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35-6 大公家の秘密、最期のマハカーラが願ったこと

 ホワイトアウトの演出が終わり、俺はすぐさま現実世界に弾き飛ばされました。

 誰かが身体を揺するので俺は寝ていたのかと薄目を開けてみれば、あの電波・迷宮少女ちゃんが、俺の肩を足使って揺すっているじゃあーりませんか。


 え、私の業界ではご褒美ですって?

 俺はそういうのいらないんで、脚をひっつかんでそのまま立ち上がってやりました。


「フフ……起きるなり乱暴だね、こんなことされたの初めてだよ、フ」

「奇遇だな、俺も足で肩を揺すられたのは初めてだ」


 そしたら空飛ぶ電波ちゃんがクルリと空中で1回転、それから急停止、何事もなかったようにすましたキメ顔で冷笑していました。

 人の墓の前で飛び回るとか、こいつ俺以上に非常識だよね。


「そろそろ行くよ、また会えるかな、また会おうね、約束だよ、アレクサント」

「あ、うん、またね~」


 何か知らんけどもう帰るらしい。

 引き留めても聞かないし最初から会話になってないので、俺も手を振って見送りました。


「僕らは共犯者、果て無き夢を望む、夢の住民……。バイバイ、外側からやって来て、迷宮に愛されてしまった人」

「ばいばー……ってもういねぇし、せめて情緒良く消えろよ……」


 現れたときがそうだったように消えるときも一瞬です。

 エフェクト無しの完全消滅、目前にいたはずなのに姿そのものが跡形もなく消えました。

 まるで最初からそんなやついなかったんだと、はた迷惑で嘘のような消え方です。


「おーい、マハくーん?」


 棺に目を向けると、台座を背もたれにしてマハくんが眠り込んでいました。

 念のため棺の中も確認しましたけど、やっぱり変わらずの空っぽです。ついでに副葬品のブドウをもいでモグモグうま~です。


 さて空の棺、そんでその手前で眠れる公子様。

 この2つは何か重要な意味で結ばれているような、そんな気がしないでもありません。

 そこにマハカーラが関わっているのは間違いないでしょう。


「あー美味い、美味い、やばい止まらないや、ごめんマハカーラ、でも本人埋葬されてないし別にいいよね。ウインドカッター。……でオレンジ8等分っと。美味っ」


 ただ1つ確かなことがあります。

 こりゃ何の得にもならない。そのくせヤバくてヤバくてヤバ過ぎる厄介ごとが1つ増えてしまったってこと。


「迷宮にはたどり着いちゃいけない場所がある? だからなんだ、金にも力にも何にもならんしどうでもいい」


 ……とはいかないんですよね。

 公国の全てが消えてしまうんだから。俺たちのアルブネア新領も、フレスベルとポロン公国で生まれた仲間たちも、全て消えてしまうだなんて俺の利害にダイレクトアタック過ぎますよ。


