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勇者なんて誰がなる?  作者: かえるん
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あ、僕、死んだわ。

「やっぱり僕の嫁は長門だな」

 僕は『涼宮ハルヒの消失』を読み終わった。テレビ放送の方は海賊版サイトで見たが、エンドレスエイトはひどかった。もう『消失』をテレビ放送の方でやったら良かったのに。そう思ったこともあるが、映画の方はデキが良かったので、映画は映画でなくてはならず、テレビ放送の方は無理して長くやらなければ良かったという結論になる。そうだろう?

 僕は今、僕の部屋にいる。僕の部屋には図書館から借りてきた他九冊のラノベが散乱している。『とある科学の禁書目録』シリーズやら、『さくら荘のペットな彼女』シリーズやら、とうに人気を博し、アニメ化されているものの原作を、今さらになって追っている形だ。話は同じでも、印象が違う所があったり、アニメ化の際に省かれた所があったり、色々な発見がある。少しマニアックな楽しみ方をしているが、好きな何かなら、どんなものでも触れてみたい、探究してみたいというのは、意外と一般的な心理だと思う。

 図書館では一回十冊まで借りられるので、とても便利だ。今やあらゆる所で自動化が進み、図書館の本の貸し出しも、人と接することなく、終えることができる。エロ可愛い女の子が表紙に踊っているラノベも難なく借りられる。ありがたい時代になったものだ。

 僕は高校二年生。

 いじめに遭ったり、友だちの裏切りに遭ったり、散々な目に遭った高校生活から引き揚げて、今は、悠々自適な不登校ライフを満喫している。家族からの冷たい視線や失望には馴れてるから、今さら傷つくこともない。

 優秀な弟と可愛い妹と比べられて育った僕は頑張ってきた。頭のデキが悪くて、醜い僕はそれなりに頑張ってきた。頑張ってきたけど、もう限界だった。誰が僕を責められようか?僕は家族を巣食う病理の如く拡大し、蝕んで、せいぜいあいつらを苦しめてやりたい。今はそれだけだ。

 まさか自分が、ニュースで高らかに社会問題として取り上げられ、コメンテーターが優等生ぶった吐き気を催すような甘言をいつもまき散らしている、不登校、その当事者になるとは思わなかった。

 こうはなるまいと、自分を何度も戒めていたんだけどな。

 僕は借りてきていたラノベを読み切ってしまったので、新しく借りに行くことにした。インターネットの違法サイトを使えば、アニメを浴びるようにして楽しめる。だけど、僕にはまだ、自分を諦められない所があるのか、本を読むことに少しのプライドを持っている。ラノベで持てるプライドだ。そんなの、ボウリングのピンのように、良い音を立てて、すぐ木っ端みじんになるだろうが。

「仕方ない。出勤するか」

 本気でひきこもっていると、身体に贅肉が付き、座っている間、腰に痛みを感じるようになった。だから、運動をしなくてはならないのもある。キモくて、デブで、メガネで、汗かきで、不登校。そこに、生活習慣病まで付いてきたら、もう人間として終わっているんじゃないだろうか?

 だから、図書館通いを始めたのだが、一定以上は痩せもしないし、筋肉だって、つきもしなくて、ある時から身体が全く変化しなくなった。しかし、これ以上の成果を求めるほどの熱心さもなく、だらだらと習慣になった図書館通いを続けている。

 僕の図書館までのお気に入りのコースは川沿いをずっと渡っていくコースだ。先日まで猛威を振るっていた暑さが引いてきたと思ったら、いきなり冬が来たみたいな寒さが流れ込んできて、かといって、完全に秋をスキップするわけでもなく、温かくなったり、寒くなったりを繰り返しながらも、冬へ転げ落ちていく秋の気候が続いている。三寒四温の逆といったらいいか。

「寂れてきてたな」

 この川には広々とした河川敷がある。その階段を降りれば、秋になり、黄金色に様変わりした草原が広がり、所々に植樹されていたり、自生していたりする木々も、衣替えをしたり、素っ裸になったりしている。よく見ると、すずめたちが草原の中で群れ、餌を探して、さわさわと音を立て、ぴちゅぴちゅと鳴いている。僕が近づいて行くと、一気に群れごと飛んで行き、川向こうの大きな木に泊まった。

 川に近づいて行くと、川のたおやかなる流れを身近に感じることができる。時々、僕は川の近くまで行き、その場にしゃがみ込んで、ぼーっと川の流れを三十分ほど眺めて、心穏やかに過ごしている。エロを貪って、その後の賢者タイムで虚しくなるよりかは、よっぽど高尚で素晴らしい趣味だ。エロに汚染されてしまった心が浄化されて行くかのようだ。

「あれ、あれれぇー。もしかして武井くん?おっかしいな、今日、学校来てないのに、こんな所で何してんのぉー」

「ギャハハハ。直人くんひでぇわ!武井くんは俺たちのことが怖くて、休んでんのによ!」

「アハハ、超ウケる!」

「いやいや、乾。俺たち武井くんと仲良く遊んでただけだし。なぁ、沙里、沙里も武井くんに会えて、嬉しいよな」

「マジそれな。あたし、良い感じのサンドバック、探してたんだよねぇー」

「うわ、さかきっち、ひでぇ!ギャハハハ」

 振り向くと、古橋、乾、榊が立っていた。古橋がリーダーで、榊が古橋の彼女。乾は古橋の腰巾着。僕が学校にいる間、僕のことをいじめていた三人組だ。僕は立ち上がって、後ずさりした。だけど、すぐ後ろが川になっていて、距離を開けることができない。

