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52-3 隠者と陥ちた公都

「うん、そこはまだ全部よくわかってないんだけど……なんか空飛ぶ城が現れたんだって。何もない場所からいきなり現れて、真上から公城に攻め込まれたみたい」

「空から……しかし情報はそれだけかい? ウルカくん、抜けた身の君にこう言うのも心苦しいが、確か無線といったか。向こう側の者に、もっと詳しく話を聞けないものだろうか……?」


「あー……まあそうなるよねー。もうしょうがないな~……」


 するとウルカは1枚の不思議な板を取り出しました。

 俺の知る時代には無いものです。


 薄く小型ですし、そんな小さな物で基地局も無しに海の向こうと連絡ができるだなんて、無線よりもずっと高度な物に見えました。


「あーてすてす、オーバー? ちょっとさ、聞こえてるー?」


 しょうがないですけど、奇異の目線がウルカに向けられる。

 変な板切れに向かって、コイツは何をやってるんだと。


「お、出た。情報ありがとう、それでさー、裏切ったボクと、ここにいるみんなをどう使うつもりか知らないけど……。もし奇跡を信じる気になったんならさ、もっと詳しい話を教えなよ」


 どうやら繋がったようです。

 スパイみたいなやつが公都を今監視してるんでしょうか。


「お前さ、もしかしてまさか重要幹部とか、そういうやつ?」

「え、なんで?」


「だって口調が偉そうっていうか、何でそんなに高圧的だし……」

「あ~、別に。これがいつも通りだし、上司だしコレ」


 ウルカは板切れに指を指して、何でそんなこと気にする必要あるの? と言わんばかりの態度でした。


「ウルカは、そういう子ですから……よしよし」

「ああっアトゥ……アトゥのそういうところがボクを変えたんだよ……」


『勝手に抜けておいて好き勝手いうな』


 ところがそこにしゃがれた声が響きました。

 それもかなりの大音量です。拡声器なんてない世界ですし、みんな驚いていました。


『アレクサント、お前の人柄はこちらで聞いている。要点だけ求める男だとな。なのでこちらも要点だけ述べよう。情報は伝える。だがそれ以上の支援はしない。我々は箱船の乗組員、英知を守り、ただひたすら隠れ続ける、それが先祖に与えられた宿命だ』


「ほら聞いた? 後一歩でゲームクリアだっていうのにさ、これだよ? 抜けたくもなるっしょ……マジムカつくぅ~……」


 俺はその言葉につい笑ってしまっていました。

 だってそれって、あっちよりこっちに毒されて、完全にこっち側になってるやつのセリフだし。


『お前は黙っていろ。それともう1つ、そこのウルカが敵の手に落ちそうになったら必ず殺せ、こちらの居場所を知られるわけにはいかない』


 制限時間0の、人生どころか血脈全部使った壮大な隠れん坊してる連中、って認識でいいんです?

 ま、居場所を知られたくない気持ちはわからないでもない。


「兄様に変わって私がお答えします! お断りです!」

「アトゥ……!」

「ま、どっちにしろ俺たちが勝つからね。命をムダにするだけだ」


 そういえばウルカが言っていました。

 これまで俺の周りに起きてきた出来事は都合が良すぎると。ならそのご都合主義繰り返されると信じればいい。相手がどんなにヤバかろうと。


「それよか早く情報よこしなよ、バッテリーだってタダじゃないんだからさー!」


『それは勝手に抜けた、お前の事情だろう……。わかった、現在の観測では、敵は公国公都に留まっている。他国に侵攻する気配はまるでない。城に留まり、何かをしているようだ』


