53-8 次期大公とおっぱい
人間は欲望と理性の狭間でせめぎ合う獣です。
論理的に考えれば絶対にあり得ない選択肢も、一時の感情の高ぶりに押し流されて、ポチッと押しちゃうもんです。
エロゲで例えるならばそれは、特定キャラの攻略ルートに分岐したというのに、他のキャラが気になっちゃって、結局バッドエンドになるパターンです。わかりにくいわこれ。
「あの、マハくん……? やっぱりやめておいた方が――公務に差し支えないかなソレ……」
「ご心配ありがとうございます。でも、もう決めたことですから……」
「いや考え直しても良いと思うけどな! 無理にとは言わないけど、もう一度だけ、現実を見つめ返して、みたり……?」
「大丈夫です。むしろこれを飲めば、ありのままのボクになれると思うんです! だから飲みますっ! んっ、んんっ……」
なぜだ……なぜ酢だこさん次郎のリサイクルから、こんなことになったんだ……。
今俺の目の前で、マハくんが次期大公命令という強権を発令して、俺たちが作ったスーパーな増強剤を三滴ほど水に薄めた物を、一気に飲み干していました。
「あーあ、なんて大公様に言い訳すればいいんだろな……」
しらは通せない。こんなバカげた物作るのは、うちのアトリエ以外のどこにもないからです。
そうなると上手い言い訳の方を考えなければならいんだけど、そんなものこの世にあるわけがないよな……。
「ボクが望んだとお伝え下さい」
「あ、そう……。でもさ、でもいくらなんでも、あの大らかな大公様でもさ……」
次期大公(♂)の乳が膨らんだとか、どう考えたって国民の注目が雄っぱいに集まるルートしか見えない。
いっそ♀にしちゃえばいいのかな。いやダメ、それこそ取り返しが付かないヤツ!
「ぅ……はっはうっっ!? うっ、うぁっ、んぁぁぁっ、む、胸が、胸が熱っ、あっああっ!?」
そうこうしていると、甲高いソプラノボイスが下手な女の子より甘ったるく響いていました。
見ればマハくんは胸を抱えて、呼吸を乱して身を屈めています。
他の子ならまだしも、何でマハ君でこんなイベントが起きるんですか……。
「マハくん? 大丈夫? マジで苦しかったら言ってね?」
「ひゃぅっ!? い、いま、今は触っちゃっ、ダメ……」
気遣いに彼の細い肩に手を置いたら、あらやだ感度3000倍?
公国一番のカリスマが内股になってしゃがみ込んじゃいました。
「どうにかしなさいよ。死んじゃったら打ち首じゃ済まないわよ……!」
「うむ、欲望に任せてうかつなことをしたものよ。だがこれも偉大な研究のためよ……」
「ならもっと早く止めてくれたって良かったじゃん……。お、マハくん?」
症状が落ち着いたようです。マハくんがゆっくりと立ち上がりました。
抱えた胸部を解放すると、プクリとわずかに膨らんでいる気がする。良かった、これくらいならギリギリ隠せるかな。
「んっ……なにか、また、きちゃ――ふぁぁっ!?」
ところがどっこい、ただのフェイントでした。
マハくんの身体が二度大きく震えると、乳が段階的に膨らんで白いチュニックがパッツンパッツンになりましたとさ。
たった三滴で、AAAカップからCカップほどの巨乳ちゃん入門モデルに大成長です。ま、まあ、まあまだごまかせる……かな……。
「やったわっ、大成功よ!」
「ふむ……3滴でこの効果なら、我は10滴ほど飲むことにしよう」
「そうね、そうしましょ!」
「そうですか、なら私はなんとなく11にします」
「ちょっとっ、ずるいわよアクアトゥス!」
「うむ、ならば我は12滴使うぞ!」
「お婆様、それは私たちが力を合わせて、作った薬です……。こぼしたら大変、返して下さい」
しばらくホッとしたりヒヤヒヤしながらマハくんのおっぱいを凝視していました。
しかしふと気づくと、なんか女性陣が薬の奪い合いを始めている。
いや10滴からスタートってそれおかしいから……。
仮に初期サイズAだとして、1滴で1サイズアップだとすると、Kカップからの意地の張り合いになるわけで。
そんな乳のインフレ、誰も喜ばないから止めてくれ、正気に戻れ、頼むお前ら……。
しかし今は何を言ってもムダくさいので、マハくんの方を気遣うことにしました。万一とんでもない副作用でもあったら困るし……。
「あの……ボク、どうですか、先生?」
