53-13 浄化の永久機関と、宝石と排泄物の境界線
夏島中央の湖まで、不可視ドロポンを追いながら排泄物を拾って進むつもりでした。
ですけどその途中で、ドロポンが動かなくなってしまいました。
「あのね、アインスによるとね、アレクがうんちばっかり拾ってるから、恥ずかしさの限界らしいわ。だから先に行ってなさいよ」
「えーー……じゃあ誰が糞を拾うんだし……」
「兄様の代わりに、仕方ないので私たちが棒で、袋詰めしておきます……。確かに争いの種に、なりかねませんから……」
それなら別にいいや。
そういうことで俺は一足先に、島中央に向かいました。
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「キェッキェェーッッ♪」
「お、レウラだ。今日はよくがんばってくれたな」
湖に到着すると、労働の代価である生肉にがっつくレウラがいました。
子竜形態に戻った蒼いやつと赤いやつに白いやつです。
俺がそこにやってくると、なんか知らんけど機嫌がいいのか大歓迎でした。
「待ってたっスよ先輩。早速っスけど、これどうやって動かすんスか?」
「運んで設置したはいいが、動かし方がわからんとはな。お前の作る物はつくづくわからん物ばかりだ……」
「そこはたぶん動力かな」
「制作者がたぶん、とか言うな。士気が落ちるだろう……」
アルフレッドとアシュリーが急かすので、湖に設置された女神像に魔力を込めることにしました。
「レウラ、ちょっと手を貸して……くれそうもないな今は。しょうがない」
ご主人様より肉の方が大事だそうです。
気づかないふりをしてすっとぼける竜に冷たい目を向けてから、俺は湖の深いところに向かいました。
女神像のあった辺りに到着すると、もう胸の辺りまで水に沈んでいました。
「先輩、ヒルがいるかもしれないっスから、気をつけるっスよ~」
「それ早く言えよっ! っていうかわざと黙ってただろお前っ!?」
「ははっ、そんなことないっスよ。ちょっと忘れてただけっス」
「早くやれ、これ以上もったいぶるな、アレクサント」
二人の視線だけではなく、運搬に携わったヤクザ連中の目もありました。
その注目がちょっといい気分になってきたので、言われるがままに女神Gの像に強い魔力を込めてゆきました。
「おっおおおおおーっっ!?」
像がエメラルド色の燐光を放ち、続いて各所の孔から噴水が空に舞い上がりました。
その高さと水量がまたダイナミックです。
触ったら痛いじゃ済まなそうな水圧で、湖を吸い上げて、どんどんと浄化してゆきます。
やや青みがかった湖水が藻類を含まない透明な水に浄化されてゆくのを、俺は湖から抜け出しながら確認しました。
「お前が作った物なのに、珍しくまともに動いているな……」
「それどういう意味だよ」
「そのままだ。事実あのエルフたちがな、まだ貴様の作ったLV99ココナッツを、割ろうとがんばってるのだぞ……」
「え、嘘。まだ諦めてなかったんだ、アレ……」
ずぶ濡れになってしまいました。
だけどここは夏島、ローブを脱いでパン一になればすぐに乾きます。
「うむ、それなら我も影ながら協力しているぞ。あそこまで割れぬと、夢が出てきおったわ、ククク……」
「あれ、グリムニールさん? あっ……」
そこに不可視ドロポンとそのお供が到着しました。
言葉を言い換えれば、大地を喰らうドロポンがここまで水路を引っ張ってきてくれた。ということでもありました。
「ドロポンありがとう、助かったよ。……って、なぜに逃げるし」
「普通に考えなさい、嫌われない方がおかしいわよっ」
「ドロポンの中で兄様は既に、ウンコ人間。という認識になっているのではないでしょうか……」
事実はどうあれ、ドロポンが水路からどいてくれたのは好都合です。
ガンガンと湖が浄化されてゆく中、残る工事はあと一つだけでした。湖と水路を繋げるのです。
「ってことで、ドロポンを湖につっこませるわけにもいかんし、みんなで残りの仕上げをしよう!」
「承知の上だ。やるぞお前たち!」
「へいっ、若頭!」
「誰がお前たちの若頭だ! せめて領主と呼べ!」
