ともいえる。自衛軍と反政府勢力との交戦に於いて被害は少なく、現在のところ重傷者は出ていないが傷つかない者がいないわけではない。

そこから半径二キロ離れた場所。やはり森林地帯に覆われた場所であるが、戦場となっているポイントとは違い静寂に包まれていた。夜空は雲一つなく晴れており、夜景を楽しむ者が現れても不思議ではない。

その中で闇夜に紛れて「人体らしき巨大な鉄の塊」が横たわっていた。しかし殆どが暗闇に覆われていて全姿を把握することはできない。確認しようとする者もこの場にはいない。いるとすればそれは中にいるパイロットだろう。

内部のコクピットでは1人の青年がパイロットスーツに身を包み、シートに背を預けて瞑想でもするかのように目を閉じていた。仮眠、という行為をするわけではなく閉鎖空間の中でひたすらに瞼を閉じては静かにその時を待っていた。

夜に馴染みそうな黒髪、中肉中背の体型、どこか幼さを残した中性的な容貌。そのような容姿を持つ彼は緩やかに瞳を開いて、「その時」を迎える。すると閉鎖空間の前部モニターに「Communication line」の名称が表示され、通信映像が開いた。相手は自衛軍の女性オペレーターだった。


「上総井隊員、待機任務を解除して即座に敵機を各個撃破及び武装解除にあたられたし。位置はポイントD地点、位置データはそちらに送信します。なお敵機は現在15機を確認、機体データは位置データと共に送信するのでそちらで確認してください。なお、これよりも機体数が増加すると予想されます。作戦実行には留意してください」

「了解。独立機動総隊F-IGHT所属上総井瀬音、直ちに作戦実行にあたります」


 

 通信回線が閉じた直後にコクピットに光が伴い、彼の周囲を覆っていた閉鎖空間がモニターとなり、外部の状況を隅々まで鮮明に映した。オールスクリーンモニターが彼のシートの背後まで起動し、森林地帯が彼の視界に入る。周辺は静寂を維持していたが、モニターの映像を拡大すると北東の上空にオレンジの光が何度も明滅しているのが確認できる。先程の女性オペレーターから送られた位置データと照らし合わせると見事に一致している。


「ポイントD地点はあのあたりか……よし」


 モニターに表示された位置データを閉じると、傍らに備え付けられたコンピューターをシートの前に移動させて起動する。電源スイッチを押すと即座に画面が起動状態へと移行する。

 そこには「Xenomorphic-Genealogy-Innovator Series Code number 000 Innocent Hadassah」と明示され、次に「Operating system Xenomorphic-Genealogy-Foreigner 01α Code name l-lis」の名称が現れた。次の瞬間、画面が切り替わってデスクトップが表示される。

 レーダーなどを妨害する「ADAMS」が稼働状態にある世界において、有視界下での戦闘が重要視され、戦闘機や戦車に代わる兵器として人型機動兵器――ここでは日本に合わせて戦鋼人で例える――が開発された。

それは従来にはない機動力を以てして優位性を語っているが、その反面設計構造が複雑なものになっている。人体が神経・骨格・内臓その他諸々の器官を合わせて成り立っているのなら、人の似姿を取った戦鋼人も当然複雑になる。

頭部、胴体、腕部、脚部の一つを動かすだけでも大変な作業で、それを一度に複雑操縦するのはかなりの労力を要する。二つの操縦桿で複数の操作を強いられるので、修練した者以外に動かす事は難しいのだ。

 人型機動兵器の黎明期ともいえる第一世代の戦鋼人には、第二世代から導入されたOSによる自動調整がなかった為、慣れないうちは四苦八苦していたようだ。手足の操作や切り替えまで全て手動となれば手練の者でも苦労はする。

現在ではOSでの機体の自動調整が設けられており、搭乗者の能力に合わせて調整することで機体性能をより最大限に引き出す事が可能となっている。OSの自動調整はコクピットの座席の傍に備え付けられたノート型コンピューターでいつでも調整できる。しかし誰もが簡単に調整できるとは限らない。やはり専門の知識を持った者でないと調整できず、認証コードによるセキュリティが機体に施されているので、安々と書き換える事は不可能である。

OSを調整するコンピューターは、見た目やデスクトップ画面は市販のパーソナルコンピューターとは然程変わりはない。これは機器の扱いやすさを考慮したものであり、個人が使用するには丁度良いと判断されて配備されたという。

しかし、彼が使用するノート型コンピューターのデスクトップは、他の機体とは異なるものであった。そのモニターには高度な3DCGで作られたと思われる美少女が映っており、ピンク・マゼンタを主な配色とした、カラフルなクッションやぬいぐるみの中に埋もれて眠っていた。健やかな呼吸音が心地よく聞こえる。


「起きて、アイリス。出動の時間だよ」


 呼びかけると同時にモニター内に映る美少女の頬に触れると、「ひゃん」と艶めかしい声が美少女から漏れた。どうやらタッチパネルらしい。美少女は僅かな反応を見せ、即座に起き上がった。間の抜けた欠伸をすると青年に視線を向ける。

 画面内に映る美少女は、所謂日本のサブカルチャーで馴染んで既に久しい「萌えキャラ」を意識したものであった。アニメ、ゲーム、小説など多数のジャンルで取り扱われ、一部の者を虜にして止まない二次元の希望。現代の若者に活力を見出させる偶像だ。

