52-7 終幕 夢を見る大陸 いつまでもいつまでも
「兄様、敵は退きました……それ以上無理をされないで下さい……。アインスが釜に身を投げたのは、けしてムダではありませんでした」
アインスから何かしらの信号が発されていたのか、あるいは城内に内通者がまだいたのか、標的の消滅を知ると敵軍は逃亡と潜伏を選びました。
やつらはヒルデガルドの軍勢との激突を避けて、人間が踏破していない大陸中央高地の魔境に逃げ込んだのです。
「アクアトゥスさん……ごめん、アクアトゥスさんもきっと、同じ気持ちだったんだろうな……。俺は、罪深い願いをしてしまった……こんな苦しみを、幼い頃のアトゥに強いたのか……」
「アトゥは平気です、ずっとまた会えると信じていました。ですがそれより、腕の方は……?」
「それは大丈夫、傷もふさがってるし、俺はホムンクルス、後で新しい腕を作ればいいことだよ」
「兄様……」
戦争が終わった。ならばアクアトゥスさんに見届けて貰おう。
俺は左腕だけでダリルの杖を持ち、錬金釜を丁寧に丁寧にかき混ぜる。今のこの身体に残るありったけの魔力を込めて。
誰にも負けない、絶対に死なない最高のパートナーを作ろう。
アルフレッド、アシュリー、ダンプ先生、あいつらもクローン・ホムンクルスとして復活させてしまえばいい……。そうすれば全部元通りになるはずなのだから。
そうすれば俺と同じ時間を生きられる……それが同一人物かどうかは、定かではないけれど……。
俺はこれから自分自身のオリジナルと同じ轍を踏もうとしている。
だけどもうこうするしかないんだ。これはアインスさんが命をかけてえらんだ結末なんだから。彼女はこうなることを願った。ならば俺はそれを叶えるしかないのだ。錬金術師として。
「兄様、生まれます……」
「うん……」
生まれる。やわらかな光が離れの部屋を包み込んで、やがて真っ白に染めていきました。
光と共に新しいアインス・ガフが生まれる。光の飽和が急激に萎んでゆくと、その釜の中に7歳ほどの小さな女の子いました。まるで胎児のように眠っています。
やさしい顔立ち、恐怖に色を失う前の赤い髪、アインス・ガフに極めて似た人型ホムンクルスがそこに。
「アインスッ、兄様ッアインスが戻ってきましたっ! この方法で他のみんなも……兄様ッ?!」
「いや……これは、ちが……う……」
俺は魔力の全てを使い果たして、ついに冷たい石床へと倒れていました。
苦しい、このまま凍り付いてしまいたい。絶滅に染まったかすれゆく意識の中で俺は願いました。
こんなの最悪の結末は認められない……。
もしもやり直せるものならば、やり直したい、錬金術の奇跡の力、他のありとあらゆる全ての方法を用いてでも……。
いや……そうじゃない。もっと手っ取り早い方法があったことを思い出しました。そうです、アレに願えば良かったんです……。
眠れる者、この大陸中央高地そのもの、この土地そのものが彼女の夢ならば……。
いや……最悪起こしてしまって、この地の破滅を招く可能性もあるが、彼女に賭けるだけの価値はあるはずです……。
もしも、もしもこれが彼女の夢ならば、世界をループさせることも可能かもしれない。
夢が同じストーリーを繰り返すように、彼女の夢に介入して、全てをやり直させよう。もうそれしかないのだから。
「兄様……今は、今は休まれて下さい……じきに取り戻せます。元通りのみんなとの生活を必ず……」
ならば……愚か者はこう願おう……。
こうして彼らは、憎むべき敵を全て滅ぼし、いつまでも、いつまでも、幸せに暮らしました……いつまでも……いつまでも……永遠に。
俺は大公家を裏切ることに決めた。
眠れる者の元に必ずやたどり着き、世界そのものを欺くことに決めた。
――世界を騙した愚か者の真実――
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・
・
・???