「おいおい、武井くん。そんなに怖がんなよ。俺たち、友だちだろ?久々に一緒に遊ぼうぜ」

「遊ぼーぜ!遊ぼーぜ!」

「ぼ、ぼぼぼ、僕は、いいい、行く所、あるから…」

「アハハ!行く所だって!学校に行ってないのに、他に行く所なんてないっしょ!」

 榊がいきなり僕の股間を蹴り上げてくる。

「うっ!」

 僕はその場にうずくまる。

「うわ、やっべぇー。さかきっち、そりゃやべぇーわ」

「武井くーん。沙里の靴、汚れちゃったじゃねぇーかよ!弁償しろ!」

 と、言って、古橋が僕の横顔を蹴る。僕は衝撃を受けて、横倒れになる。メガネが吹き飛び、地面に放り出された。その後、僕のお腹に何発か蹴りを入れてきた。

「うっ!うっ!うぐっ!」

「はぁ、こいつ、マジであり得ねぇーわ。沙里、こいつもっといたぶってもいいんだぜ?ストレス溜まってるだろ?親のこととか、進路のこととか…」

「直人、優しいね。あたしのこと気遣ってくれるなんて」

「あ、当たり前だろ。沙里は俺の彼女なんだから」

「直人…」

「おいおい、直人くん、さかきっち、あんまり俺の前でイチャイチャしないでくれよぉ」

「ああ、乾、わりぃ」

 僕は隙を見て、メガネを拾い、走り出した。

「あ、こらっ、待て、武井!」

 僕が走って、逃げた所で、鈍足の僕は古橋にドロップキックを決められて、すぐに捕まった。僕は古橋に乗っかられ、地面に抑えつけられて、身動きを取れなくされた。

「武井くん、逃げちゃダメでしょ、逃げちゃ」

 転んだ拍子に、肩から掛けていたトートバックからラノベが出て、顔を覗かせてしまっている。それで、後から追い付いてきた乾と榊がラノベを手に取る。

「うわっ。武井くん、こんな表紙がエロエロな小説読んでんの?きめぇ」

「ホントだ、マジないわ。キッモ」

「二人とも、可哀想だろ?武井くんは小説の中でしか、女の子と出会えないし、付き合えないし、エロいこともできないんだからさ」

「直人くん、じゃ、こいつ、オナニーマスターじゃん!」

「うっわ、マジでキモいんですけど。あたしの靴、マジで買い換えようかな」

 僕は抜け出そうとしても、抜け出せず、声を上げようとしても、上げられなかった。目に涙が浮かび、ぽろぽろと雫が零れ落ちた。どうしてこんな目に遭わないといけないんだろうか?僕が何したっていうんだろうか?僕は頑張ってきたじゃないか。家にも、学校にも、居場所がなくて、何か秀でているわけでもない僕は、頑張って生きてきたじゃないか。これ以上、僕はどうしろと?

「武井くん、もしかして泣いてんの?うわぁー、キモいなマジで。おい、二人が武井くん泣かしたんだから、二人がどうにかしろよ」

「えー、直人、ひどーい。直人だって、さっき武井くんぼこしてたじゃん」

「そうだ、そうだ。さかきっち、言ってやれ!」

「お前らなぁ…」

 三人ともが笑い出す。

「これの何が、どこが面白いんだよ」

「あ?何か言ったか、武井くん」

「これのどこが面白いって、言ってんだよ!」

 僕は思わず反抗してしまった。反抗した直後、僕の髪の毛が無造作に捕まれ、顔を地面に何度も叩きつけられた。

「調子に乗んなよ。あ?おい、乾、沙里。こいつ、汚ねーし、くせーから、川で洗った方が良いと思うんだが、どうだ?」

「直人が言うなら、あたしは賛成!」

「直人くん、優しぃ!武井くんのためを想って的な?もはや神様、仏様、直人様って感じっしょ!武井くんのお洗濯、始まり、始まり!」

「や、やめっ…」

 口の中に砂が入り、顔に土がついていて、身体が痛い。僕は引っ張り上げられて、トートバックバックを肩から落とすことしかできなかった。公共のものだし、僕に逃げ場所をくれたものだから、ラノベを濡らすわけにはいかない。

「おら、とっとと入れ!」

「うわぁあああああ!」

 ざぶんっ。

 僕は川の浅い所に押し倒された。

「何か、微妙だな」

「直人くん、もうちょっと向こうの方でやんね?靴と靴下脱いでさ」

「あー、それいいかも。あたし、久々に川遊びしたいっていうか」

「沙里、川の水、冷たいぞ。風邪ひくかもしんねーぞ」

「べぇーだ。あたしは入るからね」

「おい、沙里!ったく、仕方ねーな」

 僕が身体を起こしているうちに、三人が靴や靴下を脱いで、川に入ってくる。

「あー。冷たーい!」

「冷てーな、これ」

「直人くん、やっぱ水遊びは夏っしょ。秋はねーわ」

 榊は楽しそうに、後二人は愚痴を言いながらも、僕の方に近づいてくる。

「よし、もう少し向こうの方で、お洗濯しような」

 古橋が笑いをこらえながら僕を引き上げる。他の2人も協力して、僕をもっと浅くない所に持って行く。ああ、もうどうにでもなれ。

「せーの!」

 ざぶんっ。ぼこぼこ。今度は全身が水に包まれた。そして、身体はどうしてか浮かぶことなく、下へ下へと沈み、流されて行く。ああ、僕は死ぬのかな。図書館のラノベを助けられたのは良かったな。

 本当にしょうもない人生だった。生まれ変わるなら、幸せな暮らしがしてみたい。家族の仲が良くて、友だちがいて、何かしら得意なことがあって、夢もあって、好きな人とかいて、その人と付き合ったり、イチャラブしたり、そんな暮らしが…。

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