41-12 囮は俺、竜と管理者を率いて蜂を欺く
「キュ、キュゥゥゥ……」
ところがちゃっかり餌は食らいつつも、その子竜レウラが首を横に振りました。振りやがりました。
え、もう飛べない? いやいやそれじゃ困る、さすがの俺も単独で敵陣突破して城に戻るとか無理だし。
お前が帰りも飛べること前提で全ての計画が進んでるんですよ。
「いいから飛べよ、俺を運んだらもう休みだ、先に迷宮抜けて好きなだけ惰眠をむさぼるといい、大活躍に国からの恩賞も出るぞ」
「キュゥゥッ……!」
ところが俺の命令を聞こうとしない。ま、そこは最初からのデフォだけど。
あげくに命令口調が気に入らなかったのか尻をこちらに向けて、飛竜レウラは無視を決め込みだしました。
「いやほんのちょっとの話じゃん。ほらがんばれよ、飛べる、お前なら飛べるっ、さあいくぞ! ……いこうってば!」
「プキュゥゥ……キュ、キュキュッ、キュゥッ!」
するとレウラは今の子竜姿のまま翼を羽ばたかせて浮遊を始めました。
それから俺を同じ目線の高さから見つめ返します、さらに何か抗議らしい鳴き声を上げ始めました。
……うん? つまりどういうことなんだこれ?
「だからさ、なに言ってんのかわかんないんだってお前……。とにかく城門まで俺を運べって」
「プキュゥーッ!」
だけど首を振る。
つまりなんだ? 飛べるけど断るってこと? ふざけんなこの状況でそれは許されないって。
「おうアレックス坊主、もしかしてコイツ……お前さんを心配してんじゃねぇか?」
「ははは、まさかんなわけないでしょ。コイツのわがままっぷりと言ったら俺以上だし」
「キュッキュキュッ、プキュゥーッッ!」
あれ、なんかうなづいてます。
え、マジで俺を心配してるの? コレが? 俺を? へー、そら珍しい。
「大丈夫大丈夫、ていうか市街に止まる時点でジワジワ俺がピンチ状態だから。むしろ今となっちゃ囮らしく城に逃げ帰るのが正解なんだよ、さあわかったらいくぞレウラ」
「プ……プユゥ……」
迷ったあげくレウラはようやく巨大化してくれました。
相変わらず感情豊かでめんどくさいやつです。気が変わる前に背に上っときます。
「じゃそういうことだから行ってくるよ。親方、平和になったらまたうちの店に来てね、ついでに発注もくれると嬉しい」
「おう、よくわかんねぇけどがんばれや! あのがめつい坊主がまさか囮をやるたぁな! 立派になったもんだっ、おう仕事をくれてやるから必ず帰って来いよ!」
これで話はつきました。
俺はレウラの手綱を取り、速度のすっかり落ちた飛竜を使って大事なアトリエを飛び去りました。
・
さていくらレウラがヘバってるとはいえ公城はそう遠くありません。
すぐに竜と共に俺は城門前に降り立ちました。
いえ正確には城門だった場所、赤い霧で作られた壁を背中にしたんですけど。
はいそうなれば敵軍の注目は俺たちの総取り、操られた者とそうでない者、その区別が簡単に付くほどの2色の凝視を受けることになりました。
竜への驚きの瞳と、殺意に血走った瞳、その2種類です。その半分は俺という天敵、魔王となる存在に畏れ止まっていました。じゃ、始めましょう。
「お初にお目にかかる、俺の名前はアレクサント、知っての通り、うん、お前たちの天敵だ、ナチュアル・エネミーってやつね。さて次にこの腕輪を見てもらおう。これはとある者より受け継いだ腕輪、条件を満たす者を怪物に変える腕輪だ。そうだ、俺はもう半分、お前たちが危惧する者になりかけている」
次に俺は黄金の腕輪をチラつかせました。