わたくしの名はアインス・ガフ。かつてそう呼ばれた者であり、黒の錬金術師アレクサントの右腕と融合した全くの別人。
錬金術師アレクサントは大陸中央高地そのもの、眠れる者に理想の物語を語りました。
こうしていつまでもいつまでも、幸せに暮らしました。いつまでもいつまでも。
だからこの物語には終わりがないのでございます。
いつまでもいつまでも、愉快な仲間との冒険と生活が続く夢物語、夢見る世界をわたくしの主人が願ったのですから……。
アインス・ガフが釜に身を投げて、アレクサントがその腕を捧げなければ、わたくしは存在しません。
枝分かれしたもう1つの世界、アレクサントが願った世界に祝福を……。
魔王のいるアトリエ2代目の主人として、わたくしはここから全てを見守っています。
アレクサントがやり直しを願わず、自分たちの新しい娘として、わたくしを受け入れたもう1つの世界から……。
「アインス、こんな夜中に何をしてるんだ? ほら女の子なんだから早く寝なきゃ」
「ぁ……ご主人様……」
「いやいや、そこはお父さんって呼んでって言ってるだろ」
「はい、すみません。わたくし2つのアインスが混ざっていますから……」
アレクサントパパ、パパの全てをわたくしは知っている。
あなたの身に起こった全ての歴史を、わたくしだけが知っている。
この世界に来る前のこと。ハーフエルフのオールオールムとして栄光を手に入れ、やがて悪に堕ちて苦しみ抜いたこと。
オリジナルのスペアとして創造され、アクアトゥスのために命を捧げたこと。
生まれ変わったあなたがアカシャの家に入学し、掛け替えのない仲間を見つけて、別れて、もう一度出会って、哀れなアインス・ガフを身請けしたこと。
あなたが愛すべき公都で様々な騒動に巻き込まれ、あるいは自ら引き起こしたこと。大切な親友アルフレッドを取り戻しに行ったこと。
あなたが全てを捧げて、アインス・ガフのために巨人の血を手に入れ、肉体の半分を失ったこと。
あなたが運命と再び出会い、最悪の錬金術師という己の過去を受け入れ、1つになったこと。
キルケゴール・アダムが語ったもう1つの世界の悲劇も、眠れる者とアバロン大公家の秘密も。
あなたがどれだけ寂しがりで、別れを嫌っていたことも。みんながアトリエに集ってくれたことに、あなたが心より感謝していて、何よりも大きい幸せと救いを抱いていたことも。
わたくしはあなたの全てを知っている。なぜならわたくしは、アインス・ガフであると同時に、黒の錬金術師アレクサントでもあるから……。
わたくしは、あなたの苦しみも、喜びも、悲しみも、何もかもを知っています。
だから育ての親でもあるあなたの幸せを、わたくしは願わずにはいられない。
「もう1つの未来を見ていました」
「うん、そうみたいだね」
「終わらない喜劇、誰とも死に別れない世界の物語を」
平行世界を映し出す水鏡を使って。
これはわたくしが作った宝物、アインス・ガフが大好きだった彼の、幸せな笑顔を見ることができる物なのです。
「いや正直さ、若い頃の俺って教育に悪いっていうかさ……本人からすると見るにコイツ堪えないわ……」
「ご主人様、今からでも遅くありません。誰も死ななかった世界を、眠れる者に願われては?」
わたくしの中に眠るアインス・ガフとして彼に言いました。
アインス・ガフならきっとこう言ったはずです。自ら釜に身を投げるほどに、あの頃の仲間を愛していたのですから。
「だけどその世界に俺の娘はいない。俺の腕と融合した新しいアインスさんはね。……仲間を失った俺が見つけた、新しい仲間とも別れることになる。もう今さらだよ」
「でも……見て下さい、あちら側のあなたは、とても幸せそう……」
無邪気に笑顔を浮かべたり、調子の良い態度で人を翻弄したり、ウルカに追われたり、アクアトゥスおばさまに言い寄られたり、本当に鏡の向こう側の彼は幸せそうでした。
「ま、終わりのない幸せな世界があってもいいさ。そんな世界がこれからもどこかで続いてくれるなら、この先どうなっても後腐れなんてないかもな」
「いいえ……この世界でも続きます。いつまでもいつまでも、グリムニールお婆さまとリィンベル、わたくしがご主人様を見守ります。あなたの黄金時代にあった顔ぶれが、消えてしまったこの世界で」
永遠を否定したあなた、永遠を実現したあなた。2つの世界のあなたに祝福を。
わたくしは観測者として、いつまでも、いつまでも、ここからあなたを見守っています。
絶対にわたくしが入ることのできない、世界の全てを騙したあなたの世界を。
「いいから寝よう、ここはカッコ悪いからアインスに見せたくない」
「そんな、とても良いところですのに……」
鏡の向こう側で物語が動き出す。
全てを終えて、果てのない喜劇が始まるのがわたくしには見えた。
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・世界を騙した愚か者
全部思い出しました。
