53-9 初めましてお久しぶりです、海いこうぜ 1/2
「助けてみんなぁーっ! ってまだくじ引きしてるぅー!?」
アレクサントは仲間を呼んだ。
仲間はくじ引きをしている。効果が無かったようだ。
「ともかく膨らんでしまったものは仕方ありません。二人とも、すぐに大公様ににご報告を」
「すみません先生……。父上はボクが責任持って説得するので、せっかくですし、今日は城でお食事でも……」
「つまりタダ飯? と見せかけて牢屋飯ってオチじゃないよね?」
「そうはさせません。これはボクの意志です! 後悔はありません! むしろ、むしろこれがあるべき姿のような、そんな気がしてきています!」
だからなおさらたちが悪いんだよな……。
俺は乳の優劣と、服用の順番をいつまでも争い続ける薄情な連中に見捨てられて、というか眼中にすら入れてもらえなくて、そのまんま馬車に拉致られて公城に運ばれて行った……。
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空が夕暮れを迎える頃、急かしてしまったのか気の早い晩餐が始まりました。
場所は大公家だけの特別区画、その食堂です。
家族でゆっくり食べるときに使う場所らしい。白い円卓のテーブルは、その気になれば向かいの席のおかずをくすねられそうなくらいに、ほど良く小さい。
のだけど、円満な家族の食卓にまぎれ込んじまったような、激しい場違い感を覚えたよ。
「ふむ、つまり間が悪いところうっかり入り込んでしまい、魔が差した、ということだな。うむ、少しくらい胸が大きくなったところで、公子は公子だ。むしろすまんなアレクサント殿、マハがまた迷惑をかけたようだ」
さすがの俺もおっかなびっくりと大公様の沙汰を待ちました。
ところが晩餐開始数十秒で、なんか即許されてました。
ちょっとこういう展開予想してないな。ていうか、また俺をハメやがったのか、あの小姓?!
「これくらいならまあ、遅れて成長期がやってきて、急に鳩胸になったで通るだろう」
「本当に通りますかねそれ……? というかあの、質問いいですか大公様」
大公様が良いって言うなら、この国ではOKってことです。
本当にそうやってOK出していいのか、さすがの俺も困惑ものだったけど、そこは何か問題が起きてから対処すればいいや。
「すみません先生……。ボクもなんだかあの時は、頭に血が上ってたみたいで、すみません……。父上、でもボク、どうしても……」
「気にするな、アレクサント殿の薬は一過性のもの、そのうち効果が切れると聞いている」
それにそう、レシピそのものは同じだからいつか効果が切れることが決まっている。
だから大公家の身体と権威を張ったジョークってことに――なったりしないかさすがに。
「しかしうちの子がますますかわいくなって、これは困ってしまうな、わははは! おお、ところで質問というのは?」
それはそうとです。実はそこに絶対にあり得ない人物が同席していた。
これは大公家の席、そこに俺はお呼ばれされたはずです。
なのになんでだ、なんでそこにいる……。
しかもなんかさっきから、大公様とマハくんと超親しげって、どういうことなんだ……。
「あのさ……。あの……何でそこにマダム・フランソワがいんのっ!?」
それはフランソワ婦人です。古くはリィンベルと俺をおちょくり回した前科者。職人街の雑貨屋キルトの女店主、有閑マダムのフランソワ婦人でした。
「うふふ~、しばらくぶりかしら? だけど初めて会ったあの頃を思い返すと、ずいぶん大きくなったものねぇ~! マハとこんなに仲良くなってくれて、オバちゃん嬉しいわ♪」
「ぼ、ボクはただ……先生を、心から尊敬しているだけで……。別に変な関係じゃ……」
円卓の正面にマダム。左に大公様、右にマハ君。ニコニコと俺とマハくんを眺めて、フランソワ婦人がシーザーサラダをほおばります。
状況に脳の理解が追いつかないってやつ。わからん、なぜ我が物顔で飯食ってるんだろう、このマダム……。
「うむ。彼女の意向でずっと秘密にしていたのだがな……。いい機会なので、今日からは趣向を変えるそうだ」
「いやわからん、つまりどういうことだし……」
でもサラダがちょっと美味そうだったので、俺もようやく自分の皿のやつを手に付けました。
シャキシャキでみずみずしくて超美味い。モリモリと皿のヤツを口に押し込みます。テーブルマナー? 貴族科での経験? 覚えてるけどこれって非公式の席だし知らん知らん。
「夫よ」
「うむ、俺の妻だ」
「えっと、母上なんです……」
修行の足りないやつだったら、ここでサラダを気管に詰めたり、マダムの顔面にサラダをトッピングしたりもしただろう。
だが俺は落ち着いて、はいそうですかと微笑んで、口の中のやつを胃袋に納めます。
「で、本当は?」
「はははっ、そう言うと思ったぞ。おっと……よさないかフランソワーヌ」
「は、母上、止めて下さい……うひゃぁっ!?」
信じない俺に向けて、マダム・フランソワもといフランソワーヌさんが大公様の頬にキスをして、それからマハくんにも同じことをしました。
よっぽど親密でなければ、というかママンじゃないとそうそう許されないやつです。
「いや、いや冗談きついでしょ……。フランソワ夫人が大公様の奥さんだなんてそんな、なら、ならあの店はなんなのさっ!?」
「趣味よ~?」
趣味でやってるのは最初からわかってますよ!
大公婦人でありながら、職人街で何やってんのって聞いてるの!
「ああ、俺が言うのも妙かもしれんが妻は変わり者でな。最もらしい理由を付けるならば、市井の中から国を見てくれているのだ」
「うふふ……出会ったあの頃は、マハの胸をこんなにしてくれるだなんて、予想もしなかったわ。責任、ちゃんと取ってね? アレックス先生? ああそうだわ~、今日はー、マハの部屋で泊まっていかないとダメよ~?」
んなバカな、公都って平和だな……。
キルトを初めて訪れたあの時は、俺も錬金術師になるなんて考えもしなかったけど。
「や、止めて下さいよ母上っ、そんな……はしたないですよ……ぅ、ぅぅ……。ボクの方から、ちゃんと、誘うつもりだったのに……」
聞こえてる聞こえてる、聞こえてるからマハくん。
あーヤベ、飯美味いけどもう帰りてぇ……。飯だけパックに詰めて即帰りてぇ……。
改稿作業順調です。もうじき情報が出せる、のかも?
もう一度読んでも懐かしい面白いテキストになっていますので、どうか買って下さい。
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