「失礼、俺からも聞きたい。例の空飛ぶ城は……?」


 アルフレッドは無線の仕組みを理解したようです。

 ウルカの持つ板切れに向かって、問いを投げかけました。


『空から消えた。跡形もなく、あっという間の出来事だった』


「なら公都の外側はどうなんだい?」


 ロドニーさんもそれを見て、どうもそういうものらしいと割り切ったようです。

 家族を心配してか、たまらず口をはさんでいました。


『敵は都の外壁を盾に実質引きこもっている。外への攻撃の気配はなく、防戦一方だ。市民は全てが眷属に変えられた、城の方も同様だろう』


 誰だって疑問に思うようなおかしな話でした。

 今日まで隠してきた空飛ぶ城を、なぜもっと積極的に運用しないのか。

 そもそもこれが戦争ゲームなら、先に大陸最大の軍事国家ヒルデガルドを狙います。


「なんで動かないんっスか? 先輩が言うところの、舐めプってやつスか?」

「ぶったまげるような空飛ぶ城があるんなら、他の国もこれで一発でしょうねぇ……どうも()に落ちない話で……」


 フェルドラムズ、オールオールムが残した一番の問題児は嬉々としていました。

 世界が大きく動いてゆく流れを、ただ観測したいと願う変な男ですからコイツ。


「父上、母上……」

「はぁ、親方無事かなぁ……」

「アルブネア領は、籠城という謎の動きに助けられたな……」


 マハくんが思わず不安につぶやくと、それがダリルとアルフレッドに連鎖しました。

 アルブネア領がまた荒らされるのは俺も心穏やかではありません。良かった、早く戻って脅威を排除しないと。


 公国に連なる者は誰もがあちらの友人、家族を案じているようでした。


「情報ありがとう、ウルカの上司さん。その消える城っていうのが厄介だな……」

「そうね、今回みたいにレウラで一気に近付いて、おかしいくらい強いみんなで制圧して、本体を倒す、みたいにはいかなくなるわね……」


 本体を倒せばチェックメイト、それが古なる者との戦いのルールです。

 それに操られているとはいえ、これから戻るなり同じ公国民同士で戦うのも気乗りしない。全くもってそういう正面からの激突はお断りでした。


 軍属であるロドニーさんなんて特に辛いとこでしょうね。

 それも相手が同僚ならまだマシで、本来戦う力を持たない市民まで迎撃部隊としてやってくることになると、もう最低です。


 アルハザードでやった作戦をそのまま繰り返して、公都市民、公城の全ての者を己の支配下にしてゆく方法もあるにはある。

 だけど空を押さえられているとなれば、レウラが安全に空を飛べる保証がない。その場でゲームオーバーもあり得る。


「アレクサント先生、念のため言いますがね、同じ手は通じないと思いますぜ……?」

「大丈夫っス変なおっさん! 先輩ならどうにかしてくれるっス! 都が陥ちたあの時みたいに、無傷の勝利を手に入れるっス!」


 無傷の勝利……。無傷、それは、本当に……?

 急にどうしてかはわからない。おかしな違和感を覚えた。無傷の勝利というアシュリーの言葉に。


 いやアシュリーは間違っていない、一定の被害は出たが、俺は仲間を失わずにあのとき公国を取り戻した。

 俺は何も失っていないはずだ。……それからしばらくしてからようやく、期待の目が俺に向けられていることに気づいた。


「兄様……?」

「さすがにな、お前でも難しい状況だ」


 いつもならここで無責任な作戦が浮かぶ。

 だけどどうも今回ばかりは、答えが見えてこない。

 作戦の打ち方を1つ間違えれば、仲間が確実に死ぬことになる事態です。


 こんな状況になってしまったことに、俺は現実を疑いたくなった。どうしたんだろうか、いつもの俺らしくない、なんて弱気な……。


「ほらちゃんとしなよ!」


 いつの間にか目線が落ちていたらしい。

 それをウルカが乱暴にあごを下から持ち上げて、俺に気の強い目を向けてくる。


「ボクはせんせーに賭けたんだよ! せんせーなら絶対終わらせる! 見てるばっかりの、つまんないボクらの役目を、終わらせてくれるって信じて、一緒に来たんだよっ! いつもみたいに、せんせーの裏技でみんなを出し抜いて見せなよ!」


 ヤバい、コイツに説教される日が来るなんて思わなかったな……。

 悪いけどこういうノリは嫌いだし、悔しいからどうにかこうにかして見せるしかない。


 みんなを、いや敵を出し抜く方法か。

 着目点を変えれば、意外とあっさり頭に浮かんでくるもんだな……。


「レウラ、進路変更だ。東北東に飛べ、目的地はフレスベル自治州南端だ」

「おぉ、うらの力を頼るかぇ? 良かろう、エルフの宿敵を倒すまたとない好機、もちろん協力するぇ……!」


「それもあるけど、メインの目的は違うよ、キエ様」

「ほほぅ……? よかろう、詳しく言うてみよ……」


 正面から勝てないなら……。


「やつらの目の届かない場所から、迷宮管理者ちゃんに接触する。後はこの前と公都奪還と同じだ。公都異界化を誘発させて、空飛ぶ敵の根城と都を分断する」


 敵が執着している物を隠してやればいい。


「うむっ、そうか我は理解したぞ! 後はお前が異界化した都の内部に入り込み、眷属化の力を使って敵を飲み込めば……自ずと敵の動き、狙いもわかるというわけじゃな!」

「あの……グリムニールさん、そこ一番美味しいセリフなのに……ここぞと持ってったね……」


 ちっちゃいロリババァ様はだからどうしたと、ふんぞり返って胸を張る。

 ああ、グリムニールさんはいいな、何度見返してもエルフかわいい。エルフ最高だからやっぱ許せる。


「しょうがないじゃない、アレクの美味しいセリフはみんなの共有財産よ!」

「お嬢までなに言ってるし! いいとこ持ってかれる側にもなれよな!? これで結構説明とかするの好きなのに俺!」


 目指すはフレスベル自治州。そこから公都異界化という18番を発動して、敵の目論見をひっくり返してやろう。

 逆に考えれば、この試練さえ乗り越えれば平和な生活が返ってくる。


 錬金釜をかき回しながら惰眠をむさぼって、アルフレッドをおちょくって、ダリルと酒でも飲んで騒いで、アシュリーとたまに迷宮でも行って、ウルカのナイフから逃げ回ったり、マナ先生のセクハラに絶望したり、ダンプ先生にまた父親づらされたり、朝にはアトゥに馬乗りで起こされ、ドロポンとレウラ、ツヴァイに囲まれながら店番をするアインスさんを眺めつつ、リィンベルといつまでもいつまでも帳簿を眺めながら暮らせる。


 全てを終わらせて、俺はもっともっとダラダラと生きる! ただしレウラ、事件が解決したらお前には絶対に、元の1匹に戻ってもらうからな、そこ絶対!!


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