47-7 呪われた敗北者の隠れ里
「キングエレメントをお探しだそうですね」
その後、住民との接触に成功した俺たちは、村長の家に呼ばれることになりました。
その気になれば壊れかけのアレを破壊することなど簡単でしたけど、先に情報を引き出しておかなければなりません。
俺は、俺の中に眠るアイツの憎しみや、破壊衝動を押さえ込んだ。どうも状況がおかしいからです……。
「そうです。どうか教えて下さい、僕たちはそのためにここに来たのです」
「おねが~い、おじいちゃ~ん♪」
村長はくたびれたジジィでした。
魔力を持っていましたが俺の相手ではありません。
マハくんの真摯な態度、マナ先生の年がいもない媚びに、彼は笑いも怒りもせずそのまま受け取っていました。
「それならここより北西の台地で目撃されております。ライトニングエレメント、特に危険な個体ですのでご注意を。さて、魔王様……私どもは素直に情報を提供しました、見逃していただけますかな……」
返答しかねました。
俺の役割はアレを壊すこと、目の前に壊れかけの古なる者が現れたというのに、見逃せなど言われても困ります。無理でした。
「お願いします……。私どもはここで静かに暮らしていたい、ただそれだけなのです……」
「そう思っているのは長である貴方だけかもしれない、アレの支配から逃れたいと思っているものもいるのでは?」
すると村長が穏和に笑いました。
それが彼の感情なのか、それとも統合された全ての意思、総意なのかはわからない。
「そう思うときもあります。ですがこれは私どもの総意、私どもは1つの意思に統合されておりますので、意見の食い違いなど最初からありません」
マナ先生もマハくんも今一つ村長の返答がよくわからない、そういう顔をしていました。
人の意思を1つにまとめる夢のシステム――だった物、だなんて説明はしてませんでしたから……。
「ソレはダメだね。古なる者は人を呪い、眷属を増やす。それがじわじわと社会を飲み込む、だから存在してるだけでヤバいんだ」
「ご安心を……その力は我々の手にはありません。見ての通りアレは、壊れているのです。正確には稼動を停止しつつある。死の宣告でしたか、そのシステムもアレには搭載されていません。私どもの神は、祈りを捧げた個体を1つに結ばれるだけなのです」
村長という総意は哀願しました。
害はもうないので見逃してくれ、いずれ動かなくなるものなので壊さないでくれ、今のこの社会を終わらせないでくれと。
「神はおっしゃっています、封印の外に出てはいけない。200より民の数を増やしてはいけない。外の民と、1つになってはいけない。私どもも外の情勢は知っております、大変なことになりました……。ですが我々は敗北者、迷惑はおかけしません……。どうかお見逃し下さい、リヴィエラを憎む者よ……」
キルケゴール・アダムならどうするだろう。オールムやグリムニールさんならどうする。……この要求を拒み、破壊すると思う。
「ねぇアレッきゅん、色々あるみたいだけど……見逃してあげたらどうかしらー?」
「ええっ、だけどそれでもし、後々暴走でもされたら……大変ですよ?」
何も考えずに壊すのが正解です。
だがこれを壊したらどうなるでしょうか? はい、きっと高い確率でこの村は崩壊します。
意思統合システムの力がこのエルフたちを束ね、最果ての地でも生きられる力とバランスを構築しているのでしょう。
あのはた迷惑な個体みたいに、自分の負けだダークロードがなんたらとか言い出して、己の眷属を全て俺に押しつけてくるかもしれません。
それがアルブネア領の労働力として機能してくれてるんだからいいんだけど、現在も俺の立場を最悪にしている部分でもあるのです。
「お願いします……皆、ここでの生活を、捨てたくないのです……。お願いします……」
村長の家から外を眺めると、完璧に管理された村社会がありました。
貧富の差もケンカもここではないんでしょう。家の大きさはどれも同じ。綺麗だけど見ててつまんない村です。
「こういうのは俺の好みの世界じゃないな。おうとつがないっていうか、平たいマハくんの胸みたいっていうか。あ、膨らませろって要求じゃないからねー?」
「やっぱり、大きい方がいいですか……? わかりました、なら、なら先生のお薬飲みます!」
「違うってば、例えだって! そういうのはなんか、なんか……それはそれでアリなような気がしてきちゃう自分がいそうで嫌だからそんなのダメだよっ!」
人類意思統合システムは、閉鎖された社会の中では、まともに稼働していました。
それを壊すと決めたのに、この村のやつを壊したら俺は悪者になってしまうではないですか。
「お姉ちゃんはありだと思うわ! ぜひやってみましょ!」
「ねーよっ! ……で、話戻すけど村長さん、どうしてアレは壊れたの?」
「はい、引き継がれてきた記憶によると、同じ神同士の戦いに敗れたのが直接の原因です。その際に大半の眷属を奪われ、本体もあの通り、修復不能のダメージを受けてしまいました」
意思統合システム同士の争いは地球でも起きたことです。
人を1つにまとめるのは良いが、どのシステムにまとめるかで揉めまくった結果みんな滅びたそうです。
こちらの世界でも古なる者同士の争いは起こりえることでした。
「私どもに勝ち目はもうありません、アレは壊れているのです。どうかお願いします、私どもをそっとしておいてくれませんか……」
「だけどアレは死に至る病をまき散らす」
「その力もアレにはありません。我らの神は、あの場所から動くことすらできないのです。ですから、外の世界の者を眷属に変えることも出来ない。下手に動いて存在を明るみにすれば、動けないアレは、ただ破壊されるのみです……」
詰んでるってことでした。
そのことをこの上なく理解した上で出した結論が、誰も来るはずのない土地に逃げ込み、隠れ住むという選択だったんでしょう。
「これは1つの意思となった私どもの、命乞いだと思って下さってかまいません。私どもはここで、平穏に暮らしていきたいだけなのです。けして許されざるものであっても、ときに触れない方がいいものも、あるのではないでしょうか……」
ここで破壊を選べば、彼らとの殺し合いとなるのだろうか。
システムに支配されて生まれ育った者を解放しても、その先をまともに過ごせるとも考えにくい。
ま、どっち選んでもクソってことです。
「キングエレメントの居場所だけでは代価にとうてい足りない、俺がいずれ見つけだしてたからね。よし、なら残りの個体についての情報を洗いざらい、書類にまとめておいてもらおうか。それが条件だ」
「我らの神が破壊されたのは100年ほど前、大したネタは持っておりませんが……わかりました……。すぐに準備いたしましょう」
彼らはこの場所から動けません。
このことをキエ様にだけ報告しておけば、いつでも潰せるだろう。
「情報もろもろありがとう、狩りが終わったら戻るよ。行こうマナ先生、マハくん――って、どこ見てんの……」
マナ先生はマハくんの、マハくんはマナ先生の胸を見つめていました。
片方は欲望そのままに、もう片方は新しい可能性を検討するように熱心で真剣に。
「あの、先生……僕の胸がいきなり大きくなったら、国民は変に思うでしょうか……?」
「ハハハハハハハハハハハハ……そりゃ、思うに決まってるでしょ……」
「ええっでもお姉ちゃんは賛成よっ! そういうのもありだと思うわッッ!!」
お願いしますマナ先生……殿下に余計なこと言わないで下さい……。