↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/28

今日の特典は、使い終わってからも

【人物のおさらい】

・ハルト:毎朝一つの特典を選ぶ旅人。虹の海を目指す。

・ルカ:剣と勝負、食事を楽しむ仲間。

・ミア:実践書を作りたい魔術師。自分で習った火と、借りた水の力を使い分ける。

・ロッタ:各地の料理を学びたい料理人。自分の鍋を持っている。

 使い終わった風よけの輪は、鞄の中で、ただの軽い輪になっていた。

 川沿いを歩くたび、荷の端へこつんと当たる。昼には、四人と鍋を囲む場所を作ってくれた物だ。

 今、顔へ吹きつける風は、普通に冷たい。

「もう一回、って顔した」

 隣のルカが言った。

「してない。ちょっと、鞄の中を見ただけ」

「見なくても、あるよ。さっき私が入れたの見た」

「今日の分を使い切った道具、持って歩くの、なんか変な感じだ」

「剣だって、振ってない時も持ってるけど」

 俺は彼女の腰の剣を見て、笑った。

 その返事はもっともだ。便利な物を、いつでも今の役に立てなければ損だと思うのは、俺の方だった。

 十二日目の午後は、まだ終わっていない。

 俺たちは川向こうの渡し場へ向かっていた。


 道の先で、水の音が急に広くなった。

 木々の間から、平たい舟が見える。手前の岸へ長い綱が渡り、舟の中では、紺の帽子を被った船頭が板を動かしていた。

 後ろを歩いていたロッタさんが、鍋の帯を握り直す。

「船で渡るんですね」

「地図では、橋じゃなくて、渡しって」

 俺は紙を広げ、舟と見比べた。

 線の上を指なら一息で越えられる川が、実物になると、歩いて来た道をいったん止める広さで横たわっている。

 ミアさんは紙へ顔を寄せ、すぐには書かなかった。

「こちらの岸、少し高いですね。降りる道は、あそこでしょうか」

 彼女の指の先で、人の足跡のある道が水際へ曲がっていた。

 俺たちはそちらへ進み、舟の前で荷を下ろした。


     *


 料金の板には、一人二十銅、とあった。

 荷は手で持てる分。鍋の大きさが気になり、俺が口を開く前に、ロッタさんが船頭へ尋ねた。

「これも、一緒に載せたいです」

 厚手の麻の上着を着た男は、鍋を見たあと、その下へ回した帯を見た。

「中は空か」

「はい。昼の分は、食べてしまいました」

「なら、底へ。肩に載せたまま乗ると、隣の顔へ当たる」

 ロッタさんが頷くと、男は舟の前を指した。

「あんたたち四人なら、次で行ける。ひとりずつ、俺が呼んでから。板の所で荷をほどくなよ」

 俺たちはそれぞれ二十銅を払った。

 朝食の四銅と、昼の十二銅。俺の今日の支出は、そこへ渡し賃二十銅が加わり、今の所三十六銅だ。

 ロッタさんが買った革の輪と葉は、彼女の財布の仕事。俺の渡し賃へ混ぜない。


 先に、荷を載せることになった。

 俺は緑の荷まとめ帯を外し、鍋と自分の包みを分けた。まとめる時には便利でも、このままでは舟の低い板の下へ収まらない。

 ルカがしゃがみ、鍋の底を受ける。

「ほどく競争、今?」

「今は、競争なしで」

「じゃあ、落とす前に勝ち負けを決めなくて済む」

 彼女は笑い、俺が帯を抜くまで待った。

 ロッタさんは新しい革の輪へ指を掛け、鍋を自分で持ち上げる。

 午前に取り替えた場所が、今はちゃんと手へ返ってきている。

「そっちは濡れる。こっちへ置けるか」

 船頭が舟の中から声を掛けた。

 ロッタさんは置場を見て頷き、言われた方へ鍋を渡した。

 自分の道具を大切にすることと、自分が全部の運び方を知っていることは、同じではなかった。


 俺は最後に乗った。

 板から舟へ体重を移した瞬間、床が、ほんの少し遅れて足を受ける。

 思わず肩へ力が入った。

「座る方、先に見ろ。足元だけ見てると、いつまでも立ってるぞ」

 船頭の声に、俺は空いている板へ目をやった。

 ルカが隣を叩く。

「こっち。席、取っといた」

「ありがとう」

「揺らしてないよ、私」

「それも、ありがとう」

 彼女が笑い、俺もようやく座れた。


     *


 岸を離れる時、足より先に、耳の中が変わった。

 木の床の下で、水が薄く叩く。さっきまで歩いていた岸の音が、少しずつ離れていく。

