53-14 夏島開拓4日目 さらってきた友達と桟橋作りを見守った日
開拓四日目。夏島のとある入江では、朝早くから桟橋作りが始まっていました。
珊瑚礁の向こう側とこちら側を繋ぎ、外部との海路を作るのが最終的な工事の狙いですが、今に限ってはこれもただの間に合わせです。
期日までに形を整えて、大公様たちが楽しめる環境を整えることが、何よりもの優先事項でした。
というか、そもそも外部との航路もまだ確立してないし。
取引するような物資や交易品も確保してない。
なのでまだまだこれからの設備でした。
いつか沢山の船があの入江に停泊するようになったら、それはさぞや壮観で胸熱だろうな……。
「ふぁぁ……なんか、脳みそとろけそ……」
ま、それはさておき。本日の俺の役回りはというと、島から突き出した外れの岬から、海へと釣り糸をたらすだけの簡単なお仕事です。
そこからぼんやりと、大胆に荒っぽく進んでゆく桟橋工事を、常夏の陽気に包まれながら眺めていました。
それは事前に作っておいた桟橋のパーツを、レウラという空飛ぶクレーンで運んで、設計図にそって組み立ててゆく作業です。
言わばそれは、錬金術の奇跡なんてどこにも入る余地のない、筋肉と男の花舞台ってやつでした。
あ、一応手伝いはしたよ。
ダリルと職人街の親方が鍛えた鋼鉄に、錬金術の強化合成で対塩化耐性を持たせました。
後はアルブネア領にあるダリルの工房で整形して、材木と材木を繋ぐ金具や釘に変えたものが、今あそこで騒がしい物音と共に打ち込まれています。
「やべー……これが常夏の世界か、なんか堕落しそー……。あ、もうしてるようなもんだったっけ……」
頭上を見上げれば、まるで加工写真みたいに青く染まった空に、真っ白な入道雲が浮かんでいる。
それが風に流されて、少しずつ形を変えてゆく姿を見つめていると――
そういえば、しばらくのんびりとかしていなかったなと。
働き過ぎな現状に、ふと気づちゃったりもしました。
今も遠い桟橋では、工員が声を張り上げ、レウラが材木を牽引して空に羽ばたき、お嬢とダリルが忙しなくも元気一杯に指示を飛ばしています。
それを眺めていると、さらに眠気と無気力が無限大のインフィニット、俺の全身をだる~くさせてゆきました。
そこで釣り竿を握ったまま、気だるく横寝になって、ボリボリと尻をかく。
いや理解したよ俺。暖かい地方で文明や技術があんまり発展しなかった理由を、この肌でありありと。
「だらしないやつだ……。釣りをするか。寝るか。尻をかくかのどれかに絞れ」
「ん、あ、アルフレッド……? あれ、お前こそこんなところでなにやってんだよ。お前がサボりなんて、珍しいこともあったもんだな……」
そうしていると、足音が近付いてきて、目を向ければアルフレッドが隣に腰掛けていました。
赤毛の若きアルブネア新領領主様は、相変わらずの仏頂面で俺に眉をひそめたようです。
「違う。エミリャさんに、休めと叱られてしまったのだ」
「ははは、そりゃ奇遇だな。俺もお嬢に今朝同じことを言われたところだ」
「ならば、やつらに示し合わされたのかもしれんな。こうなるようにだ」
「さあ、そりゃどうだろうね」
代わりにお前が持てと、アルフレッドに釣り竿を押し付けました。
内陸部の北国育ちの貴族様は、あまり馴染みがないのか、ちょこっと竿の扱いに戸惑ったみたいです。
けれどやつなりに強い興味があるのか、釣り竿を手に海を眺め始めます。
潮風がやつの髪を撫でて、強い日差しが赤毛を淡く透かせていました。
アルフレッドの横顔はなんとなく清々しそうで、この風と日差しを心より楽しんでいるようも見えたかな。
何となく難癖付けたくなったから、心の中でこう言っとこう。このキザ野郎が。
「休むのは苦手でな」
「賛同するのもしゃくだけど、それはわかる。いっそ今から――そうだな、しりとりでもするか?」
「止めておく。釣りの方が楽しそうだ」
「ふーん……」
アルフレッドは時々こうやって少年の顔をする。
せっかくアトリエを夏島に繋いだんだし、釣りを趣味にしちゃえばいいんじゃないかな。
そう口にすると、へそ曲がりの領主様がどう反発するかもわからないので、やっぱり黙っておくことにしました。
「おい、餌は付いてるんだろうな?」
「いや、そう焦るなって。本の中みたいにそうほいほい魚がかかるわけないだろ」
「そうか……。釣りは根気と言うからな」
「いいや、ダメなところで釣り糸たらしても、結果に結びつかないことも多いよ。根気も大事だけど、切り替えも大事だ」
「そうなのか。意外に詳しいな……」
「まあな」
そこで会話が途絶えると、俺はアルフレッドから視線を外して、再びぼんやりと夏国の海を眺めました。
色鮮やかな珊瑚礁と南国の強い日差しが、まるでくすんだエメラルドのように海を輝かせています。
まるで日本じゃないみたい。ああ、そういや、もう日本なんてないんだっけ。たびたび忘れそうになる。
「ところでだが、一つ伝えておきたいことがある」
「ああ、それってエミリャ・ロマーニュの話でしょ」
「む……なぜわかる……」
「他にないだろ。領地は順調みたいだし、移住者もどんどん増えてるそうじゃん」
「公都が襲撃されて、家や職を失った者もいたからな……。それを単に受け入れただけだ」
「へー。そのうち、アルブネア領の方が公都よりでかくなったりしてな」
アルフレッドは俺の言葉に期待を抱いたようでした。
