39-3 グリムニールの野望と、魔王化ルート
「兄様……とんでもなく言葉の端々が……悪党です……」
「フッ……。貴様が魔王か……ク、クククッ……冗談みたいな悪手じゃが……あながち悪くはない」
グリムニールが笑いました。
危険性は把握しているようです。しかしそれ以上に状況を自覚しているんでしょう。ええ、いずれ……。
「じゃあ次はこっちの質問ね」
「む……まあいいじゃろ、言ってみろ、答えると限らんがな」
「答えさせてみせるよ。では聞くよグリムニール、君はこんな場所でなにをしてたのさ。音信不通になるほど、必死で、なにコソコソやってたんだろう?」
「ふむ……それはイアン坊やの手伝いじゃよ」
「まあ共同戦線引いてるのはずっと前からわかってるよ、同じジジババだしね」
「貴様が言うな……」
でもグリムニールはイアン学園長ただ1人のために動くほどお人好しじゃないです。
「で、他には何してたの? ここしばらくの活動経歴に空白があるようですが何をされていたのでしょうか」
「……準備だ。最近どうもきな臭いからな。ヤツの意志を継ぐ者として、我なりの手を尽くしておったのだ。……灯台もと暗し、その原因は貴様だったというわけだがな」
そう、古なる者が俺とアインスさんを全力でぶち殺しに来ます。
だけど残念、普通のやり方じゃ俺たちは倒せない、彼らはそう学習したことでしょう。
だから次にやつらが使う手は……当然普通じゃないやり方になります。
「なるほどね、じゃあ具体的には何の準備をされていたのでしょう。詳しく、お願いします」
「ふんっ、秘密だ。種を明かしてはつまらなかろう。ふふふっ……きっと驚くぞ……ヤツを継いだというならそれ相応にぶったまげる。そこだけは保証しよう」
もったいぶってます。
いやいや連絡って大切です、隠さず詳しく教えて下さいよ。秘密兵器でも作ってるんですか? こんなこともあろうかと、で有名な真田さん的に。
「それで俺が引き下がると思います? それに俺は強引にでも、グリムニールお前を俺の手元に置く。俺たちのアルヴネア新領に連れてくつもりだよ」
「すみませんお婆さま……最近の兄様はわがままで……私も手を焼いています……」
「……わかった、ならばもう1つの事情を見せてやろう」
するとグリムニールさんが立ち上がり、棚を開きました。
その小さな手により、テーブルの真ん中にポーション瓶が1つ置かれます。
澄んだ赤色の怪しいお薬でした。
「これはいずれ送るつもりだった。さあ持っていくといい」
「なにこれ? すげー色だな……」
「例の呪いの予防薬じゃ、巨人の血を用いた。貴様は喉から手が出るほどコレが欲しかろう……」
「え、マジで?! あれ? もしかしてこれ1本で色んな問題解決しちゃうんじゃない? まー、危険性もMAXだけど……」
みんなが呪いを克服しちゃうと、けん族たちの地位立場がえらいことになります。
古なる者という驚異は無くなるかもしれんけど、社会がピンチ! 魔王の大量生産! 絶対服従の奴隷社会が来るよ!
「大丈夫だ、そうならないように改良した。これが出来るのは予防だけ、治療は出来ぬ。数にも限りがあるでな、とてもではないか全人類分など用意できんよ」
「お婆さま! ですがこれは素晴らしいことです、兄様も見習って下さいこれこそ正しい研究です!」
「はい、きっとオールム様も喜んでおられます。草場の陰で泣いている姿が見えます……。良かった……悲願をついに達成されたのですねグリムニール様……」
いや死んでねーよ!
ここにいるよ、間借りさせてやってっから!
「ああ……これが我が悲願だ。昔話したなアレクサントよ。その昔……せっかくの巨人の肉を泉に溶かし、全てを台無しにしてしまったエルフがいたと……。その当時のエルフたちが血の涙を流すほど欲したものが、これだ……。これがあればエルフは、天敵から我が身を守ることが出来る……。我らの愛したエルリースもだ……これがもしあの時代に存在していれば、やつらの撒く病魔も克服出来たはずなのだ。この薬がもし500年前に存在すればああはならなかった、オールムと我が……悪へと堕ちることもな……」
グリムニールとオールムの悲願の1つがこれだったんでしょう。
俺が貰ってきた巨人の血にそんな価値があったとは、世の中不思議なもんです。でもね……。
「いいやそれはどうだろうね。ああいう自分勝手なやつはさ、どっちにしろいつかは己のわがままに押しつぶされてたんじゃないかな」
「だから融合した貴様が言うな! ……とにかく、我はこれの研究を進め量産化を急ぐ。よって貴様とは一緒に行けない、わかったか?」
力ずくでも連れて帰るつもりだったのに、これは思わぬことになってます。
薬は欲しい、研究するならここがベストだと彼女は言っている……。だけどこれじゃあ……ぐぬぅ……エルフ耳が俺の手元に増えないじゃん!! ここ超大事だよ?! 存在するだけで景観に彩りが増えるもん!!