 華奢でスレンダーな腰と体躯、それでいて程よく膨らんだ胸、陶器の様な白く美しい肌、円らで煌びやかな瞳、整った容貌――まさに「萌えキャラ」に思いを寄せる者達の願望を叶えている。

それに彼女の容姿は二次元の女性に顕著な外見の特徴があった。光の反射によって七色に変化する髪を腰の位置まで伸ばし、素肌を多く露出し、一見変わった衣装や祭礼用の装飾を身につける姿は踊り子に扮する姫君といえよう。


「おはよウ、瀬音! 時刻は12時5分、もう5月5日だヨ! 今日も晴天なリー! 起こしてくれルのは嬉しいけド、どうせならもっト優しく触ってほしいナ。こう、撫でるようにネ! どうせならオハヨウのキスがいい! 」

「はいはい、そういうのは作戦が終わった後にしてね」

「むゥ、本気にしてないのネ。私は本気だけどナ……瀬音ってそういうところが欠点なのよネー。傷ついちゃうワ」

「画面に向かってキスする構図なんか誰も見た事ないだろうし、見たくもないでしょ?」

「私は好きだけどネ。だってアイリスはこの中でしかいられないんだもノ、二次元の乙女って三次元の人間からすれバ羨望の対象でしョ? 私を見てくれル人は好き、でも瀬音はもっと好キ!」


 告白とも受け取れる言葉に対して青年は無反応で切り返した。

 一般人が見ればモニター内に映るコンピュータグラフィックスの美少女が声を発し、人とズムーズに会話しているなど異様に感じるだろう。二次元のキャラクターが日本にしっかりと馴染み、海外でも賞賛されている現代でも危ない目で見ている者は少なくない。寧ろ今も昔とそうそう変わらないのが皮肉なところだ。

 もっともサブカルチャーに慣れ親しみやすい若者だからか、それとも別の理由からか瀬音の名乗る青年は何の違和感を持たずに彼女に呼びかける。


「ふわぁぁぁぁ……私を起こしタ、という事ジエーグンからの連絡があったってコト?」

「そうだよ、今し方自衛軍の出動要請を受けた。ポイントD地点に敵機が15機も集結して、現地にいる機体数では敵機の各個撃破と武装解除が困難にあるみたいだね。それで僕らが出動することになったんだよ」

「ふぅ~ン、でも最初っから私達に頼るツもりだっタら、さっさト要請すればいいのニ。そうすれバ、面倒な事態になル前に私達ですべテ片づけらレるのにジエーグンは何考えてるんダろーネ」

「日本を防衛し秩序を保つのが本来の任務だしね。国内で起きた事件は僕らじゃなくて自衛軍が優先的に対処するのが常識だよ。僕らの部隊は結成してまだ一年と数カ月しか経っていなくて規模が小さいし、国外からの脅威の排除とメガフロートの防衛が主な任務だから国内では自衛隊の下で活動しなくてはならないという制限があるんだ。仕方ないよ」

「ジエーグンとは独立しているのニー?」

「自衛軍との協力を条件に独立機動総隊F-IGHTの設立を許可したからね。総監の太いパイプがなければ存在すらしてないよ」

「ふゥ~ん、人間っテめんどーだネ」

 

 つまらなそうに呟くと、先程自衛軍から届けられたポイントD地点の位置データとそこに集結している敵機のデータをスライドして閲覧する。データを確認する度に「ふむふむ」と唸るが終えると呆れたように溜息を吐いた。


「やっぱリ私達が早く出動した方ガ良かったワ、こんな奴ラ一瞬でやっつけラれる。第一世代なんて雑魚じゃなイ、ボッコボコにしてガラクタにすルね」

「落ち着いて。僕らは破壊しに来たんじゃない、敵機の撃破と武装解除だよ」

「わかっテるって! 私のイノセント・ハダッサーの圧倒的ナ能力を見せ付けテ、第一世代のガラクタたちをブっ潰して機能不全ニすれバいいんでショ?」


 意気揚々と意気込む3DCGの美少女の発言に青年は眉間に手を置いた。どうやら敵機を破壊する気満々である。

 こうなった時の彼女がどのような手を下すかは考えるまでもない


「…あー、間違ってないけどなんか違うような……。とりあえずイノセント・ハダッサーを機動させるよ。アイリス、機体の補助をお願い」

「りょーかーイ! ガイドプログラムXGF-01α I-lisフル稼働、XGI-000機体コード『イノセント・ハダッサー』制御、内蔵フレーム全身をコントロール。なお機体操作権限は搭乗者『上総井瀬音』に移譲すル」

「I have control」


 彼女が――二次元の存在でしかない「アイリス」を彼女と呼ぶのは妙だが――快諾すると、青年はノート型コンピューターをシートの傍らに収納した。コンピューターの電源が落ちる瞬間、彼女が手を振っているのが垣間見えた。

 操縦桿を握り締めて前に押し出し、アクセルペダルを踏む。コクピットに若干の振動が伝わるが、それ以降は振動も駆動による騒音も伝わることはなかった。機体の制御が出来ている証拠だ。

外界モニターでは機体が稼働すると同時に視点が徐々に切り替わり、今まで木々に囲まれていた景色から地上を見渡せる視点に映った。


――暗闇に現れる一つのシルエット。


 それは独特な輪郭とシルエットを描き、自然から生まれ出でるかのように突如として姿を現す。しかしその全姿はやはり漆黒の夜景とほぼ同化していて捉えることはできない。

 頭部からエメラルドカラーのデュアルアイが光ると同時に機体は空中へと静かに軽やかに浮上した。


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