そりゃ領主なら、自分の土地をどこまでも発展させたいと願って当然だろうな。
けれど本題を思い出したのか、また元の仏頂面に戻ってしまいました。
「アレクサント。俺はエミリャさんと結婚する。ようやく落ち着いてきたからな……。この機会を逃したくない」
「へー」
きっとそう言うと思ってました。
エミリャ・ロマーニュはあの通りのぽわぽわお姉さんだし、それならコイツの方からプロポーズしたんだろな。
「あれだけ文句を付けておいて、たったそれだけか」
「まあいいんじゃない。エミリャ・ロマーニュ、悔しいけど、あれは悪いヤツじゃなかった」
「まだ疑っていたのか……」
「だから、悪いヤツじゃないって、認めたって言ってるだろ。エミリャ・ロマーニュには負けた。確かに良い嫁さんになるんじゃない。お前にピッタリかもな」
アルフレッドという男に難を付けるなら、堅すぎるって点です。
真面目で、勤勉で、誠実で、やたら気位が高い。
年上のやさしいお姉さんがそんな困ったアルフレッドを守ってくれるなら、手のかかる女に引っかかるよりずっといい。
「そうか! 式には必ず来い。お前のことだからすっぽかしかねんからな、先に念を押しておくぞ。必ず来いよ」
「それってフラグじゃね。っと、竿引いてんぞ」
「お、おおっ!?」
釣り竿が岬の底に向かって歪んでいました。
まるで釣りを知らないようで、アルフレッドはずいぶん慌てていたけれど、どうにか勘だけでリールを回し、やがて光る魚影をビギナーズラックで釣り上げました。
「アジーンか。結構でかいな」
「これは、食べられる魚なのか……?」
「小骨が多いけど美味いよ。生でも食えるけど、今回はハラワタだけ抜いて直火で焼くか」
枯れ枝を探しに行くことにして立ち上がりました。
アジーンは海水の入った小さな壷に入れて、それからヤツの少年の素顔に免じて、新しい餌を釣り針につけておいてやったよ。
「待て、俺の話は終わっていない」
「ごめん、長い話苦手」
「待てと言っているだろう!」
「なんだよ、めんどくさいヤツだな……」
初めて出会ったのはアカシャの家の入試の日だっけ。
今思い返すと、こいつもずいぶんでかく成長したものです。
「ありがとう」
「…………は?」
え、何、気味悪い。
あのアルフレッドが俺に、ありがとう……?
ないない、絶対ないわーっ、まさか偽者かこいつ……!?
「あの日、俺を迎えに来てくれて、ありがとう。あの日から俺は、お前に感謝し続けている」
だがアルフレッドは基本マイペースで、痛いノリをまるで辞さない男です。
「お前が来てくれなかったら、俺は実家を継ぐことになっていた。兄上も死んでいた。何より大切なエミリャさんとも出会えなかった。あまつさえ、こんな夢のような情景を見ることができるだなんてな……。お前は俺の夢を取り返してくれた。だから、ありがとう……大切な友よ」
「ぐっ、ぐぇ……っ」
誰コイツ……? いやっ、誰よコイツ……ッ!? 違う、俺の知ってるやつじゃない!
素直な微笑みを浮かべて、俺に感謝する貴公子様の姿は、俺の知っているへそ曲がり野郎じゃありませんでした……。
「酷い反応だな」
「悪かったな、俺がこういうノリ苦手なの知ってて、そっちこそよく言うよっ」
「言わなければ伝わらないこともある。いっそもう一度言おう、ありがとうアレクサント。俺はお前に感謝している。どこまでもお前に付いて行こう」
「ああそう……。ま、言われなくとも死ぬまで付き合わせてやるよ。いや死ぬまで、というより、死なせる気がそもそもないから、そのつもりでいてよね」
「因業なやつだな……。まあ構わん、望むなら何百年でも付き合ってやる」
「え、それマジで……?」
返答に俺は心を鷲掴みにされかけました。
俺はホムンクルスです。
事実上不老で、溶鉱炉にでも身投げしない限り、そうそう死なない肉体に生まれました。
いつかは俺とお嬢だけになって、そのお嬢すらもやがて消えてしまう。
その事実は、果てしない先の未来のことだと知っていても、深い恐怖でしかありませんでした。
だから内心、なんでもないその返答に感動をいだきました。
けれどそれをどうにか抑え込みます。昨日はついアインスさんたちにデレてしまって、大失敗を冒したのですから。
「お前のようなウツケを野放しにできん。好きにしろ」
再び桟橋をぼんやりと見つめました。
見た目を整えるだけなら、今日明日中に仕上がりそうです。
取り急ぎは大公様たちが楽しめる環境さえ整えばいい。
将来的にはここを補給港にして、俺たちの手がかからないところまで発展させる。
それまでzが湯水のように消えるだろう。
ペイできる保証もない。けど、それでも別にいいと思いました。
「どうした。薪を取りに行くのではなかったのか?」
「いや、気が変わった。ついでに釣り竿をもう一本持ってくる」
「おおそうか! なら急げよ。お前がいないと釣りはよくわからん。早く戻ってこい」
「しょうがないな、わかったよ」
その日はアルフレッドと、つまんない昔話をして過ごした。
釣った魚を塩焼きにして二人だけで食べた。
それからまたこうして釣りでもしようと約束して、やっぱりやることないから、それぞれの仕事に戻っていった。
分割の問題で、次回と次次回の文字数少なめになります。
これからも週1更新でゆっくり続けてゆきます。
感想や沢山の誤字報告ありがとうございます。書籍版の改稿の助けになっています。




