陽気なアロハ野郎を作ってしまった
「ジルベルトだ、よろしく」
やっと全身の装備が整った男が岩陰から出てきてリチャードに握手を求めてきた。
ほとんど無意識に手を握り返したリチャードは男から目を離さず、具体的には男の顔をガン見していた。
「まじかぁ」
岩場から出てきた長身の男は、びっくりするほど顔が良かった。正直引いた。
例えていうならキラキラと輝く宝石の原石、あまりにも美しく整っているためカットやそのほかの装飾をどうしたらいいのか全く思いつかない、いっそこのままが一番美しいのではないかと思うレベルの宝石。
「長いし、ジルでいいよ。しかし本当に助かったよ、もう海に帰るか追剥でもするしかないと思ってたから」
「もしくは海藻な。俺リチャード、普段はリックって呼ばれてるわ」
声もいい。
声は何度も聞いてたけど怒鳴ってたり慌ててたり表情豊かすぎてあんまりまともに声の質が入ってきていなかった、改めていい声である。
「よろしく、リック」
ニコリと笑うとなんだかキラキラしたエフェクトが見えた気がした。
リックにはそれはそれは美しい妹がいる。
身内の欲目ではなく、ご近所から1人で歩くと危ないと心配されてるレベルの可愛さで店に来る客も妹のファンが多数いる。わざわざ遠くから船で店に来る人間までいるのだから相当である。
そんな美しい妹と比較しても遜色のない美しさをもつ男。
そんな男に、俺はなんてことを。
どうにか目線を顔から剥がし、視線を下げればそこには派手なシャツに変な柄のハーフパンツ。
めちゃくちゃ陽気な南国旅行客スタイルである。
「ウチに来てくれ、もっとまともな服着よう!?」
がっしとジルの服を鷲掴む。
観光スタイルは悪くないのだ。ただ、派手な柄シャツから覗く手足が白すぎるし、ウエストサイズ合ってないし、脚長すぎるからハーパンの比率なんかおかしいし、もろもろ込み込みで致命的に似合わない。
「動きやすいしこれでいいよ」
「ムリ、俺がムリ、視界の暴力だし感性が悲鳴あげてる。」
柄シャツにハーパンを選んだのは海水でベタついても着替えやすいものをというリックなりの気遣いである。
だがしかし、これほど似合わないのは予想外であった。
「気持ちはありがたいけど、俺今無一文だし」
「見たらわかるしそんな状態でどうする気だよ。あ、もしかしてだれか知り合い迎えにくる予定だった?」
だとしたら確かにダサかろうが今着る服さえあれば大丈夫ではある。
そう考えての問いかけだったのだが。
「いや、ないよ。」
「この辺りに住んでるとか?」
「初めて来たね」
「それじゃあどこかに身分証とか荷物隠してあるとか。」
「持ってないな」
「身分証もなければ金もなくて知り合いもいないでマジでどうすんだよ、っていうかなんだってそんな事に」
「あー、意見の行き違い?みたいな?」
服という概念を忘れていたのが原因ではあるが、それを言えば変態認定再びである。
なんとか誤魔化そうとするジル。
流石に普段全裸だから服着る概念が無いなどとは思わず、何か言いにくい理由がありそうだということだけは察したリック。
船で沖に居たところを嵐に巻き込まれて流れ着いたとか、しかしそれで下半身の装備をすべて失うことがあるだろうか。
泳ぎにくかろうが最低限のモラルは装備しているはずである。見せたい性質なら別だが男は極力見られないように隠れていたわけだから自ら脱いだとは考えにくい。
海の線を捨てるなら森はどうだろうか。
ここらの森にごく稀にゴロツキが潜んでいることがある。天候により海に出損ねた海賊とか、逃げた犯罪者とか。すぐに捕まるので出会うことは稀だがそういう奴に金を取られたとか。
知り合いもなく、この土地に初めて来て、まだ店が開いていない時間なら人目につかないし襲われることもあるかもしれない。
待て、それにしたって下着までは取らないだろう。
取らないよな、取らないはずだ。
しかし現に半裸の被害者が1人居る。
自ら脱いだわけでないなら取られたということだろう。
こんな明らかに成人男性の、しかも衣類として別に金にならない下着を剥ぐやつがこの森にいる!?
