39-1 はぐれエルフを迎えに行こう、過去の怨念と袂をわかつ為に 2/2
日の出前に出発して現地に着きました。
ここはザルツランド西端、廃棄された銅鉱山内部です。
銅鉱山って不気味なんですよ、変な色した壁があちこちに広がって不気味の世界してました。
「何でお婆さまは……こんなところに引きこもってるのでしょうか……」
「さあね、まああまり良い趣味とは言えない。ていうか、あんまり騒ぐと落盤するかもしれんし注意、最悪即死だから」
レウラの背からザルツランドの海を眺められたのもちょっと前の話、オールムの記憶の中じゃ寒村だったやつが港町になってました。
ヤツが黄金時代と呼んでいた頃は、オールムもきっと楽しかったんでしょうね。もしかしたら西の大陸にも行ったのかもしれない。
「ここを見て下さいアレクサンドロス、行き来の痕跡があります。ちゃんと管理されているということでしょう。この先に、グリムニール様がいらっしゃるのは間違いないでしょう」
レアさんが乾いた足跡を見つけました。
ちっちゃい足跡、どっからどう見てもグリムニールさんのものにしか見えません。
「これはお婆さまの足です」
「こんな形になりましたが、お会いするのが楽しみ……いえ、少し今は怖ろしいかもしれません……」
鉱山を進んでゆくと広々とした最深部にたどり着きました。
けれど注意してカンテラを当てるとある1カ所だけ、うっすらとだけ白い壁があります。
そこに手をかけてみました。すると手そのものが壁に埋まります。
「これは幻影だね、この先が彼女の秘密の隠れ家というわけだ」
「この中に入るのですか……? 兄様、壁の中に入れだなんてあまり気持ちの良いものではありませんよ……。あの、少し怖いので手を握って下さいますか……?」
「ならば私もお願いします、アレクサンドロス。そうしたら、グリムニール様とお会いする勇気が出るかもしれません」
なにこの取って付けたようなイチャイチャ展開……。
でもああだこうだラブコメするような場所じゃありません、素直に2人の手を取って俺は壁へと歩みました。
「あだっ?!!」
「大丈夫ですかアレクサンドロス?!」
「兄様!?」
「いっっってぇぇぇぇ……何も見えねーけどここ、ここ出っ張ってるからかがんで進んだ方がいいよ……あーちくしょう、グリムニールさん仕様なんだなぁぁこれぇ……」
小柄なグリムニールさんなら問題ないけど、人並みの身長を持ってる者には小人オブロード、ズキズキする痛みを我慢しながら俺は慎重にその先へ進んでいきました……。
「よく見せて下さい兄様」
「赤くなっていますね、痛かったでしょうアレクサンドロス」
すると一変して世界が変わりました。
光すら存在しない暗闇の中から、俺たちは浜辺へとたどり着いたのです。
周囲の地形をよく確認してみれば納得です。
ここはあの銅鉱山を経由しないと来ることのできない、行き来の失われた隠し入り江でした。
いかにも悪の錬金術師の共犯者らしい、秘密基地でした。
「平気平気。ここの持ち主には笑われるかもしれないな、やっぱり引っかかったな、とか」
「そうですね。ところでグリムニールお婆さまはあちらでしょうか」
奥に一軒家がありました。
入り江から少し離れた広い緑地に、やたら巨大な倉庫と一緒にたたずんでいたのです。
「きっとそうでしょう。私はここに初めて来ました、勝手に入っても良かったのでしょうか……怒られたりしませんかアレクサンドロス……」
「そんなわけないじゃん。グリムニールさんがレアさんを嫌うわけがない。……しかし不思議なところだな」
「兄様もそう思われましたか。はい、私もグリムニール様1人でここを管理しているとは思えません。ん、あれは……」
隠し入り江の秘密基地は緑豊かで、かつ人が快適に暮らせるよう管理されていました。
俺たちはぼんやりと入り江の青い輝きと、快適そうな1軒家に目を取られていたのですが……目の前に変なものが横切りました。
「なにあれ……」
「しっ……気づかれますよ兄様……」
「あ……あれは何となく私、見覚えがあります」
不思議な生き物と出会いました。
身長は60cmほど。直立歩行をする人型の変なものです。
陶器のようなツルツルした体を持ち、手には草刈り釜と収穫袋、頭には麦わら帽子をかぶせられていました。
「あれはグリムニール様のホムンクルスです」
「へー、つまりここの管理者あるいはその下っ端か」
その人に作られた変なもの、この地を管理するホムンクルスが俺たちに気づきました。
かと思えば跳ねるように身軽な足取りで小屋へと姿を消しました。
「ふふ、なんだかかわいいです。兄様、あれ欲しいです、作って下さい」
「うーんああいうのはアインスさん含め、労働者の仕事奪いそうだし微妙なとこだな……」
「アレクサンドロス……ど、どうしましょうか……私が会って不快な思いをさせないでしょうか……」
それはそうと何となくレアさんの気持ちがわかります。
オリジナルを差し置いて、自分がその友人と親しくせっしていいのか?