「マハくんマハくん、起きて。起きないといたずらしちゃうぞー、っていうとむしろ起きねーコース?」

「……ん……ふぁ……ぁ、ぁぅ……」


 俺も肩を足で揺すり起こしてみようかな、なんて無邪気なこと思いついたんだけどさすがに止めました。

 代わりに首筋をくすぐってみたところ、なんか色っぽい声上げ始めたのでただちに中止、後悔しつつ素直に肩を叩きました。


「おーい、こんなところで寝たら、アイツに取り憑かれるぞー。……もう取り憑かれてたりしてなー、はっはっはっ……あり得るな……」

「ぅ、ぅぁ……ぁ、ぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁっ……」


 だけんどおかしいです。

 まるでホントに取り憑かれたみたいに妙に色っぽい声でうめくんだから困った。

 それに何か可哀想だし、これは起こしておきましょう。


「おー、きー、ろーっ! マハくん!」

「ふむぐっ……?!」


 せっかく8等分したんだし、マハくんにもオレンジをわけてやりました。

 もうちょっと直接的な表現をすると、無理やり口開かせて突っ込んだとも言います。


「うぇぁ……? ふぁ、ふぁれくふぁんと、へんへー……うぇっ、ぺっぺっ! へっ、何ですかこれっ! お……オレンジ……?」

「あ、皮取り外すの忘れてたわ」


 殿下はオレンジを自分の手に戻してしまいました。

 寝ぼけているみたいで、余計になにされたのかわかってないっぽい。

 だから答えとして1/8オレンジを我が口に運んで見せてやりました。


「ま、うなされてる上に起きないからしょうがないよね」

「ぁ……そっか、夢……だったんだ……。ボク……夢を見ていました……」


 まだ寝ぼけているみたいです。

 吐き出した果実をマハくんは少食にもそもそとかじりました。

 しかしよっぽど気になる夢だったのか、いつまで待っても立ち上がろうとしませんでした。

 ずっと口を動かしながらうつむいているのです。


「そろそろ帰ろう。グリムニールの意図はよくわかんないけど、何となくはわかったし」

「はい……。はぁ……すごく長い夢でした……」


 けどそこで何となく気が変わりました。

 俺がマハカーラに妙な話を聞かされていた間、マハくんはどうしていたんでしょう。

 急に眠くなって寝ちゃっていた? そんなの妙です。


 以前アシュリーとアルフレッドと一緒に電波ちゃんと遭遇したときは、俺だけが彼女に気づいて、2人の方は何ともありませんでした。

 じゃあなんでマハくんだけ寝てるんでしょう。寝かせる必要があったから……?


「それ、どんな夢?」

「へ、変な夢です……」


「どうせ夢だよ、だから詳しく教えてよ」

「あ、はい、アレクサント先生がそう言われるなら……。その夢の中でボクは、その……女性で……」


 マハくんが気恥ずかしそうに女性という単語を使いました。

 そうじゃないんだという言い訳か、あるいは期待か、チラリと俺を見上げて。けれどその顔が次第に青ざめました。


「でも、老いて死にかけていたんです」

「なるほどね。そりゃ怖ろしい夢だ、うなされるわけだよ」


「老いたボクは……老いた家臣たちを連れて迷宮を下りました……。深い深い、普通じゃありえない深さまで下ったボクらは……不思議な階層に入り込みました……」

「へぇ、不思議ってどういう不思議?」


 あれ、つかそれってさっきのマハカーラの遺言に繋がっちゃいませんか?

 普通じゃ入れない禁断のエリアがあるって。

 しかしそれも封印の血族本人なら入れても不思議じゃないです。


「えっと……高い空と花園を見ました……。それと大きなベッドが1つ……その中には、眠り横たわる女の子がいて……夢の中のボクは……彼女の耳元に口を寄せて、願った……」

「へー、何を願ったのかな」


 これもあの女の話と一致します。

 起こしちゃいけないやつ、眠れる者。それを封じるのがアバロン大公家の役割と言ってたのに、なぜそんな危険なことを。


「まるで……彼女の見る夢を……操ろうとするかのように……。繰り返し、繰り返し……言いました……」


 疑問はマハくんの弱いかすれ声が氷解させてくれました。

 この大陸中央高地全てがその者の夢だというならば、起こすことなく言葉を擦り込めばそれは現実にも影響を及ぼす可能性があります。


「こうしてマハカーラ・アバロンは、1番大切で、1番心配な戦友の結末を、いつまでもいつまでも、やさしく見守り続けるのでした。……こうしてマハカーラ・アバロンは、1番大切で、1番心配な戦友の結末を、いつまでもいつまでも……」

「そりゃまた、あいまいな願い事もあったもんだな。それじゃどうなるかすらもさ、願った本人だってわからんに決まってるでしょ」


 死期を悟って使命より己のわがままを優先した。

 あるいは禁忌を侵してまでそうしなければならない事情が出来た。

 しかしそれはよりにもよって、主語も欲もないあいまいな願いだったときます。


「この後どうなったのかよくわかりません……ただただ夢の中で言葉を繰り返していました。わかりません、彼女が何を望んでいたかさえも……」


 わかるわけない。俺はマハくんの姿を頭から足下まで確認しました。

 公国の宝、美しき次期大公、性格良し、容姿良し、人望良しのやさしい公子様です。

 結局どうなったのかよくわかんないですけど、マハカーラの願いは果たされたのかもしれません。


「帰ろうかマハくん」

「あ……アレクサント先生……? わっ……!」


 彼女――ではなく彼の手を引いて少し乱暴に立たせました。

 これがマハカーラの願いなら、もう少しだけ彼にやさしくするべきなのかもしれない。……ホモ展開を華麗に回避しつつ。


「よし行こう」

「って、あのっ、何でお供え物のメロンまで抱えてるんですかぁーっ?!」


 見かけない高級メロンもマハ殿下も大切に地上までお運びしました。

 どちらからも、ひとときも我が手を放さずに。

 悪いけどこれは貰ってくよ、戦友マハカーラ・アバロン。駄賃代わりにはずいぶん安いけどね。


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