下着に興味がある手合いなら別だが、そんなマニアックなやつは少ないだろう。つまりその場合用があったのは下着の中なわけで。
マジか。
リックは恐る恐る男の顔を見る。
とうてい女性的ではないが、整った顔をしている。
可愛さでは妹に劣るが、可愛さとは別の軸で考えれば、年齢はともかく圧倒的に美人。
肌は綺麗で髪はサラサラ、ありえなくはない、のか?
わりと元気そうな動きや言動を見る限り脱がされただけで逃げ切ったのだろうとは思うが。
たしかにそれは言いたくない。
しかしそれならそれで街の警備に言うべきである。
ただ、本人が言いたがらないのを無理に言わせるわけには。
「もしかして、この国着いてからそんな姿に?」
やんわり聞こうとしたようだが、直球な質問だ。
「いや、海でちょっと。あんな格好で上陸する予定は無かったよ本当に!」
不本意だったことだけは必死に伝えようとするジルだが、見せたいわけじゃないと言うこと自体はすでに理解しているリックにはその必死さは違う意味に受け取れてしまう。
もうそれについて考えたくなくて自分自身誤魔化したいんだな、と。
「言いにくいとは思うんだけど、今後のためにもきちんと通報した方が良いんじゃないか」
「え、いやいや、必要ないよ!」
むしろリックは自分に何を通報するように言っているのかすらよくわからないジルである。
そして通報で情報を詳しく話せば魔女のことや人間じゃないことを話さねばならなくなる。そんな与太話信用されても困るし、信用されなきゃ変な薬でもキメてる扱いを受けるだろう。どちらにしろ門の通り抜けはさらに時間がかかる事になるに違いない。
「それに詰所って塀の近くだろう。塀の向こうって船行き交ってるから不用意に近づきたくないんだよ」
なにせ大きい船なら魔女の知り合いもいるだろうし、変に通報なんてしてバレようものなら指をさして爆笑して来るに違いない。
「そうなのか」
船着場に近寄りたくない理由を乗っていた船でなにか起きて逃げてきたのかと勘ぐるリック。
「あ、でもお金なら海に戻ればあるな。」
もともと住処が海なのだから全財産は初めから海にあるジルである。この体でどれだけ泳げるか調べるためにも一度行っておこうかと海を見る。
ただ聞いているリックには前提となる条件が一切伝わっていない。
海に帰りたいという発言を聞くにもともと船乗りか何かだったのだろう。
海にお金がある、もしや荷物を海に捨てられたのか。
しかし船に乗っていたにしては一切日焼けをしていない白い肌、もしや外に出られないようにされていた?
そしてあの格好である。
リックは考えるのをやめた。
今更だが同じ男として突き詰めたらいけないと思ったのである。
とりあえず自分には怯えたり嫌がったりしていないのだから日常生活には支障はないのだ。それで充分ではないか。
「うちの店で働いて金貯めたら良い」
ぽんぽんと背中を叩いて来るリックに、ジルはふむと一つ頷く。
よくわからないが追求はやめてくれたし、結婚式まではまだ時間があるからそこまであせる必要もない。
それと魔女が言っていた真実の愛とやらは探しておかなければいけないな、それが塀を通り抜けることにどんな関わりがあるのかも調べておきたい。
まずは塀を超える条件を明確にしたいところだ、その為にも街に住んでみるのは悪くない。
「君がいいなら少しの間、お世話になろうかな。」
「店には妹がいるし、客も女の子が多いから安心だと思う!」
こうしてすれ違いが修正されないまま元人魚の陸上生活はスタートした。
「あと申し訳ないんだけど着替えるまであんまり楽しそうにしないようにして、陽気な観光客感増すから」
「自分で用意しといて酷くない!?」