とかいう考えるのもムダな気後れです。
「そんなわけないでしょ。ならちょうど良い、まずは俺1人で行く。アクアトゥスさんはレアさんをお願い」
「わかりました。アトゥは聞き耳立てて待ってます、ではなくレアさんのことはお任せを兄様」
彼女らを置いて小屋の前に向かいました。
すると向こう方も準備ができたのか、その入り口前で住民と出会うことになりました。
この姿、忘れもしません、聖域を追放された放浪のコモン・エルフ、グリムニールです。
「貴様かアレクサント、しかしよくこの場所がわかったな。いや……そうかキエか。あるいはゼルヴのいずれかが我を売ったか?」
本当の無意識というのは不思議なものなのです。
俺はふと気づけばグリムニールのすぐ前に詰め寄っていました。
「何だ、返事くらいしたらどうだ。それとも我に文句でもあるのか?」
「グリムニール」
それが衝動であることに俺は後から気づきます。
俺は、今ある感情のままにグリムニールの小さな身体を抱きしめていました。
いやそれどころか子供にするように抱いたまま持ち上げて、堅く堅くグリムニールの全てと我が胸を密着させたいと、その切なる願いに身を任せていました。
「グリムニール、俺は……お前を迎えに来た……」
「な、貴様……何を言って……」
思い詰めた言葉はささやきに代わり、俺はヤツの代わりにヤツの感情を吐露することになった。
これは俺の意思であってそうではないものだ。
「お前を迎えに来たと言った。グリムニール、今こそ、失われた黄金時代を取り戻そう。俺は気づいたんだ……俺たちはエルリースを失ってなどいなかった……むしろ彼女はずっと近くで、俺たちを見守ってくれていたのだ……」
これは俺じゃなくてオールムの言葉です。
グリムニールもそれに気づいたんでしょう、その瞳が大きく広がりこちらを見つめてきました。
「おい……貴様は誰だ……」
「誰でもない、俺は俺だ」
「違う……確かに我はオールムと貴様が出会うようにし向けた、同じ失敗を繰り返させないためにだ! だが……だが今のお前は……っ。ヤツはお前に何をしたアレクサントッ、まさか、乗っ取っられたなどと言うなよ?!」
ま、グリムニールさんが合意するわけありません。
俺とオールオールムの融合だなんて、彼女からしたらあり得ない。
愛する者を、他の誰かと混ぜてしまうだなんて出来るわけがありませんでした。
「やっぱりね。グリムニールは騙されたんだよ、ヤツ、オールオールムに」
「貴様は誰だ……何が起きたのだアレクサント! 今のお前はまるで……そんなバカな……オールム……」
グリムニールはヤツを復活させたかった。
だがそのコピー・アレクサンドロスに否定されてしまった。
その彼女の前に、彼女のあれほどまでに望んだ男の面影が現れた。グリムニールの瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。
「俺はオールムの後を継いだ。後を継いだ俺は、それと融合した者として……妻を妻として取り戻す権利がある。……一緒に帰ろうグリムニール。エルリースのいる世界に」