忌々しいことに、まだ俺から魔力を奪っているんだから空気読まないアイテムもあったもんです。
彼らの畏れが、次第に敵意、殺意、それが群体となって凝り固まっていくのを感じます。
やつらとしては、あと一歩のところで城を陥とせたはずなのに突破不可能な霧に阻まれて、混乱と焦りを迎えていたところだったのでしょう。
「さあ俺を殺しに来い。人類を滅ぼした欠陥システム生命の輪よ、俺が存在する限りお前たちの理想はないぞ」
群れを欺く自分勝手な個体、システムの破壊をもくろむ天敵、それが俺です。
「……殺せ」
誰かがそうつぶやきました。
するとたちまち不自然な連動性で、一斉に矢とマジックアロー、各種属性ボルト魔法が雨あられと飛んできました。
しかしさすがにその分厚い弾幕は空間的に無理、絶対にかわせません。そこで俺は子竜レウラを抱き込んで、赤い霧の中に一時待避しました。
「うっへ、焦ったわー。じゃなくて、残念ッ効かないねー! じゃあこれはお返しだ、まとめて凍れッアイスジェムッ!」
俺の役割は囮です、迷宮内部への陽動です。
霧の中からまた外に飛び出て、大軍勢の前に我が身をさらしなおしてやりました。
すると俺の姿を再確認するなり、奴らは一丸となって地響きを起こし城門前に突っ込んできました。
その軍勢に向けてお得意の爆弾をぶん投げました。人を殺める罪悪感? 付け狙われる側にそんなのないね!
あとは氷漬けになる連中を後目に再び霧の奥に逃げ込みます。
捕まったら殺されます。全力の殺意が俺の背中を怒濤の雪崩となって追って来ているのです。
普通に怖い、心臓バクバクですよこんなの! ああやっぱやらなきゃ良かったっ、だけど他になかったしやるしかない!
それから70mほど進むと霧が晴れ、そこに道幅のやたらと広い迷宮世界、そしてあの少女・迷宮管理者の姿が現れていました。
「おお電波ちゃんあらため、管理者ちゃん、もしかして待っててくれてた?」
「うん、待っていたさ。それより、こっち、案内するから付いてくるといいよ、これは、君のための、特別サービスさ」
いやしかしこの展開は予想してませんでした。
まさか迷宮の番人その人から正解のルートを案内してもらえちゃうなんて。
こりゃ今回限りと言わず今後ともよろしく仲良しにいきたいところです。
「え、嘘、なにそれ反則じゃん」
「フフ……今回は特別サービスさ、あの機会仕掛けの怪物とは、やっぱり、よく考えてみればね、利害が一致しない。迷宮が望むのは強く賢い個体さ……群れは、別に要らない、僕自身も魅力を感じないね」
管理者ちゃんの何が反則って、魔物は全部こちらが見えていないかのような総スルー。
おまけにボスとか倒さなきゃ開かない扉とか、そういうのもいわゆる管理者権限ってやつ? 自動ドアみたいに開いて俺たちを通すと強固に閉まってくの。
つまりアレだよ、くぐり抜ければ抜けるほど、ボスクラスもろもろが後方の敵軍を阻む門番になってくれるのです。
少し大げさに言うならばそうですね、迷宮とその魔物すらも俺たちを守ろうとしてくれていました。公国は存在そのものを迷宮に愛されているのです。
「ふーん。眠れる者って、まるで理想の恋人を捜し求める夢見がちな乙女だね」
「……フ、そうだね。だけど、彼女が目覚めればみんな消えるのさ。ボクも、君の大切な者もまとめて全部。ボクは、消えたくない、だから大公家という門番は、この先も、永久に続いていかなければいけないのさ」
「そりゃわかりやすい行動原理だね。眠り姫に王子様はいらないってわけだ」
「そうさ、乙女を祝福出来ない、それが僕らの相違さ」
その先も道がどこまでもどこまでも果てしなく続いていきました。