アルフレッド、アシュリー、アインスが1度世界から消えていたこと。俺が禁忌を破って眠れる者に接触して、世界全てを騙していたこと。深い絶望と後悔の全てをです。
そうか。じゃあまずはロゴス、悪いけどお前を作り替える前に、今の記憶だけを都合よく吹っ飛ばす薬を研究することにするよ……。
だってそれが、この世界を歪めた愚か者の願いだからな。
この世界が偽りの夢だと俺が疑えば、きっと眠れる者の夢に深刻な悪影響を与えてしまう。
「ぁ……。リィン……あの、私のこと、覚えいるかしら……。ただいま……今日までずっと、抱き締めてあげられなくて、ごめんなさい……」
「母さんっ、本当にお母さんなのっ?! 嘘……ぁ、ぁぁ……アレクッ、この人があたしのお母さんなの! 生きてた……死んだと、ずっと、叔父様に聞かされてたのに……! お母さん、あたし、あたしもう一度お母さんに会いたかった! ずっと、ずっとよ!」
俺の腕の中のロゴスは、もうリィンベルのお母さんに戻っていました。
ああ、こりゃまいったな……。
バットエンドを迎えた世界ではこうはなってない。これはこっちの世界だからこそ実現できた幸せなのです。
あちら側の俺は、失った仲間の仇を取ろうと、これまで以上の激しい憎悪をやつらに向けるようになっていたのですから、どうあがいてもこの結末にはたどり着けない。
「アレクッ、聞いてるのっ!? この人があたしのお母さんなのっ!」
「いやそこは見ればわかるし、というかもう既に知ってた」
「ふふふ……意地悪な旦那様だこと。本当にありがとう、私を解放してくれて……。心より感謝しているわ」
はいこれ俺の手柄、私を作り直して、とか無茶ぶりされたけど結果はオーライ、まあどうにかなるでしょ。ま、とにかくそういうことでさ。
「いえいえ。ま、お嬢もしばらく親子水入らずってことで帰省でもしてさ、あっちで楽しんできたら?」
「それもそうね……叔父様にも会わせたいもの、そうさせてもらおうかしら……」
「綺麗な、方です。でもリィンベルに、そっくり、初めまして、私は、アインス・ガフ、と申します」
つーことで眠れる者よ、底無しの魔王アバドンよ、悪いけどこの果ての無い夢に付き合ってくれ。
いつかお前の前に、本当の王子様が現れるまで、永久にな。
ああ、これでやっと、無責任でいい加減なアトリエ生活に戻れる。
俺は復讐と決別して、お義母さんのいる新しい未来の方を選ぶことにしました。
決断の決め手? そりゃお義母さんのエルフ耳に決まってるじゃないですか。
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俺だけ超天才錬金術師 終わり
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……眠れる乙女の夢は果てなく続く。
今回は大事なご報告があります。
実は本作『俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆるーく冒険+才能チートに腹黒生活』が第7回ネット小説大賞を受賞しました。
双葉社様から書籍化します。やりました、9500作品の中から選ばれました。やっと書籍化できます。
そういったわけでして、まずは今日まで応援とご愛顧下さった読者様にお礼を申し上げます。ありがとう~!
それから図々しい発言になりますが、書籍版買ってね! とお願いさせて下さい。売れたい……。
書籍化に差し当たって残念な残念な報告が1つあります。
本作の挿絵を精力的に描いて下さったシーさんには本当に申し訳ないのですが、大金の関わるビジネスですので、もっと人気のある絵師さんに挿絵をお願いすることになりました。残念です。
書籍版では新しいデザインのアレクやお嬢、アクアトゥスさんが現れますので、残念ですが、どうか楽しみにされていて下さい。
書籍ということは今よりエロいデザインになったりするんじゃないかな!(妄想)
で、書籍化報告と重なってしまいましたが、こうして本作は今日完結いたしました。
が、完結詐欺です。
このアレクサントくんの物語というのは大雑把に分類すれば日常系です。
こういったジャンルは、実際のところ終わらせようがありません。メインストーリーを終わらせたところで、お話の中心である日常がどこまでも続いていきます。
なのでここで一度完結、本編終了とさせて下さい。
で、次章予告。
次章は夏島のお話を予定しています。水着とか、キャキャウフフな方針で、明るく愉快な新天地開拓! みたいな本作らしい本作のメインディッシュ部分を押し出した構想をしています。
実はまだ書いてない、プロットもまだ。これからせっせと楽しんで書きます。
というわけでして、これからも明るく楽しい本作をどうか応援して下さい。
書籍化につきましては、公開可能な詳しい情報が入り次第ご報告いたしますのでお楽しみに! 中の人がんばります。