ヤクザとなれ合うアルフレッドの指揮もあって、水路はすぐに開通しました。
海側への弱い勾配の付いた水路を、湖水が滑るように流れ伝って、浜辺の方角に進んでいきました。
これにて水路は完成。後は大地を喰らうドロポンに貯水池でも作ってもらって、そこに繋げ直せば、もう生活用水には困りません。
「それもこれもドロポンのおかげか……。おおよしよし、ドロポンよしよし、いい子だぞー! って、逃げるなって!?」
感謝を込めて不可視ドロポンをパンツ一枚の俺が飛びつこうとするも、メタルスラ○ム的な速度で逃げ出しました。
「兄様、ドロポンは、うんちをベタベタ触った手で、自分に触れるなと言っているのでは……?」
「いいやこれはうんこではない! 立派な宝石だ!」
それを証明するために、俺は袋詰めされた宝石を拾いました。
島中央の土が宝石化したものは、トパーズのように黄金色の輝きを持っています。
「くんくん、ほら匂い無し、ぺろぺろ、変な味無し。これは宝石だ」
「アレクサント、お前は何をやっているんだ……」
「アレクが、ドロポンのウンコ舐めたわ……ううっ、気持ち悪い……」
するとインビジブル・ドロポンが(>_<)と恥じらいいっぱいの顔になりました。
こんなに素晴らしい物を生み出したのです。恥じらう必要はどこにもないというのに。
「なんや、わかっとらんなぁ……?」
そこにあのモショポーさんが現れました。
筋肉隆々に変わったあの小悪党女将は、まるで哀れむように俺を見たのです。
「このグニグニしたキラキラこそがお宝やで! なんやそれ、ただ普通のどこにでもある宝石やんか! こっちのピンクのウンコ――じゃなくて宝石の方が価値あるでーっ!」
「今ウンコって認めたっスよね……うぇっ!?」
モショポーさんがジェリードロポンを糞を掲げて、それから頬ずりを始めました。
うわ気持ち悪い。ウンコ相手になにやってんだアイツ……。
「ってお前っ! それ不可視ドロポンの糞じゃん!?」
「当然や! これも金目の物であることは間違いないけどなぁ……至高がこっちのピンクのやつやっ!」
人にマウント取っておいて、モショポーさんは回収し忘れの不可視ドロポンの糞もちゃっかり抱えていました。
ああ、わかってないなコイツ……。
「見ろこの大粒! カチカチの硬度! これを見てもうウンコとだと思うやつはいない! どんなに綺麗でも、そんなブヨブヨの塊じゃ宝石だと誰も思わないんだよ!」
「わかっとらんのはそっちやっっ! 個性があるからこそ価値があるんや! そんなんフツーやフツー!」
俺たちは宝石とウンコを見せつけあいました。
もちろんモショポーさんが持ってるヤツがウンコで、俺は本物の宝石です。
既存の宝石と組成が異なるとなると、鑑定士が認めない可能性もありますが、ウンコじゃないです。これは宝石です。
「兄様……それ以上低レベルな争いはお止め下さい……」
「アホが悪化したようだな……。アレクサント、見苦しいからもう止めろ。モショポーもだ!」
不可視ドロポンに目を向けると、消え入りそうなほど色合いを薄くしています。
その顔は変わらずの(>_<)表情を描き、もう止めて止めてと言わんばかりに、プルプルと震え続けるのでした。
「それ以上バカなやり取り続けるなら、あの袋ごと全部焼き払うわよ……」
「あ……それは名案ですね、リィンベル……」
なぜだ……なぜあの宝石の価値がわからない。
でも焼き払われたくなかったので、矛を収めることにした。
「やーい、ピンクうんこたれー!」
「なんやてぇっ!? そっちこそカチグソぺろぺろする変態やんかーっ!!」
最後に勝利宣言した方が勝ちだって、そうネット掲示板に教わりました。実行しました。
「……焼きましょ」
「はい、そうしましょうか」
「あーこらっ、ギャーーーッッ?!!」
そしたら、俺のお宝は袋ごと全部焼却処分されましたとさ……。
「うんちでしょ……」
「だからウンコじゃねーよっお嬢!!」
その後、俺が不可視ドロポンのストーカーと化したのは言うまでもない。
おかげさまで、書籍版の売り上げが好調なようです。
買って下さった皆様に、改めてお礼を申し上げます。
ありがとうございます。