「ならば私はここに残ります」
「え、あの、レアさん? なぜそういうことになりますか……?」
「だってそうすれば……グリムニール様は寂しくありません。必要あらばエルザもここに呼びましょう。グリムニールを悲しませるな、寂しがらせるな、エルリースの代わりを続けろ……それがオールム様の願いですから」
「いやお2人を手放す俺の気持ちもわかってもらいたかったり……君らかなりの戦力だったよ!? なにせ絶対裏切らないどんな指令も受けてくれる味方だったし! 俺が何かしようとするとみんな警戒する中レアさんだけは忠実、これでっかい!」
この2人じゃないと困ることって多いと思います。
いえけして、エルリースの分身たちと別れるのが寂しいとかじゃなくて……ぐ、ぬ……だが他に文句の付けようがないです……。
「大丈夫です兄様! アトゥは全然問題ありませんよっ! 賛成です大賛成ですっ、とっても良いお話だと思います、アトゥは感動しました!」
「ああそう……うーん……うーんなんかオチにしっくり来ないなぁ……。やっぱり強引に連れ去るか……?」
「ならばこの薬はやらん」
最適な判断をするなら、エルザとレアにグリムニールの支援を命じるべきです。
だけどそれじゃあオールムへの当てつけにならんし……。耳も増えない……。
「それはかなりやだ、困る。それがあれば古なる者に殴り込みするのに超便利だし、予防できるならうちの連中みんな守りたいし……ぬ……ぬぐ……。グリムニールを取るか、みんなの安全を取るか……ああ悩ましい」
「どう考えても後者ではありませんか兄様」
「そういうことだ。……まあ、今日はゆっくりしていくといい。魔王の城跡にいくのなら明日はイアン坊やの長話を聞かされるはめになろう。覚悟しておくといいぞ」
「……わかったよ。でもその代わり」
「兄様はその言葉が好きですね。その代わり、その代わり、悪魔の甘言です」
俺はグリムニールを笑顔で見つめました。
欲しかったのに今すぐ手に入らないのが悔しい、だけどその代わり……。
「確かにそうかも。で、その代わり……少しだけでいいから2人でザルツランドの空を一緒に飛ぼうよ」
「何じゃと……?」
「前に約束したでしょ、いつか飛竜レウラに乗せるって」
「ふっ……ああ、そんなこともあったな。いいだろう、あのアレク坊やの成長を見届けてやろうではないか。……うむ、ならば今すぐ行くぞ、竜はどこじゃ、急にわくわくしておきたぞ。あのツチノコみたいな竜がああなるとはのぅ……」
レウラは外です。
この入り江に入るなり、綺麗な大自然に興奮して飛んでっちゃいました。
「きっと驚くよ、あれは俺の自慢の竜、オールムにも出来なかった飛竜型のホムンクルスなんですから」
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グリムニールと2人で飛ぶザルツランドの空は不思議なものでした。
俺の中に眠る、オールムの言葉をそのまま借りるなら、その短いひとときの間だけ……失われた黄金時代を取り戻せた気がしました。
「グリムニール、そっちの役目が終わったら絶対うちに来てよ、ヤツもそれを望んでるんだから」
「ああ……わかった……。貴様の裏切りで全てが潰えたかと思うたが……世の中どう変わってゆくのかわからんものだな……」
ザルツランド西部より広がる広い外洋。
レウラの背を持ってしても向こうの大陸が見えない、巨大な海。
あの先にいつか、グリムニールを連れていくのもいいのかもしれない。
「必ず行こう。貴様が……現在に満足するというなら我も諦めよう……。これから先を新しい黄金に変えればいい。錆鉄の時代はもう終わった、これより共に、黄金の時代を取り戻そう」
これでグリムニールの錆びた心が再び輝きを取り戻したのならば、今はそれで満足しようと思う。
悲しいけど過ぎ去ったもの全てを取り戻すことなど出来ない。しかしそれでもグリムニールとヤツは取り戻そうとあがいた。
ただそれだけの話だ。