「ああうん、反則。ヤバい、ますます女の子にしか見えなくなった。マハくんはやさしいし、公国で一番かわい――いやなんでもない。とにかく妙に似合って空恐ろしい」
煌びやかな公子の準正装です。
淡い緑の長い髪と、パッツンパッツンに膨らんだ白いチュニックの胸部が、色気と高貴なる香りのコンビネーションアタックでした。自分でも何言ってるのかちょっとわかりません。
「でもこれって、本物なのでしょうか……?」
「本物? いや見るからに本物だって。たぶん」
「自分で確認するの、少し恐い……」
「ならなぜ飲んだし」
「あの……すみませんが、確かめてみてくれませんか……? ボク、先生になら、全部、見られてもいいですから……」
今日のマハくんなんか強引? ガシリと手首をつかまれて、チュニックの中で自己主張するCの丘へと、俺の手首が押し当て誘われましたで、候。
ホントさ、なんでこのイベント、マハくん相手で発生してるんだろ……。
「んっんんっ……どう、ですか? 僕の、おっぱいに、なっていますか……?」
「うん……くっそやわらかい」
平常心、平常心だぞ俺。膨らんだとはいえこれは男の胸部、性的な物ではない。
というか男にだってこのくらいの巨乳なんていくらでもいる。農場長を思い出せ俺、でっぷり太った腹と、胸と、脂ぎった顔を……。
「良かった……。では先生、次期大公命令です……中の確認をして下さい……どうか、ボクの代わりに、見て……あっあんっ!?」
それは戸惑いか混乱か。無茶苦茶な要求に先生の手先がガクガクと震えていました。
それがマハくんの敏感に刺激して、もうダメ、もうヤダ、今すぐ部屋に帰りたい!
「先生が父上を、眷属に変えたことは、これで帳消しにします。だから、お願いします。怖いんです……」
「わわわわわわ、ダメダメダメダメダメッ、そっちはダメッそっちはダメだってっ! その理屈ずるいよっ!?」
マハくんが俺の手をチュニックの下に潜り込ませました。
そこからヘソをダイレクトタッチさせられて、上へ、上へときめ細かな肌の上を滑り上がってゆく。
「先生ぇ……僕、心臓が、止まりそう……っ」
「ヤバいヤバいヤバいヤバい、おいお前ら誰か止めろよっ?! って、まだ争ってるぅーっ!?」
この珍事態に誰も突っ込まないから、なんかおかしいなとは思ってました。
例のスーパー豊胸剤は一度テーブルに置かれて、お嬢、グリムニールさん、アトゥが三方より取り囲んでいます。
「わかったわ! こうなったらくじ引きで決めましょ!」
「じゃあ、ダリルちゃんがくじ作るねー! ていうかさ、マジで重いだけだと思うんだけどなぁ……」
「それは富める者の理屈であるぞ!」
「ダリル……あなたの天下は、今日までです……」
ダメだ、あっちまだだいぶかかりそう……。
あっちとこっちで次元そのものが断裂してるんじゃないかってくらい、二つの事件は不干渉!
「先生、こっちを見て……。ボク、先生になら、女の子に改造、されても……」
いやところがです。そこに見覚えのある顔がヒョッコリと現れました。
マハくんが来ていたのですから、彼が同行していてもおかしくありませんでした。
「殿下、そろそろ……おや?」
「あ。確かこの前――そう、俺に変な薬を盛ったクソ小姓」
「ぇ……」
小姓の目がマハくん、しいては俺が手を突っ込まされている胸に目が行きました。
一方のマハくんは、彼に現場を見られたくなかったようです。俺と一緒に硬直しました。
「ほぅ……これはこれは。これは責任を。取っていただかなければなりませんね、魔侯アレクサント様」
「違うよ! ボクがわがままを言って、勝手に薬を飲んだだけだよ!」
「そういう問題ではありません。その胸でどうやって公務を続けるつもりですか? こうなったら、一緒に来て下さいますね、アレクサント様?」
クソ小姓が高圧的に俺を恫喝しました。
悔しいけど逆らえない。事を荒立てたらさらに状況がこじれて取り返しが付かなくなります。
「えーと参考に聞くけど、どこに……?」
「もちろん公城です。もし拒むならば、私から上に報告いたしますが……?」
こうして俺は公城に拉致されることが確定しました。
大公様への言い訳? 全く思い付かん。
豊胸剤なんてこの世に存在しなければ平和なのに、脅されて作らされた俺が悪ぅございました。って言ったらさすがに怒るかな……。