いったい自分がどれほどの階段を下り、ボス部屋を素通りしたのかもうわかりません。
これだけ深ければかなりの時間を稼げる、それだけが希望となって俺と飛竜を前へと進ませました。
「ところでさ、どうでもいいかもしんないけどほら、管理者さんって本名とかあるの?」
「そんなの無いよ。ボクはこの迷宮の、機能そのものだから。パーツに固有の名前を付ける人間なんて、いないさ」
「でもそれじゃ呼びにくいし。うん、なら今日から管理者ちゃんを、リーシャちゃんって勝手に呼ぶ」
「フ……フフフフ……アハハ……。人間の女の名前をボクに付けるのかいキミは。ふん、なら勝手に呼ぶといいさ、そのかりそめの名をね」
しかし珍しいもんです。
お互い差し迫った事情があったからでしょうか、今回はわりと彼女との会話が成立していました。
この子はリーシャ、人間の名前を付ければさらに意志疎通しやすくなるかもしれないです。
さていつまでも走り続けるのも無理があります、だいぶ苦しいので走るのを止めました。
それから休憩をはさみつつ4、5時間ほど歩き通すと、俺はやっとそこにたどり着くことになりました。
「ありがとうリーシャちゃん、いやぁぁ……案内有りで5時間がけの迷宮とか、久々の大冒険だったよ、ああ腹減ったなー」
「クルルゥ~♪」
ロドニーさんら軍人たちと、アルブネア精鋭マッチョ軍団が固めた城門内部に。
当然ながらそこにヘキサー・フレイム鬼曹長や、改造モショポーさんの姿もありました。
「って、もういねぇっ?!」
「キュゥ……」
喜びと共に後ろの管理者リーシャに振り返れば、そこに姿形無し。挨拶も無しに跡形もなく消えてました。
……あれ、もしかしてあの子、迷宮の外には出れない? いやでもここも迷宮内か? うーん、わからん。常識通用しない人ってそこがたち悪い。
「来よったなこのボケ錬金術師! まったく呆れたで! 囮になるとか自分のキャラちゃうやんっ、こっちは気でも狂ったか別の腹でもあるかと思ぉたでー!」
「お疲れさまでございますオーナー! アルブネア精鋭よッ、アレクサントオーナーのご献身に、敬礼ッッ!! 私どもは、必ずここへ帰ってくると信じておりました、オーナーッ!!」
「ふぅ……とにかく君が無事で良かったよ。アレックスくん、君は本当にこの都が好きなんだね。正直意外な決断だったけれど、本当に助かったよ」
城内はうっすらと赤い霧に包まれていました。
城壁にそって霧が色濃く立ち上り、太陽もないのに赤い月が世界を照らしています。
「いやいや全部打算だよ、必要だからやっただけ」
「ご謙遜を。きっと聖域のキエ様も、アストラコン様も貴方の行動に大層喜んでおられることでしょう。はい、こちらが片付きましたら、あちらが側のご支援をどうかよろしくお願いいたします……」
うちの軍勢も傷つき、モショポーさんまでそのぶっとい二の腕と頭に包帯を巻いていました。
そうなのです。ここに傷ついていない者など1人もいませんでした。
俺はあと一歩で、これまで築いてきたものを全部、ヤツらに台無しにされるところだったのです。破滅は常に隣り合わせにある、油断すると一瞬、ってことでした。
「お前もお疲れレウラ、お前がいなかったら最初から詰んでた。ヒルデガルドは皇帝ごとやつらに乗っ取られ、俺もアインスさんも殺されてたかもな」
「クルルッ、クルッ、プキュ~ッ♪」
さあ、後はレウラのあごでもかきながら時を待つだけです。
迷宮という壁を使って耐えしのぎ、その後は――さっさと逆王手をかけて潰してやりましょう。2体目の悪夢の遺産を。