 ミアさんは舟縁を握り、正面を見ていた。

「私、思ったより、揺れる方を見てしまいます」

「酔いそうですか」

 俺が言いかけると、彼女はすぐ笑った。

「いえ。傾く方へ、つい顔が向いてしまって」

「俺も。岸を見てると、動きが速いですね」

「では、向こうの屋根を見てみます。近い水より、少し追いやすそう」

 彼女は膝の上の手を一度、開いた。

 俺は、今の舟を落ち着かせる力を持っていなかった。だが今は、船頭が舟を渡す仕事をしている。

 俺たちまで勝手に風や水を変え始めたら、彼の知っている舟と違う物になってしまう。


 中ほどへ来ると、対岸の木が、思っていたより低く見えた。

 道からは高い土手に隠れていた赤い屋根が、水の上から初めて見える。

 俺は、あ、と声を出した。

「宿、ある」

 ルカが顔を上げた。

「どれ?」

「屋根が赤い方。煙が出てる」

「煙なら、さっきの家も」

「あっちは、看板がない」

 自分で言って、笑った。まだ読めない距離の看板を、宿に決めかけている。

 船頭が前を向いたまま言った。

「宿なら、渡り口から二軒目。赤い屋根は粉挽きだ。煙は焼いてる方」

「あ、違いました」

「飯の匂いは、そっちもいいけどな」

 ルカが俺を見る。

「先に焼いてる所へ行く?」

「泊まる所を決めてから。たぶん」

「たぶん、付いた」

 風の中で、二人とも少し大きな声で笑った。

 知らない場所を、地図から正しく当てるだけが旅ではなかった。見間違えて、訊いて、行ってみたい物がまた増える。


 川の中ほどで、船頭は綱へ掛ける手を変えた。

 舟の頭が少し回り、床の影の向きが変わる。

 ロッタさんが鍋へ手を伸ばしかけ、手前で止めた。底へ置いた鍋は、彼女の膝より安定していた。

「荷はそのままでいい。今、向きを合わせる」

 男の声がした。

 俺は自分の包みへ足を寄せ、勝手に立ち上がらなかった。

 強い風が一度、外套の端を持ち上げる。

 朝の輪が使えたら、と少し思った。

 しかし輪は固定した場所の半径二メートルだ。動く舟を一緒に包んでくれる道具でもないし、今日はもう使い終わっている。

 俺は布の端を自分の手で押さえた。

 その程度で足りる風だった。


     *


 対岸へ着くと、舟はすぐには岸へ付かなかった。

 水の下へ沈んだ板を避け、船頭が少し横へ寄せる。さっき見た入口と違う所で足が下りるのを、俺たちは座ったまま待った。

「今、ひとり。荷は俺が上げてからだ」

 言われた順に、ルカが先へ下りた。

 俺は鍋を渡し、ロッタさんが続く。

 ミアさんが板へ立つ時、ノートの紐が舟の縁へ引っ掛かった。彼女はそれを引かずに止まり、片足を戻す。俺は紐の所へ屈み、声を掛けた。

「ここ、外します」

 俺は紐の輪を持ち上げた。

 紙へ魔法を掛けるより、指で外す方が早い場所だった。

 岸へ上がった彼女が、ノートを胸へ寄せる。

「ありがとうございました。落とさずに来られました」

「外れて、よかったです。俺も降ります」

 彼女が笑った。


 船頭は鍋を置いたあと、舟へ戻ろうとした。

 ロッタさんが礼を言い、俺も頭を下げる。

「戻る便は、日が落ちる前まで。こっちで泊まるなら、朝、また動く」

「今日は、泊まる方にします」

 俺が答えると、男は頷いた。

「じゃあ、ゆっくり飯を食え。向こうの店も、暗くなると閉める」

 彼は次の客の方へ向いた。

 俺たちは彼の一日の最後の仕事ではなかった。見送ってもらう時間を長く引っ張らず、道の脇へ荷を寄せる。

 鍋と包みをまとめ直すと、帯はまた、いつもの広さで荷へ回った。

「陸に戻ると、便利」

 ルカが言った。

「舟でも、別に、悪い道具になったわけじゃない」

「うん。私たちが、ほどく方だった」

 彼女の返事に、俺は頷いた。


     *


 渡り口から二軒目の宿は、赤い屋根ではなかった。

 低い灰色の屋根と、木の扉。入口の棚には、客が落としたらしい片方だけの手袋が置かれている。

 黒髪を丸くまとめた女主人が、帳面から顔を上げた。

「四人? 今夜なら、二人の部屋が二つ空いてるよ」

 ミアさんが、俺たちを見る。

 昨日と同じく、別の寝台がある二人部屋。俺とルカ、ミアさんとロッタさんで一室ずつにすることを、四人で確かめた。

「夕食を付けると、一人二十八銅。朝は別で五銅。今夜の分だけ、先にね」

 女主人が、部屋の鍵を二つ置いた。

 俺は二十八銅を払った。

 今日の三十六銅へ加えて、六十四銅。朝の分は、明日食べる時に払う。

 ほかの三人も自分の分を出し、女主人がそれぞれの金を数えた。

 四人で来ても、誰か一人の財布が、人数分の宿代を引き受ける決まりにはなっていない。


 鍵を受け取る前に、ロッタさんが鍋を示した。

「洗って、乾かす所はありますか。部屋で火を使う方ではなくて」

 女主人は裏口を指した。

「水場はあっち。乾かすなら、今のうちに。夕の片付けでは、宿の鍋も出るから」

「はい。先に、済ませます」

 彼女は荷を置くと、鍋だけを持って裏へ回った。自分の料理道具を、次の朝も使える状態へ戻す時間は、旅先へ着いたあとにも要る。

 俺たちは先に部屋へ荷を上げ、彼女が戻って来るまで、夕食の席へ一人だけ先回りしなかった。


 部屋の窓は、川へ向いていた。

 ルカは先に寝台の位置を見てから、窓を開ける。

 風が入って、彼女の赤茶の髪を揺らした。

「さっき、あそこにいた」

 指の先に、舟がある。

 乗っていた時は渡る先を探していた。今は岸へ戻り、動いている舟を見ている。

 同じ川なのに、もう、俺たちの来た側と、居る側が変わっていた。

「輪、使わない?」

 ルカが冗談めかして訊いた。

「明日まで、使えない」

「じゃあ、これ」

 彼女が窓を半分だけ閉めた。

 風が弱くなる。

 あまりに普通の解決で、俺は声を出して笑った。


     *


 夕食は、魚の揚げ焼きだった。

 ロッタさんは自分の鍋を部屋へ置いて来て、今は客の椅子へ座っている。

 皿が来ると、すぐ魚を持ち上げず、端の薄い所を匙で少し分けた。

 皮が小さく割れ、中から湯気が出る。

「昼の葉と、似た匂いがします」

 彼女が言った。

 女主人は皿を置きながら頷く。

「川薄荷。うちは粉へ少し混ぜる。煮るより、匂いが早く飛ぶからね」

「粉へ。あ、だから、皮の所で先に」

 ロッタさんが自分の皿へ顔を戻す。

 質問を全部済ませてから食べるのではなく、今の一口で、聞いた違いを味わっていた。

 女主人も鍋のある台へ戻り、店の仕事を続ける。

 師匠と弟子にならなくても、一つ、次の料理へ使いたくなる物は受け取れるらしかった。


 ミアさんが、ノートを食卓へ出す前に止まった。

「あとで、書きます。舟のことも」

「忘れない?」

 ルカが訊く。

「少し忘れるかもしれません。でも、今、魚が冷める方は、確かなので」

 ルカは満足そうに頷き、俺も皿へ向いた。

 旅の途中で覚えておきたい物が増えるほど、全部を覚えるために、今の味から離れてしまう。

 今日は、四人とも、同じくらい温かい所から食べ始められた。


     *


 食後、俺たちは窓辺へ地図を広げた。

 ミアさんが、渡しの両岸へ、小さい印を二つ置く。俺の目が見た赤い屋根は、泊まった宿の印にはしなかった。

 船頭に教わった粉挽きの方へ、別の小さな四角を置いた。

「明日、焼いてる所、寄る?」

 俺が訊くと、ルカがすぐ頷く。

 ロッタさんも頷いた。ミアさんは地図を見てから、私も、と言う。

 四人の予定が、地図の上で一つ増えた。

 まだ選んでいない明日の特典で、その店を変える約束ではない。ただ、自分たちで行って食べたい店だ。

 旅宿帰還は、今日も使っていない。登録先も変えていない。今日泊まる場所へ自分の足で来たことと、能力で戻れる場所にすることは、別に記しておく。

 水の共有枠は、昼の一リットルだけ。青い輪は、今夜も鞄の中へ戻した。


 窓の外で、渡し舟が岸へ引かれていた。

 昼の風よけは、もう動かない。

 それでも、そのあとに渡った川と、見間違えた屋根と、今夜の魚がある。

「今日、これを選んでよかった、もう一回言う?」

 ルカが訊いた。

 俺は青い輪へ目を落とし、それから、四人のいる机を見た。

「言う。でも、輪を使わなかった所も、よかった」

「うん。全部、使うために歩くんじゃ、忙しいからね」

 彼女は窓の留めを閉めた。

 道具が眠っている夜にも、旅はちゃんと、今日の先へ進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。